1-10 魔術 その2
サラの扱う魔術はシンプルな炎の魔術だ。
ターボヘッドのような支援魔術とは違い、直接相手を叩く攻撃力に優れた術。
「炎が、炎が!」
「クソクソクソ!魔術師1人で戦況は傾くって話だろ!?」
炎を自在に操り脅威度の高いターゲットを優先的に破壊する様は、実際の戦闘力の削がれ方よりも炎という原始的な恐怖の対象によって〈モーターヘッド・ギャング〉の勢いを弱めていっている。
『落ち着け!攻撃魔術は魔力の消費がデカい!俺の支援魔術の方が長く保つ!』
ボスのターボヘッドの声で、逃げ出すようなその一線は踏みとどまったギャング達だが互いに顔を見合わせ、依然として及び腰には変わりない。
確かにターボヘッドの支援は身体改造も合わさり持久戦になったとしても十分に保つだろう。
しかし当のターボヘッド本人が徐々に減ってゆく車両ゴーレムを感じ取っているし、なにより魔術について理解していた。
(俺の支援魔術ではあの女を倒すだけの突破力が足りねェ……そしてなんだ!?あの女の魔力量は……!)
ターボヘッドは魔力の観測用のサイバネティクスを装備していないが、それでも魔術師として魔力を肌で感じる程度の事は出来る。
一応配下達には長く保つとは言ったものの、魔術戦が始まった時から彼は肌にビリビリと伝わる強大な魔力を感じ続けていた。
それは弱くなる事もなく、むしろエンジンが温まるように徐々に勢いを増して存在感を強めている。
(正確な観測なんてしたたらブルっちまってたかもしれねェなこりゃ……)
ガレージ内の熱い空気が纏わりついて、中にいる全員が汗を垂らして戦っている。
熱さで焦れる気持ちが強くなって銃を乱射しながらの突撃を選ぶ者も現れ出した時にはもう、冷静さの代わりに意識の中に居座った狂気は伝染し始めて、皆叫びながら無茶苦茶に戦い出していた。
「オォオォラアァァ!?」
「クソクソクソ!!!ブッ殺してやる……!」
「あぁ、あぁ……悪魔だ……」
熱さで揺らめく視界で、鮮明に映るのは炎と赤い髪の踊る2つの赤。
箒の空中機動も朦朧とした意識と恐怖の中では悪魔と見紛う恐ろしさだった。
当然そんな惚けた姿を晒せば炎に呑まれるか、あるいは撃ち抜かれてしまうのだが死を選んだように見える為に狂気はより伝染してしまう。
「〈トライアイ・カルト〉の連中はマジだったのかもしんねぇ……」
「オイ!戦えよ!お、俺は死なねぇぞ……!」
サラがこちらを見ていないと分かったギャングは、これを好機と見るや否や蛮勇と共に小銃を脇に構えて突撃を敢行する。
ここで叫んでいればすぐに気付かれていたのだろうが、彼は恐怖を飲み込む為に震えてカチカチと音の鳴る歯を食いしばっていた為に乱戦の中気付かれずに接近する事が出来た。
(や、やった!このまま──!)
心中に僅かな歓喜を芽生えさせた瞬間、赤が揺らめき悪魔が振り返る。
「ひっ……」
サラ自身に特段の感情はないのだが、恐怖が滲む視界でその表情は新たな獲物に歓喜しているように見えただろう。
銃口は変わらず他方を向いたまま、まるで鬱陶しい羽虫でも払うかのように左腕を翻すとそよ風の代わりに炎の波が巻き起こる。
近距離の迎撃を行うその魔術には指向性や収束は行われておらず、それによって焼かれたギャングは少しの間意識があった事だろう。
「クソッ近寄らなければ良かっただろ……!使いたくもねぇ力使わせやがって……」
しかしソレに何より心を痛めて歯噛みするのは術者であるサラだった。
現在サラには余裕が無い。
その為殺し方を選ぶ余裕などなく、無駄に苦しめる事──そして魔術を使う事に対して決断を鈍らせる事は出来なかった。
「弾薬ポーチが軽くなっていく感覚はやっぱり肝が冷えるな……っ」
トップブレイクしたリボルバーに弾を込めるべく、ポーチに触れるたび減ってゆく弾薬はまるで自分のHPのようだとサラは暑さとは別の原因の汗を垂らしながらそう思う。
徐々に減る弾薬を補うように魔術を使う比率を高くしてはいるものの、いずれ訪れる弾薬切れは致命的な隙となるだろう。
その時へのカウントダウンを重さにて感じると、自然と箒を握る力が強くなり手汗も鬱陶しく感じてしまう。
「迷う余裕も無いだろっ!取り敢えず進むしか!」
脚に力を込めて飛び出した勢いは箒によって保たれる。
滑るように高速で移動する視界は揺れる事なく、その中で見つけたターゲットへ素早く照準を合わせてダンダンダンとテンポよく発砲してまた地面を踏み込む。
スケートの滑走のような移動を繰り返していると、その動きを阻むように3人のギャングが立ちはだかる。
「ここで止めるぞ!」
「接近戦で仕留める!」
「機銃があるから上には飛べねェ筈だ!」
2人は前方、もう1人は後ろから挟み込むようにして迫る彼等の獲物はハチェット。
小型の手斧とはいえ魔術によって強化された身体能力ならば金属にすら刃を突き立てて割く事が出来るだろう。
最初に狙うのは当然後方の1人。
サラは振り返りざまに銃を構えるが、照準越しに見えたギャングの姿は右手を振り下ろした状態。
「──っ!!」
ほぼ反射的に身を逸らし、箒でもなければ倒れているだろう角度まで大袈裟に身を倒して第六感が捉えた脅威を回避する。
次の瞬間には直前までサラがいた位置には回転しながら飛んで行くハチェットが修道服の端を切り裂いていた。
「体勢を崩したな!」
「袋叩きにしろ!」
「ミンチにしてやんよォ!」
サラは地面スレスレまで傾いて、このまま起き上がるのに必要な時間は迫る3人がハチェットを振り下ろすのに必要な時間より長いだろう。
ならばとサラは勢いそのまま転がって、肩を設置させてもう一回転しながら再び照準を合わせる。
回転する上低い視点ではあったものの、発射炎で床を焼きながら放った一撃は2人組の片方の太腿に命中し、その勢いを大きく削ぐ事に成功した。
バランスを欠いて崩れるギャングを視界の端へと移して次に狙うのは今まさにハチェット振り下ろさんとする後方の1人。
「おぉらぁっ!」
「当たってくれ──!」
床で反動を吸収しながら仰向けで火柱と共に撃ち上げられた銃弾は、振り下ろされるハチェットへ向かって飛翔する。
弾丸はライフリングによってジャイロ回転しながら弾丸はハチェットの刃へと身を擦るように接触し、魔術的な強制力でもって加速された弾丸は金属製のハチェットであろうと直進させる事を優先させてその刃を穿孔する。
ギリギリと擦る金属音が一瞬のうちに放たれたあと弾丸は天井へと吸い込まれ、ハチェットは軌道を逸らして床を叩く。
「なっ──!?」
「今っ!」
転がって膝立ちまで体制を立て直したサラがハチェットを床へと突き立てたギャングの側頭部へと振り上げた銃を向ける。
そのまま引き金を引き、弾丸にて頭蓋を穿孔するなりその反動すら使ってフリーになった後方へと飛び退く。
「あと2……いや、まだいんのか」
今はまず目の前の敵に集中……とはいえその後に魔術によって大部分が削れたとはいえ控えている多くの敵の事を考えて、サラは少々うんざりとしてきてしまう。
しかしその内心など関係なく、前方から2人が迫っている為にサラは切り替える他ないのだ。
「同時にやるぞ!」
「オォっ!!」
脚を撃ち抜かれた者と歩調を合わせて、同時攻撃を敢行する2人組。
とはいえ彼等は魔術によって身体能力を高められている為に、片脚だろうと驚異的な踏み込みが可能。
同時に踏み込んでサラへと飛びかかり、両脚の分僅かに早く到達した方がサラの右方からハチェットを振るう。
「おっと」
サラは箒による機動で難なく回避する──が間髪入れずに追いついたギャングがハチェットを振り払う。
更にその次は右側から、再び攻撃体勢に入ったギャングによるハチェットが──と絶え間なく続く斬撃にサラはしゃがみ、スウェーをし、回避を継続する。
「くっ……!早い!」
刃が空を切る音が聞こえる度に、サラは肝が縮む思いをする。
しかし数度の攻撃を避けた事で、サラは相手の動きを見切り始めた。
避ける動作に合わせて、銃を構える腕を胸の前に引き寄せた射撃姿勢で狙いを付けようと模索して、しかしそれは振るわれるハチェットに阻止されるが、徐々にサラの側に余裕が生まれ出す。
「この女コンビネーションに慣れて来やがったっ!」
「なら俺が!」
いよいよ照準は右方のギャングの胸へと定まり、引き金に力を込め出したその時。
左方の脚を撃ち抜かれたギャングが膝を突く──
──否。それは準備だ。
無事な方の脚を立てた膝立ちの姿勢で、サラに向かって踏み込むような角度で脚に力を込める。
(突っ込んで来るのか……!?)
しかし突撃は既に見切っている。
サラは自身の射撃スピードならば、このまま撃ってすぐに突撃してきた方にも撃ち込めると判断して照準は動かさない。
(アタシのほうが早い──!?)
しかし銃口は不意に上へと弾かれた。
既に発射寸前まで引かれていた引き金は、弾かれた勢いで引ききられて明後日の方向へと発砲される。
これを為したのは膝立ち──いや、射撃体勢のギャング。
義足に仕込んだ銃にてサラの右腕を狙って、それは僅かに逸れたものの銃へと当たってサラは無防備な状態へと追い込まれる。
手放しはしなかったものの弾かれた銃を引き戻すには時間が足りない。
今にもサラの腹には横薙ぎに振るわれたハチェットが叩き込まれそうな状態であり、消耗を避ける為に車両相手にしか使ってこなかった魔術を使わざるを得ない状況だ。
「取ったァ!!」
「くっ──オオォォォォッ!!」
迫るギャングの勝利の確信から放たれた言葉を掻き消すようにサラが叫ぶ。
熱のの籠ったその叫びは大気を震わせ、サラに力を齎す。
発生と共に放たれた呼気は揺らめいて見える程の熱を持ち、それはサラが叫ぶ勢いを強めるのと比例して内に宿す力を多くする。
それでもただの叫びでしかなく、ハチェットはサラの横っ腹に後少しで触れる距離まで迫った時──
──叫びは息吹となって爆発的なエネルギーを吹き出した。
ソレはこれまでの魔術とは桁が違う。
土石流の如く全てを押し流す炎の川を、サラは竜のように放出する。
当然真正面に立っていた2人は真っ先に焼かれ、その先へと流れ込む。
鉄を人を問答無用で焼き溶かすブレスはその先──燃料タンクへ猛進する。
しかし視界の全てが炎を染まったサラにそれを知覚する事など不可能で、炎は何台もの車両を満タンにしてもまだ多くの燃料の残る──或いはある程度の空きがあったからこそ運が悪かったのか。
炎はタンクを焼き溶かして内部へと流れ込む。
そこにはガソリンが──気化したガソリンが溜まっている。
衝撃。
「ぐっ……あぁ!」
凄まじ衝撃波がガレージ内を駆け巡り、カオスを極めた屋内は、大波に洗い流されて静寂を取り戻す。
それは或いは一時的な聴覚の麻痺であった可能性もあるのだが、サラにとっては同じ事だった。
「クソ魔術が……制御出来なかったか……」
サラは今日幾度目か分からない衝撃に身を揉まれて、思わず悪態を突いた──
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