表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃だって斬撃くらい放てるんですよ?〜老兵紳士の異能戦記〜  作者: はぢゃ
第一部:ラヴァーエン編
8/29

ep:8 保護者

「うお…なんというか…すげぇな…」


「おやおやまぁまぁ…エラニアさん、これはどうされたのです?」


「いやなに、ちょいと母性が働き過ぎちゃったのさ。」


それはもう黒い花と見間違う程に、その少女は美しかった。小さな装飾が施された黒いブルーミングスカートに、フリルのついた可愛らしいワイシャツ。そこに合わせた黒と紺のブレザージャケットが少女の綺麗な長い黒髪によく似合う。大人三人に囲まれる少女は、慣れない格好にぎこちない様子を見せていた。


「まぁこの子、身体中洗ってやったらもうびっくり!サラサラで綺麗な長い黒髪にこのくりっとしたお目目、アタシはほんとに天使が舞い降りたんかと思ったねぇ。」


エラニアは満面の笑みで語り、まだ固まっている少女の両肩に手を置く。


「それでさ、勝手なのは悪いけど服屋に連れ込んだら…ふふっ、大当たり。」


「それはそれは…何から何までありがとうございます。今服代を…」


すると今度は少女の両肩に回していた手を、服代を取りに行こうとしたヴェネットの両肩に置いた。


「…いいかいマスター、今あんたは1人のか弱いレディの命を預かっているんだ。悍ましい程の苦難に苛まれることは覚悟してるね?」


エラニアの珍しく真剣な眼差しには、彼女の親としての気迫が込められていた。だがヴェネットは屈することなく真摯に向き合う。責任が渦巻くその光景を、カルトスは黙って見ることしか出来なかった。


「…はい、例えこの朽ちた身に代えても、この子を育て上げると誓いましょう。」


初老の男の、真っ直ぐでそ重い誓いが、今此処に結ばれた。その様子に、エラニアも安堵の笑みを浮かべる。


「…まぁ、マスターなら安心だね。その服は支援としてその子にあげようじゃないか…あっ。」


「おや?どうされました?」


「ねぇマスター、この子の名前は?」


エラニアが抱いた違和感の正体はこれであった。ヴェネットは代名詞で呼ばれ続ける少女から、まだ名前を聞いていないのであった。


「あぁ、そういや俺も聞いてなかったな。マスターもか?」


「え…えぇ。私としたことが、名前を聞くのを忘れていましたね。」


そしてヴェネットは膝を付き、少女に目線を合わせて問いかける。安心感のある笑顔を浮かべた彼に、少女のぎこちなく固まっていた背筋が緩む。


「こんにちはお嬢さん。私の名はヴェネット・ダイナー。お嬢さんの名前をお聞かせ願えますか?」


しかし、返ってきたのは返ってくるべきではない返答だった。


「なま…え……ない…」


少女は名前という単語に首を傾げた。そう、少女は名前すら与えられていなかったのだ。戦闘時に呼ばれていたように、「忌子」や「教祖」、「生贄」等、狂った法事のパーツの名でしか呼ばれたことがないのだろう。


「あいつら…やっぱりこの子を人としてすら見ちゃいなかったのかよ…!」


流石にこの不憫な仕打ちにはカルトスも肩を震わせた。まだまだ未熟ながらも太い正義感を持つ彼には、ヴェネットもエラニアも一目置いている節がある。


「抑えて下さいカルトスさん、メリィが怖がってしまいますよ。」


「あぁ、すまん…ん?メリィ?」


ふとヴェネットが口にした名前を咄嗟に聞き返す。エラニアも興味深そうな表情を見せた。


「祝う…という意を込めてメリィ。私はそう呼ぼうと思います。」


「おやおや…たまにはマスターも粋なネーミングするじゃないか。アタシは良いと思うよ。」


「おう!俺もそれに同意だ!」


「ふふ…決まりですね。」


そう微笑むとヴェネットは少女…もといメリィを抱え上げる。


「貴女の名前はメリィ。メリィ・ダイナーです。」


その日、王国ラヴァーエンの小さなバー「Baphomet」に、祝福の意を受けた少女が生まれた。


一方その頃、王国ラヴァーエンの中央に位置する煉瓦造りの丈夫そうな王城の中で、現在の国王を務めるアトラス・ラヴァーエンと、1人の男が対談していた。


「うむ…応急処置は施したが、国民の不安は募るばかりでな…。」


「そうですかそうですか!では、このルーロが国民を照らす光となりましょう!」


この異常な声量と活気を振りまく男、ルーロ・ヨナハレイは、この時を待っていたと言わんばかりに高々に宣言した。だが、その光景をアトラスは白い目で眺めることしか出来ないようで、それはたった今茶を淹れてきたであろうアトラスの娘、次期王女となるシャニータ・ラヴァーエンも同様のことだった。


「ル…ルーロ公爵…正気なのですか…?」


「勿論ですとも!この私が名を出せば、国民達の不安の涙が歓喜の涙へと変わることでしょう!アーッハッハッハッハァ!そうですよねシャニータ様!そうでしょうお父上!」


無駄に輝く瞳と根拠の無い自信を向けられたアトラスとシャニータは、両者共々眉間を抑えざるを得なかった。すると、どう解釈したのかは分からないが、ルーロが満面の笑みで部屋を飛び出してしまった。


「全く、あのバカ公爵は…」


廊下中にあの盛大な高笑いが響き渡ると同時に、国王と次期王女は互いによく似た呆れ顔を晒した。


[column]

《王城》

王国ラヴァーエンの中央部に位置する、真っ白な煉瓦造りの城。内部に幾つか作られたホールは、政治的会議や舞踏会の会場として使われる。ラヴァーエン家が代々受け継いできた1つの財産でもある。

《シャニータ・ラヴァーエン》

現国王を務めるアトラス・ラヴァーエンの1人娘。20歳という若さでこの王国ラヴァーエンの大部分を取り仕切る。幼い頃に母を亡くした影響か、アトラス以上のしっかり者へと育った。その人柄も相まって、国民からの支持率はとても高い。

《ルーロ・ヨナハレイ》

国内屈指の貴族であるヨナハレイ家の当主となった、20歳の男性。つい最近になってから世代が交代され、一瞬にして莫大な富を得た。異常な程のナルシズムを発揮しており、自分の次にシャニータのことを愛している。度重なる求婚にはアトラスもシャニータ本人も頭を抱えている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ