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マジックパンク&ブルームハンドル  作者: 相竹 空区
EP.2 今を生きる人々
16/25

2-3 酒場


「あー……口の中に辛いのがぁ」

「その後味は香辛料だから別に良いだろ……」


 昼食を終えた2人は腹ごなしを兼ねて、サラの先導で再び街を歩いていた。

 現在地はいわゆる夜の街と言われる、夜間営業が主な店舗が集まっている歓楽街。陽が高い時間に来ても光の消えたネオン看板が見れるだけで、面白いものなどないのだが。


「このあとは何処に行くんですか?」

「ケファが頑張ってる訳だしな、アタシらも情報収集だ」

「聞き込みですね!足で稼ぐってヤツ!」

「そうそう、情報収集と来たら定番は酒場だからな」

「え!?こんな真っ昼間から……いいんですかぁ?」

「荷物抱える気ないからノンアルコールで頼むわ」


 営業時間外の店を幾つも通り過ぎて、この通りに入って初めて遭遇した光っているネオン看板の前でサラは立ち止まる。

 看板には〈ブラッドバス〉の名の通り、赤い液体が満たされたバスタブに浸かる女性が描かれており、周囲の店構えとは異なる古めかしい石柱の装飾なども相まって異様な雰囲気となっている。


「うわー……また入るのに勇気必要な店ですか……」

「24時間営業してて便利なんだよ」

「そんなコンビニエンスな……」


 立派な門構え……の装飾が施された扉を潜り、蝋燭の灯火……に見えるホログラムライトで照らされた階段を降りた地下。

 そこにある本物の古い木の扉の向こうが〈ブラッドバス〉だ。良く手入れがされてなお軋む、そんな扉を開いた先に広がるのは昔ながらの酒場といった内装。

 フェイクの木で出来た梁や柱が装飾する店内には、細かな傷や凹みから実際に使われていた事が窺える全身鎧や様々な武器が飾られている。

 そして何より目立つのが数々の戦利品──グリフォンやサイクロプスなど数多の怪物の頭部が飾られて、中でも一際派手で目が行くのは、天井からぶら下がってホログラムの空を飛行している小型の飛竜の剥製だろう。


「うわぁ!凄いですね!」

「面食らうよな。昔からこの内装らしいぞ」


 見た目においては創業当時から変わりなく、時代に合わせて強度の確保の為に改修工事は行なってきたのだが、オーナーの強い拘りによって当時の姿のまま営業を続けている。


「んで、この人がこの店のオーナー」


 そう言ってサラが近づいたカウンターには少女が1人。

 銀の長髪に血のように赤い瞳、死体のような冷たく透き通った肌の……酔っ払い。

 妙齢の美女が着ていれば扇情的であろうドレスはサイズが足りずにはだけて、そこから覗く白い肌は酒精に赤らんでいる。


「んあぁ?なんじゃ客かあぁぁ?」

「酒臭っ!子供なのに酒臭いですよ!」


 喋るたびに酔うのでは無いかと思うような酒気混じりの吐息が放たれ、ネウマは悶絶する。

 口を開けるとチラリと白く尖った犬歯が覗き、老人のような話し方をするその少女は、そのアンバランスさにも関わらずある種の威厳と……隠しきれない酔っ払い(ダメ人間)のオーラを放っていた。

 

「なんじゃとぉ!?小娘が妾をガキと言うかぁ?って臭い!オヌシの息ニンニク臭い!」

「あっ、さっきの串焼き」


 攻守交代して今度は少女が臭いに悶絶し、ジタバタと手足が宙を切る。

 赤い瞳、血の気の無い肌、尖った犬歯に老人のような口調──そう、彼女は夜の主たる血族。


「この人がこの店のオーナーのエリザベート。吸血鬼だから、この見た目で物凄い年寄りだ」

「レディになんて口の利き方するんじゃ!えーっと……〈竜角〉のサラ!ったく……妾の事はエリィちゃんって呼んでかまわんぞー」

「今時その二つ名流行らねぇって……自分で付けといて思い出せないなら言う必要ないだろ」

「かぁー!()()()()の若者は伝統的な冒険者の浪漫ってヤツを分っとらんのぉ!」

「年寄りだって認めてるようなもんだろそれ」

「なんじゃとぉ!?えーっと……あぁ……クソッ酒が回った頭では言い負かせんわぁ!」

「酒回って無い時なんてあんのかよ?」

「妾のぼんやりした記憶の中では……んー?ここ何百年かはないの!」


 ガハハと豪快に笑うエリザベートに圧倒されて、ネウマは閉口する。ニンニクの臭いについて指摘されたのを気にしているというのも勿論あるのだが。


「へー、エリィちゃんは……長生きなんですねぇ」

「言葉選んだなぁ?分かるぞ?妾そう言うの分かるぞぉ?」

「年寄りと酔っ払いの面倒臭いところ両方を常時発動してんのホントさぁ」


 ワインボトルを抱えて、体の揺れに合わせてグラスの中身が激しく揺れる。

 子供のような大人のような、見た目からは計れない人物である事はネウマにも分かった。


「なんじゃとぉ?そこまで言うなら面倒なの喰らわせてやるわ!昔話してやるかの!」

「あ!それ私聞きたいです!このお店の話とか!」

「そーかそーか、お嬢ちゃんはいい子じゃのーお名前はー?」

「ネウマ!年齢は覚えていません!」

「あらー妾も年齢覚えてないからのぉーネウマちゃんと一緒じゃな!」

「なー!」


 その2つは似て非なるものなのだが、2人はその一点を足掛かりに同調して笑い合う。

 その2人の様子を見ていたサラは、ネウマのその誰とでも素早く距離を縮めるその能力に感心していた。

 ケファ、ミュラーそしてエリザベート。

 今日1日で初めて会ったこの3人と、ネウマは臆する事なく親し気に会話をしてみせているのだ。


(ノリが良いってか、なるようになるって考え方とか。ホントこの街向きだよな)


「さぁーて!妾がこの場所を見つけたのは……えー、何百年か前」

「大雑把すぎんだろ」

「かぁー!お前らのご先祖がオシメにクソ垂れてた頃!」

「エリィちゃん見た目の割に口汚いですよね」

「その何百年か前!この辺りは瓦礫の山じゃった!」

「なんでそんな事になってんだよ?」

「あぁー?……覚えとらん!次行くぞ!」

「眉唾モンだなぁ」


 挟まる野次に中指を立てるスタイルで昔話を強行するエリザベート。

 サラは早々に興味の無いゴシップ誌を見る時程度の集中力でカウンターに肘をつき、ネウマは比較的真面目に向き合っている。


「その時妾は瓦礫の中にある珍しいモンに惹かれて探検しとった」

「火事場泥棒か?」

「違うわい!知的好奇心を満たすための探究!」

「それ法廷で言えます?」

「そんでぇ!妾は夢中になり過ぎて日の出の時間を忘れとった!」

「バカだろ」

「バカですね」

「周囲には瓦礫しか無く、陽の光を遮れるような建物は見当たらない!しかし妾の鋭い感覚が地下空間を捉えた!」

「それがここだった訳ですね!」

「ネタ潰しやめて!」

「オラ次話せよ」

「くそぉ……」


 何百年も生きる吸血鬼ならば相応の力を持つ強大な存在である筈なのだが。このエリザベートという吸血鬼は良く言えば親しみのある、悪く言えば舐められがちなところがあった。


「妾が飛び込んだこの地下、最初は酒蔵だったんじゃ。地下に店があるのもその名残じゃな」

「ここひんやりして過ごしやすいですもんねぇ」

「そうそう、酒もあるし過ごしやすいし妾はここで太陽が過ぎ去るのを待ったのだが……夜になると外には異端審問官共が彷徨いとった!」

「教会勢力が?そういった干渉は長い事跳ね除けてる筈だが」

「妾にも分からんわ!むっかーしにはそんな事もあったの!……そんな感じだから出て行く事もままならず、妾はここの入り口を塞いで隠れる事とした」


 語りにも力が入ってグラスのワインを一気に煽り、エリザベートは潤した喉で滔々と語り出す。


「最初のうちはすぐに帰ると思ったったんじゃが、日に日に人が増えていっての。妾も流石に忍耐と飢えの限界が訪れたその時!妾は酒蔵の奥から香る芳醇な血の匂いを嗅ぎとった……そこにはなーんと!血を熟成させた血酒がそりゃもう大量にあったんじゃぁ!」

「昔にそんな大量の血酒って、どんだけの人間が犠牲に……」


 昔から吸血鬼達が飢えを満たすには人間の血を飲む必要があり、それをより嗜好品としての趣を強くしたものが血液を加工した血酒。

 現代では科学技術の発展によって犠牲を出さずに吸血鬼の飢えを満たして血酒を作る事すら出来るのだが、そのような技術な無い時代でればその大量の血とはそのまま数多の人々の命という事になる。


「妾が作った訳じゃないし!妾は毎日少しの血酒と、退屈を紛らわせる為の酒をガバガバ飲んでの!昔はないすばでーな美女だった肉体も効率化の為に縮めて……あとこの体だと少量で酔えたのも良かったの!妾は酒蔵の中で酒池肉林──肉は無いから酒池酒池した生活を送ったんじゃ!」

「最高の生活じゃないですか!」

「じゃろー!?そん時にやったのが血酒の樽に浸かる〈ブラッドバス〉じゃ!だがそんな生活にも終わりが訪れる……なんと酒蔵の入り口がぶち抜かれたんじゃ!」

「年貢の納め時だな」


 両手を振り回して、熱く情感たっぷりに語るエリザベートはここでグラスからワイン……がなかったのでボトルから直で喉へと流し込む。

 見た目とのギャップから、見ているとハラハラする光景にサラとネウマはバツが悪そうに目を見合わせる。


「んぐっんぐっ、ぷはぁ!えー……なんじゃったかな?ああ、侵入者の話か。その者達はいたってフッツーの格好をした奴らでの、妾が警戒しとった教会の連中ではなかった。妾はそこでピーンときてな、ここに何百年も住んでる妾には権利がある!土地の所有者は妾じゃあ!ってのぉ!」

「駄々捏ねただけじゃん」

「時には駄々も交渉術!そうして妾はこの場所に酒場を開き、四六時中酒かっ喰らいながら金儲けまで出来るようになったんじゃなー」


 話もひと段落し、グラスにワインを注いでエリザベートはグラスを傾ける。


「良い老後の過ごし方ですねぇ」

「かぁー!老後とはなんじゃぁ!?」

「年取ってんだし地下居住区画(アンダーグラウンド)にでも引っ越せば良いだろ」

「妾の居場所はここじゃ!テコでも動かんぞ!」


 地下居住区画(アンダーグラウンド)──吸血鬼や人狼など、特定の環境に晒された時に起こる生理的反応を防ぐ為に地下に築かれた大規模な地下都市。

 複数の企業が共同で開発を進めた地下居住区画(アンダーグラウンド)は、押し込める為の場所などではなく立派な街の一部として機能している。

 その為吸血鬼や人狼の多くが居を構えるのだが、エリザベートのような拘りの強いごく一部は地上に住んでいる事もある。吸血鬼ならば当然、陽光によって生活が不便な筈なのだが。


「てかもう話終わったろ?アタシ達情報が欲しくて来たんだよ」

「あ?情報ねぇ……まったく、おばあちゃんの井戸端会議の噂話を聞かせてやるわい」

「エリィちゃん拗ねちゃった!」

「ったく、本当に最近の奴らは話を急ぎすぎるし……」


 カウンターに頬杖を突き、グラスの中の水面を揺らしながらエリザベートは不満げにひとりごちる。


「〈トライアイ・カルト〉の連中についてだ。最近の動きとかなんかない?」

「はぁー?サラ、おぬしが〈カルト〉の連中に自分から関わっとるのかぁ!?あんだけ嫌がっとったのに──そうか!ネウマじゃなぁ!」

「そうなんです!私が原因です!」

「そーかそーか!あの〈カルト〉の話がちょっとでも聞こえたら席を移動してたサラがのぉ……」


 エリザベートが態とらしく目尻を拭い、サラを慈愛に満ちた瞳で見つめ──


「おおっと、サラが3人に見えるわ」

「飲み過ぎだバカ!」

「昔話に盛り上がりすぎたかの。まぁ丁度良い事に〈カルト〉絡みの依頼人が来とるから、ほらあの奥の席」


 チェイサーを飲みながらエリザベートが指差したのはこの店の奥まった位置にあるテーブル。そしてそこで酷く汗をかき、周囲を頻繁に見回す痩躯の男性。

 白髪混じりの頭に、疲労と老いが深く刻まれた顔はこの街では背景の一部と言っていい程にはよく見る部類の人間だ。


「なんでも〈カルト〉に追われてるとか。護衛を探しとるんじゃと」

「へぇ成る程、追われる理由を持った依頼人ね……」

「これ、〈カルト〉の企みを探るチャンスですよね」


 偶然降って来たまたとないチャンス。

 それをモノにすべく、サラとネウマは頷きあった──


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次回更新は4/22土曜日、7時です。

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