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マジックパンク&ブルームハンドル  作者: 相竹 空区
EP.2 今を生きる人々
15/25

2-2 出会い


「んで?なんか掴めたかよ?」


 サラはそう言って手に持っていたエナジードリンクをケファに向かって放り投げ、ケファは難なくキャッチする。


「分からない事が分かったって感じかな?」

「だよな、正直あんま期待してなかったわ」


 サラの自らの仕事にケチを付けるような物言いに、ケファは眉ひとつ動かさずにドリンクのボトルを開けて中の液体を飲み下す。


「あ、あのー……どういう状態で?」

「ネウマとは何処から来た誰なのか問題について調べてもらってたんだよ」

「あぁーなるほど」


 嘆息するネウマに、ケファは目を細めて指差した。


「いや、貴女自身の事についてだから。ホント分かんない事だらけだし、記憶戻るの待つしかないよ?」

「いやーどうにもならないものはホントどうにもならないので……へへへ」

「コイツののほほん具合はどうにもならないから、報告だけたのむわ」


 ネウマのマイペースさに唖然とするケファのヘルメット越しの頭にサラは肘掛けて調査の結果について促すと、ケファは頭上のクライアントに眉を顰めて堪えるように1つ溜め息を吐いて説明を始める。


「……ふぅ。まずスタート地点は最初に2人が会ったスクラップヤード。ここに運び込まれた生体保護コンテナにネウマさんが入っていたんだろうって事が──サラさんの調査で分かった」

「え!?いつの間に!?」

「お前が仕事中にアタシも仕事してんだよ」


 生体保護コンテナとは、重症患者や特定環境でしか生存出来ない生物を運ぶ為に用いられる医療機器。

 スクラップヤードに捨てられるにしては価値のある代物を、サラはあの日返し忘れた鍵を返しに行った時に発見していた。


「記憶を失ったのは生体保護コンテナからの復帰が正しく行われなかったからじゃないかってアタシ達は考えてる」

「それでボクはそのコンテナが何処から来たのか調べ始めた訳だけど……」

「手詰まりですか!?」

「いや、何処から来たのかは分かったんだ。街の外から運び込まれていた」

「外?どのくらい外なのかが問題だな」

「それが意外と近くてね。1ヶ月くらい前に〈ストーンヘンジ〉へ向かっていた航空機が墜落した。その現場からスカベンジャーが漁ったスクラップがいくつか運び込まれていて、その中にコンテナも紛れていたみたいだね」

「じゃあその飛行機はどっから来てんだ?」


 サラの質問にケファは肩をすくめて答えを示す。

 対してネウマは2人を交互に見つめて困惑し、疑問を口にする。


「えっと……出発地点が分からないんですか?」

「ああごめん、ちゃんと説明しなきゃだね。飛行機が何処から来たのかは問題じゃない。運行していたのは〈オウルエアカーゴ〉って会社なんだけど……ペーパーカンパニーみたいなんだ」

「はぁ?でも実際飛行機は飛ばしてんだろ?」

「フライトプランも提出されてるしね。ただネウマさんを運んだこの一件しか仕事をしていない会社……のわりに〈ストーンヘンジ〉にオフィスがあったりもする」

「よく分からないけど、気味が悪いですね……」


 何もかもがチグハグなそれは、明らかにされたくない何かを隠す為のものだろう。

 〈トライアイ・カルト〉に加えて何者かの陰謀を感じるだけとなったこの調査は、3人の胸にモヤモヤとしたモノを残す事になった。

 ネウマは俯いて頭を悩ませ、ケファはドリンクで疑問を流し込む。

 サラはそんな2人を見て手を叩き、次の話題へと切り替えた。


「ハイ!それじゃあ次だ」

「まだあるんですか?」

「こっちも正直微妙な結果だけどね、ネウマさんを狙った〈カルト〉についてだ」

「訳わからん連中だしな。最近何やってんのかでもいいや」

「最近?人殺しかな」

「そんなの何時もやってんだろ」

「この街ヤバくないですか?」


 それ程〈ストーンヘンジ〉の治安は悪い。

 街の公式発表で出る死者数は市民IDを保有している者のみを数えている為に、表面化しづらい死人がかなり多いのだ。

 

「最近だと反〈カルト〉を掲げていたお医者さんが殺されたね」

「マジ見境ねぇな……」

「そのせいで〈カルト〉の脅威に対して声を上げる事が出来なくなってる。ボク達がなんとかしなくちゃならないんだよ」


 そう言ってケファは拳を握る。

 拳を見つめる瞳は闘志に満ちて、唇が使命感で一文字に引結ばれたその堅い表情からは、彼が見た目以上に大きな物を抱えている事を伺わせた。


「あんま力入れすぎんなよぉ?」


 しかしそんなケファの頭をサラが揺さぶると、ケファの表情筋が緩んで鬱陶しげにその手を払う。


「あぁ!ウザ!」

「他にはねぇの?なぁなぁ?」

「ふふっ、仲良しなんですね」

「そうそう、アタシに恩があんだよなぁ?」

「そりゃ感謝してるけどさ、ウザさが上回りがちだよね」

「おっ!サラさんに助けられた感じですか?仲間ですねぇ、私も実はそうなんですよぉー何があったんですか?」

「別に、〈カルト〉に家族を殺されて路頭に迷って色々あった時に助けてもらっただけ……ああ、憐れんだりしないでよね。ボクってそういう過去を乗り越えて前へ進もうとする健気な美男子だからさ」

「ケファくん……私と同じじゃないですか!これもう友達ですよ!サラトモとかどうです?あと私も絶世の美女です!」

「あぁ……ウザイのが増えた……」

「てかアタシの名前か勝手に使わないで欲しいんだけど」


 暗い部屋に3人、楽しげな声が響く。

 皆何かを失った者達だが、それでも3人集まれば大きな力になるのだと、ネウマはそう思えた。


「それじゃあ調査の方は引き続きヨロシク。サボんなよチビ助」

「アイアイマム」

「あーその、成長すればきっと身長大きくなりますよ!」

「母さんがハーフリングだからボクの背はここらで打ち止めだよ」

「んんー……ケファくんは、内面がデッカい!」


 ネウマなりの全力のフォローとサムズアップに、ケファもサムズアップで返して椅子をモニターに向ける。

 その背に見送られてサラとネウマは踵を返して部屋を出る。


 出口の扉は入る時と同じようにひとりでに開き、監視カメラは2人を見ていたのでネウマはそこへも手を振った。


◆◆◆


 粗方の調査報告を終えて、ケファの部屋から再び街へ出た2人。

 せっかくならば昼食をとネウマは先陣を切って、張り切って店を探していた。


「肉……麺?これは虫料理?無視しましょうか。おっ!魚もいいですねぇ……」

「腹減ったから早く決めて欲しいんだけど……」

「漫然と食事を取ってはいけませんよサラさん!ちゃんと何が食べたいのか……それを心の内に問いかけて、心が満足できる食事で満腹にしなくては!」

「ホント食うの好きだよなぁ」

「3大欲求とまで言われるモノのひとつですからね!」

「なら腹減った状態で歩かされる辛さもわかんだろぉ……」


 サラは腹を抑えて空腹に喘ぎ、ネウマはサラの手を引いて熱心に店をチェックする。

 この通りは飲食店が多く、たとえ空腹でなくとも歩いていれば様々な芳しい料理の香りが嗅覚を刺激して口の中は唾液で溢れる事だろう。


「!あの屋台!私のセンサーが反応しています!」

「あぁー腹減った!」


 鼻腔に捉えたスパイシーな香りに誘われて、ネウマは駆け出し屋台の暖簾を潜る。

 選んだ席はサラの席の事も考えて、4つ並んだ席の右から2番目。1つ席を挟んだ左には先客の若い男性が座っており、串に刺さった肉に齧り付いているところだった。


「いらっしゃいませ」

「あ、どうも〜はぁ、良い香り」


 大きな肉に串を打ち、タレを塗って焼きながら店主が眉ひとつ動かさずに挨拶をする。

 まるで機械のように精密に調理を行うその姿にネウマは萎縮して、恐る恐るといった様子で席へと腰を下ろす。

 慣れない空気に落ち着かないネウマは周囲を見回して、いつの間にかこちらを見ていた隣の男性客と目が合って笑いかけられる。


 彼は鍛え上げられた──表面上はそのように見えるサイバネティクスの──肉体を持ち、タクティカルベストから伸びた二の腕には花のタトゥーが彫られ、飾り気の無い服装に派手さを加えた眉目秀麗な男。


「やあ、お姉さん1人?この辺りは初めてかな?」

「ひぇっ……あぁ、はい初めてキマシター」

「ハハハッ緊張しすぎて変になってるよー?オレ、ミュラー。お姉さん名前は?」

「ネウマです……あのこれナンパですよね!?そういうのって勇気いりません!?よく出来ますね!」

「勇気いるけどネウマちゃん美人だからさーどうしてもお近づきになりたいなーって、そんな魅力に溢れてるからさ」

「ひゃー!ドラマで見たのと同じ!お尻がむず痒くなるような言葉ホントに言うんですね!」

「……ネウマちゃんナンパされてるってのに変わってるね」


 ミュラーは屋台のカウンターに肘をついてネウマを見つめて、ネウマは一般常識の勉強用に見ていたドラマそのままの男との対面に、自分がナンパされてるというのに他人事のようにテンションを上げる。


「他にも口説く用のレパートリー披露しようか?ゆっくりお茶でもしながらさ」

「これもー!これも聞いた事ありますよぉー!」

「オイ、アタシにもそのレパートリー聞かせてくれや」

「げぇ!?サラ!?」


 空腹で気力の湧かない体を引きずって、遅れて暖簾をくぐったサラが鋭い眼光でミュラーを威圧する。

 ミュラーも目を丸くして驚き、ネウマへと徐々に詰めていた距離を一気に離す。


「サラさん!ミュラーさんとお知り合いですか?私ナンパされてたんですよぉー」

「知り合い……?まぁ知り合いか。同業者──傭兵だよコイツ」

「そそ!凄腕傭兵ミュラーくんをよろしくどうぞ!」


 そう言って笑顔でピースサインをするミュラーは、ネウマが今まで遭遇してきた傭兵とは異なる柔らかな印象を受けた。

 現在もサラに足で小突かれて「痛い痛い」と小さく悲鳴を上げて椅子の上で縮こまっているし、タクティカルベストを着るなどの見た目から漂う荒々しさと柔和な印象のギャップが特にそう思わせる。


「オラ!仕事しろ!どっか行け!」

「待機中なんだって!待ち合わせ時間まで余裕あったの!」

「知った事か!シッシッ!」

「あはは〜痛っ、それじゃあネウマちゃんまたねぇ〜」


 手をひらひらと振りながら、傍からネウマからは隠れるようにして立て掛けていたレバーアクションショットガン──半月の形をした刃を先端に取り付け今はカバーをかけている──を手に取り退散といった様子で去って行くミュラー。

 彼を見送った、あるいは追い出したサラはネウマの隣の席へドカリと乱暴に腰を下ろす。


「はぁー腹減った」

「えぇ、あんな雑に……良いんですか?」

「いいのいいの、変な影響受けんなよ?……って、結局ワーム食うのかよ」

「え!?ここも虫料理だったんですか!?」

「……お客さん、注文は」


 驚くネウマをジロリと睨み、寡黙な店主が非難のニュアンスを含んだ言葉を放ちながら大きな肉──砂漠に生息する人を丸呑みにする程巨大なワームの肉に串を打つ。

 ネウマは口の端を引き攣らせ、しかし空腹との狭間に揺れてサラを見る。

 その視線に気付いたサラは顔に疑問を滲ませて、店主へ注文をした。


「辛いの4つ頂戴」

「あいよ」

「あぁ……」


 うねるワームを想像してげんなりするネウマの事などつゆ知らず、サラは平然とワームの串焼きを注文して空腹に唸る腹を撫でている。


「えぇ……ワームですよ?サラさん」

「ワームだな?」

「うねうねキシャーッのワームですよ!?」

「見た目の印象なら魚と対して変わらねぇだろ」

「うーんなんか、緑の汁とか出てくるし……変な味とかしそうでぇ……」


 想像が味蕾に再現した得体の知れない苦味を味わって、ネウマ顔を歪ませる。

 そんな様子に寡黙な店主が手元に視線を落としたまま、再び口を開いた。


「お客さん、食べてから味に文句言うならまだしも食べる前から味に文句言われてもね」

「あっご、ごめんなさい……」

「そうだぞー?ちゃんと下処理してるだろうし臭みもスパイスで消してんだろうし、ねぇー?」

「えぇ、養殖したサンドワームの素早く処理した新鮮な肉を仕入れてます」


 サンドワームは交易路を脅かす危険なモンスターとして長年の人々を悩ませてきたのだが、近年になってその繁殖力と管理のし易さから食肉として注目が集まっている。


 とはいえネウマのように拒否感を抱く者も少なくないので、このような屋台で安く売る程度に留まっているのだが。


「お待ち、スパイシーサンドワームの串焼きです」

「よしよし。さぁネウマ、食ってみろ」

「えぇ……いや、あぁ……」


 サラが受け取った皿には、大きな肉を刺した4本の串が山盛りになっている。

 ネウマはそれを差し出され、椅子の上で後退りするものの狭い屋台で逃げ場は無い。


「うぅ……イタダキマス」

「ガブっといけ!口一杯に!」

「ひぃぃ」


 肉の見た目に虫要素は無い。

 匂いも香辛料とニンニクの刺激的な、むしろ食欲を誘う香りが漂ってあるのだが。


「美味しそうな匂いしてるのが余計に!虫って事実を際立たせる!」


 それでも頭の片隅では想像上のかつての姿がうねっているのだ。


「行きます!……行きますよぉ……!はむっ!」


 ネウマは勢いよくかぶりついて……口の中に刺激が広がる。

 辛味と旨味、双方が噛むたびにジュワリと広がって食べ進めるのが止まらない。


「くぅぅ……ワームなのに……うねうねキシャーッなのに……美味しくて悔しい……!」

「泣くほどかよ」


 ネウマは新たな出会いに、涙をこぼさずにはいられなかった──


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次回更新は4/19水曜日、21時です。

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