1-13 エピローグ
サラとネウマが初めて会った日から数日が経過した。
〈モーターヘッド・ギャング〉とはあの日から遭遇しておらず、ネウマが今後生活出来るような基盤を整える為に必要な平穏な日常を過ごす事が出来た──のだが。
〈トライアイ・カルト〉がネウマを狙った理由は依然として不明であり、ネウマ自身も何も思い出せずに過ごした時間はサラにとってはもどかしいものだった。
「ジャーン!どうですサラさん?似合ってますか?」
「んな事どうでもいいからメシ置けって」
「ひどくないですか?……おいしくなーれのおまじない掛けます?」
「いらねぇって!早くメシ置け!」
住所不定無職、年齢すら思い出せないネウマには衣食住全てが必要だったのだが、それを一挙に解決する手段としてダンテとベアトリスの夫婦は〈ダイスロール〉で働く事を提案した。
ネウマは快諾し、前借りで貰った給金があればその日の暮らしは何とかなるので、あとは住居となったのだが。
「ハハハ、仲良くやれているようじゃないか」
「そうなんですよー私達マブなので!」
「マブて。四六時中コレだし霊柩車じゃ狭いから早くいい場所見つけて欲しいんだけど……」
そう、ネウマはサラの霊柩車に半ば強引に押し掛ける形で居着いたのだ。
片付けられず惨憺たる有様だった車内はネウマの手によって綺麗に掃除され、簡易ベッドの横に寝袋を敷ける程度のスペースを開ける事には成功した。
「結構居心地良いのでずっといちゃダメですか?」
「何故ダメじゃないと思ったんだ…?」
「えー!私良い感じのインテリアとか探してたのに!」
「人の車に物を必要以上に増やすな!」
なんだかんだと言ってもネウマが居着く事を許している時点でサラはネウマの事をある程度信用しているのだが、やはり出てくる言葉はそこまでの変化は無かった。
「いやーサラちゃんに友達が出来て、あたしも嬉しいなぁ」
「どこ目線なんだよソレ」
ふらりと現れたベアトリスが笑って近づき、カウンターの上にミニカーを走らせる。
それは黒い車体に長く伸びた荷室を備えた、霊柩車のミニカー。
「なんですかこれ!ちっちゃくて可愛いですねぇ」
「ほら、丁度インテリアの話聞こえたから」
「え、霊柩車のミニカー飾るつもりかい?」
「不吉じゃねぇ?」
「サラさんがそれ言います……?」
コロコロと転がるミニカーは小気味いい音を立てながらカウンターの上を軽快に走り、サラの目の前の皿へと衝突しカツンと小さな音を立てた。
ネウマはソレを拾い上げ、顔を近づけまじまじと眺めて嘆息する。
「へぇーよく出来てますねぇ」
「いいでしょー何かにつけて記念品買うのは良いよぉ」
「コレは何記念なのさ」
「サラちゃんに友達が出来た記念!」
「おぉ、そりゃめでたい」
サムズアップするベアトリスと、賛同して拍手するダンテにサラは思わず頭を抱える。
「良いですね!記念品!サラさん!ねぇ!」
「圧強いな……んじゃコレやるよ」
そう言ってサラが懐から取り出したのは古びた聖印。
紐が通されて首に掛ける事の出来るソレを、サラはネウマの長髪を持ち上げて首へと通す。
「おいその聖印は……」
ベアトリスの言葉をダンテが無言で制止して、サラを見守る。
それは出かける時にも首に掛けずに仕舞っていた、サラが毎朝触れていた物。
長い時を経たものの、細かな傷はあれど汚れなどはなく丁寧に扱われてきたそれをネウマの胸元へと下げる。
「記憶が無いなら今から積み上げていけば良い……きっと今より良い明日が来るって、そう思えばこの掃き溜めみたいな街でも生きてける」
何気ない顔でそう言ったサラは、むしろ努めてその顔をしているようだ。
まるで強い感情が呼び起こされるから、そうしないと蓋していた物が溢れてしまうから。
その瞳の奥の揺らぎをこの場の全員が見たものの、敢えて口になどせずに胸の内へと仕舞い込む。
「サラさん……ありがとうございます。大切にしますね」
「ん……」
サラはネウマの感謝を横顔で受け流して、目の前のバーガーへと取り掛かる。
黙々と食べるサラに掛ける言葉に悩みつつも、ネウマはサラの隣の席に座ってミニカーをカウンターの端に置く。
「さぁて、私達は仕事に戻ろうか。ネウマさんは休憩に入ってくれ」
「えー。もうちょい休憩したーい」
店長を引き摺る店員と、逆転したような状態でカウンターから消える2人。
それを見送るネウマは感慨深くダイナーを見渡す。
「居場所が見つかってよかったなぁーってそう思うんです」
「そっか。なら見失わないようにしないとな」
「えぇもちろんです。迷ったとしても最終的に辿り着ける場所が分かるだけでこんなにも心が暖かいなんて」
「帰る場所があるって良いよな」
いまだ記憶は戻らず、自分自身のことすら定かではない束の間の平穏だとしても。
ネウマは今はまだ、その幸せを噛み締めていたいとそう願った。
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次回更新は来週、4/12水曜日です。




