1-1 プロローグ
立ち並ぶ摩天楼──かつては強大な力を持った魔術師しか作り出せなかった石の塔。
都市を満たす天にも勝る数多の光──焚き火を寄る辺にしていた人類が手にした叡智の輝き。
──そして魔法の箒。
魔術師が空を飛ぶ為に使われていた魔道具も、現代においては技術の発展に伴って小型化。
そして武器として、より洗練された形へと変わっていた。
科学の発展と共に開発された銃器。
これに魔術師が注目したのは国家が魔術師を囲ったのち大規模な戦争が起きてからだった。
確かに魔術師は法則を曲げる力を用いて火を、嵐を、地割れを生み出す事が出来たが、そのような大規模な魔術を用いれば疲弊し、すぐに動けなくなってしまう上に魔術を用いる能力には個人差が大きくあった。
そこで魔術師は自らを戦場を一変させる兵器としてではなく、魔法の道具を作り出す職人として戦争へ関わる事で自陣営を勝利へと導いた。
画一された兵器として安定した性能を発揮する事が出来るように魔道具──魔術程使い手を選ばない単一の魔術を発動出来るそれらの道具──の内、かつて魔術師達が移動手段として用いていた空飛ぶ箒と銃を融合。
銃床の木製パーツには魔術的加工が施され、飛行能力を付与されたそれは独特の形状から魔法の箒と呼ばれ戦場で大いに活躍した。
そんな魔法の箒の発明から300有余年。
箒はあらゆる戦場を飛び続けた。
戦争の度に大きな技術の発展があったが、基本的な機能は変わらずに生産性やその殺傷能力を高め続けた。
剣の代わりに銃を携え、冒険者は都市で端金を得る傭兵へと時代は変わる。
他者から奪う為、誰かを守る為、その銃口は視線の先へと常に向いている。
◆◆◆
巨大な塔を中心に放射状に広がったビル群を指して〈ストーンヘンジ〉と呼ばれるこの街で、銃撃戦など日常茶飯事だ。
毎日何処かで粗製の魔法の箒で気を大きくしたならず者が、リスクとリターンの見合わない大仕事に臨んでいる。
「ぐぅっ……があっ!」
「先輩!」
「どうしたマッポ共!弾切れかよ!?もっと遊ぼうぜ!」
まるでボール遊びでもするかのように警官を弄ぶドラッグでハイになった半裸の男。
パトカーに向かって蹴り飛ばされて蹲るベテランを、駆け寄った後輩警官が抱き起こす。
起こされる際に苦しげに呻くのは肋骨が折れているようで、呼吸のたびに苦痛に歪み汗を滲ませる姿に余裕は欠片も残っていない。
対してヤク中の男は小躍りしながら精神と物理、両方の身の軽さを楽しんでいる。
「ハハハッ!最高だ……スッゲェ、キマッてる」
「あいつっ……!」
「待て……早まるな、逃げて、そして隠れるんだ」
「俺達は警官ですよ!?応援も望めないなら……!それに相手はヤク中1人だ!」
「ヤク中はヤク中でも、魔術を使うヤク中だ!」
仲間をやられた事に対して不甲斐無さと共に、強い怒りを覚えた若い警官の逸る肩をベテランが苦痛に顔を歪ませながら必死に掴んで留める。
「どんなモノを使ってるのかは分からんが、アレはドラッグブーストによって強化されて魔術すら使える……俺達では歯が立たん、悔しいがな……」
サブマシンガンサイズの箒では飛行を行うほどの魔術は行使出来ない。
ましてそれが闇で安く出回っている品なら尚更だ。
使えるのはせいぜい身のこなしが少し軽くなる程度の力。
しかし、それでも尚2人が対峙している男は危険と言える。
それはハイになっているのとは別のドラッグ──肉体への多大な負荷と引き換えに一時的な身体能力の向上を齎すソレを、苦痛を感じなくなるドラッグと共にミックスして服用しているからだ。
そのせいで男の目は充血し、膨れ上がった筋肉には異様に血管が蠢く。
口の端からは泡を吹き、正気は顔から失せつつあった。
さらに恐ろしい事に、技術の発展に伴いある程度ハードルは下がってはいるものの、このヤク中は魔術を使うのだ。
この場に転がる火を吹くパトカー、これはヤク中の放った魔術によって吹き飛ばされた物であり、その脅威を強く示す。
「しかしこのままでは市民に被害が……!」
「分かっている。少し待て、もう少しで──」
「──ひょっとしてアタシの事待ってたカンジ?」
ベテラン警官の声を遮るように女の声が頭上から降りてくる。
いつの間にか弾痕だらけのパトカーのボンネットの上で仁王立ちするのは赤い髪の女──むしろ少女と呼べるような幼さすら顔に残るその人は、見た目においてこの場とそぐわない点が多々あった。
身に纏うものは黒い修道服。
しかし教会で祈りを捧げるような貞淑さは微塵も感じられない改造が施されており、動き易いように脚は大きく露出しているしタクティカルハーネスとソレに吊るされた装備品が威圧的な雰囲気を出している。
そして何より──彼女には天頂を貫かんばかりの角が生えていた。
「あぁ?!シスターサマが何の用だぁ!?」
「そりゃ金を頂く──いや、神に変わってテメェを裁いてやろうって思ってなぁ」
「はっ!コスプレ女はカメラ野郎にでも腰振ってな!」
狂気を宿した表情で、唾液を撒き散らしながら乱雑に突き出した腕の先から銃火が迸る。
精度なんて気にしないデタラメな射撃とはいえ人を殺すのには充分な破壊力を孕んでいる。
ばら撒かれた弾丸はパトカーのボンネットに追加の風穴を開け……一滴の血も流れなかった。
「!?どこだ!?」
「上だよ間抜け!」
声に反応し男が顔を上げれば眼前には赤い髪と頭巾を靡かせた女……そしてその靴底。
「ごっ……!?はっ」
銃は抜いていない。
サイバネティクスによって強化された身体能力での跳躍、そして蹴撃。
不意の一撃、しかもまともに入ったというのに男は未だ意識を手放す事はない。
彼もまた強化された肉体を持ち、ドラッグブーストはそれを無秩序にしているという事だ。
その危険性を理解しているからこそ、あえて彼女は接近戦を仕掛けた。
射線を制限させ近距離から確実に一撃を叩き込む。
その為の前段階として蹴りが、拳が薬漬けの肉体へ叩き込まれ、しかし男が繰り出す反撃の銃撃はボクシングでもしているかのようなスウェーで当たらない。
「しょぼい銃とヤクでイキってる三下がぁ!」
「ぐっ……お、ぅォオアアッ!」
「っ!」
内臓の圧される感覚に顔を青くしていた男の震えて焦点の定まらなかった目が、叫びと共に急に定まった。
そこに宿っているのは知性と言えるが理性ではない。
まるで肉体の操作が機械に切り替わったかのような変貌──
──そして殴り合う2人の中空に灯る火球。爆発。
グレネードではない、その場所には何も無かった。
科学ではなく魔術による発火、それこそが今起きた現象だ。
人ひとりどころではない規模を巻き込む爆発、そして炎の奔流に巻き込まれれば車程度は派手に吹き飛ぶだろう。
そんな爆発の真っ只中に居れば無論タダでは済まない。
錯乱し制御を誤った術者は肌を焼かれ、見開いた目をギョロギャロと回して焼死体となっている筈の女の姿を探し……頭上、再び飛び上がった彼女を今度は視界の中央に捉え銃口を突き上げる。
見失ったのは炎が現れて消えるその瞬間。
しかしその僅かな時間があれば──
「──喰らいな」
──銃を抜くには事足りる。
腰のホルスターから滑るように引き抜かれたリボルバー──中折れ式、装弾数6発、マグナム弾対応の大型拳銃──は、そのグリップを掴まれた時点で使用者から魔術的に繋がる回路に魔力が通り機構が淡く発光、そして箒としての機能を発動し、とうに落下が始まっているような経過時間でも使用者を滞空させている。
竜が舞うように、赤髪の彼女も空中で身を捩り両手で下方へ構えたリボルバー。
その銃口と視線が交差し早撃ちの様相を呈したのも一瞬の事。先に響いたのは重く鋭い銃声。
「──っっ!!」
このリボルバーの内部にて、雷管を叩かれて炸裂した火薬のその燃焼は使用者の魔力によって増幅される。
延長され重くなり、取り回しの悪くなった銃身は爆発的な空気の燃焼の勢いを残さず弾頭へと伝える。
竜の息吹かと見紛うほどの発射炎とともに飛び出した弾頭は空気を押し除け音速を超え、絶大な破壊力を持って地面へ突き刺さった──
──進行ルート上にあった男の腕を銃ごと打ち砕いて。
「ぐっ、がっアァ!!」
「大人しく寝てろっ!」
銃弾の次に降ってきたのは射手本人。
先程の焼き増しのように蹴りを浴びせたあと流れるように拳を顎に叩き込み脳を揺らす。
これには堪らず男も意識を手放し、その肉体は重力に引かれるまま右腕から血を垂れ流しながらベタリと倒れ込む。
「相変わらずお見事だな……サラ」
「ん、あんがとさん」
赤髪の女……サラの背後から拍手と共に声が掛かる。
手を叩くのはパトカーの裏で応急処置を受けるベテラン警官。
「あんた怪我は大丈夫かよ?」
「応急処置は完了した。あっちのパトカーの2人はダメだったが……」
「そっか……そっちのキミは?」
サラの声に顔を上げたのは若い警察官。
ベテランの方の処置を終え、事態の終了を報告し終えた彼の額には汗が浮かび、緊張が顔に張り付いてぎこちない。
「え、ええ大丈夫です……あの、もっと早く発砲していれば解決も早かったんじゃ……?」
「おい、助けて貰っておいて──」
「あぁいや、実はここの前に撃ちまくっちゃってさぁ……リロードしてなかったから1発しか入ってなくて」
サラがヘラヘラと笑いながら手に持ったリボルバーの排莢を行う。
カラコロと小気味の良い音と共にアスファルトへ落下した空薬莢は6つ。
サラの緩んだ表情に、2人はむしろ正反対の信じられないモノを見るような顔で見ていた。
「当てれるか分かんないからさぁ、確実に当たる!ってタイミ──」
「ちょっとぉーっ!サラさーん!!」
銃撃戦のすぐ後に気の抜けた笑い方をするサラも場違いではあるが、より場違いな浮ついた印象の声が響く。
声の主は長い金髪を靡かせ清潔な白い衣服を纏った女性。
血も流れ、清潔さとは無縁の路地には光を反射するようなその姿はそれだけで浮くのだが、何よりその間延びした話し方とまるで友達と待ち合わせでもしているかのような気軽さが異様と言えた。
「まだ着いてきてたのかよ……」
「当たり前ですっ!置いてかないでくださいよぉ……」
「テメェが勝手に着いてきてるだけだろうが!」
「シスターなんですよね!?迷える子羊を救おうという気概は!?」
「すぐに頼るな!自助努力しろ!」
「お慈悲を!せめて路銀を恵んで!」
ギャアギャアと姦しい様子はまるで少女のようなやり取りが、路地裏に響く──
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