ep6:安息
「魔獣弾…」
日が沈みかけた頃、カルトスはマスターの手の中で蠢く銃弾を凝視していた。そんな2人の後ろでは、小汚い少女がソファで寝かされている。
「はい。質量自体は変えられませんが、私が触れている弾丸と私が放った弾丸の形状を自由自在に変えられる能力です。」
「へぇ〜…でもよマスター、そんなちっぽけな鉄の塊の形を変えて何になるんだ?」
そう問いかけられたヴェネットは、懐から一丁の逞しいリボルバーを取り出す。先程スラム街でチンピラと謎の集団との戦闘時に用いていた物だ。
「ただの銃弾ではありませんよ?ほら。」
「おぉ…って重っ!?どうなってんだこの銃弾!?」
ヴェネットはリボルバーから銃弾を1つ抜き取り、カルトスに渡した。すると銃弾を受け取ったヴェネットの手に、1発の銃弾とは思えない程のずっしりとした感覚が乗った。
「そしてこちら。」
「あぁ…こっちはまぁ普通だな…」
もう片方の手にヴェネットは先程まで蠢かせていた銃弾を乗せる。重さは普通の銃弾と変わらないようだ。
「私が主に戦闘に使用する銃弾は、普通の小銃弾の約100倍の質量が圧縮されている特注品です。重さは750グラム、形状を変化させれば簡素なレイピアぐらいは作れるでしょう。」
「じ…じゃあそれを撃ち出すそのゴツいリボルバーは?」
「あぁ、こちらも改造に改造を重ねた特注品です。火薬を多く使うこの銃弾でも、放った時の火花、煙、銃声を抑えることができます。飛距離はたった100メートル程度、反動も大きいですが、凄まじい威力を発揮しますよ。」
「へぇ…これがこの銃弾を撃つ専用の…って重ぉぉっ!?」
今度はリボルバーを受け取ったが、カルトスが両手でやっと構えられる程の重量だった。
「全弾装填時には軽く5キログラムを超えます。」
「え?それを戦闘に?マジかよ…。」
カルトスはマスターの細々とした腕を見つめながらリボルバーと銃弾を返す。その見た目からはあんなリボルバーを支えられるような筋肉が付いているとは思えない。
「戦闘としては、ワイヤー状の銃弾をフックショットの容量で使ったり、銃弾に笛状の穴を開け、形状を光が屈折、反射する光沢と薄さにして閃光弾にしたり等様々です。」
「異能もすげぇけどマスターもマスターだな…」
すると今度はヴェネットがカルトスに問いかける。
「さて、カルトスさん。」
「ん?ああ、今回の件だな?」
「ええ。あの後彼らはどうなったのですか?」
「あの集団はそのままギルドベースに連行したよ。取り調べの内容としては、あの集団はヤノウ教っていう王国内にある小さな宗教団体だ。なんでも、逃げ出した教祖を探してスラム街に来ただとか。それで手当たり次第にスラム街の子供を攫っていたってことらしい。」
「ということは…あちらのお嬢様が教祖…ということですかね。」
少女はまだ起きていない。カルトスも心配しているように見える。
「だろうな。ヤノウ教はかなりのカルト教団って聞いたし、そりゃ逃げ出してもおかしくないよな。あと…」
続けて話すカルトスの口が不意に止まった。
「あと…何です?」
「あと…あの集団と一緒に運んだ黒い人型の塊…あれは教団の司祭らしい。もう死んでたけどな…死因も不明だってよ。」
「…そうでしたか。」
「あれ、マスターがやったのか?」
「いいえ。あのお嬢様が司祭であろう男に手をかざしたら、その男の身体がみるみる黒く染まっていきました。」
「そうか…あの女の子が…でも魔法が使えないのにどうやって?」
「恐らくは呪いでしょう。カルト教団の教祖ということもあって、あんなことができるのは呪いくらいしか知りません。私も何度か目にしたことがあります。」
「呪いか…俺はそんな力があるって噂ぐらいしか聞いたことなかったが、ヤノウ教は一体何をしようとしてたんかね。」
そう言い終えたカルトスは手をつけていなかったコーヒーを口に運ぶ。すると、マスターが顎に手を当てて呟いた。
「彼女の力…もしかしたら役に立つかもしれません。」
「ん?どういうことだ?マスター。」
「…今日私がスラム街を訪れたのは、国王陛下から直々に頼まれたからなのです。」
カルトスは国王陛下というワードを聞いた自分の耳を疑った。
「え?マスターが?アトラス王から?」
「はい。アトラス・ラヴァーエン、彼は私の旧友…といった所でしょうか。」
「おいおい…マスターって一体何者なんだよ…」
「ただの老いぼれですよ。」
ヴェネットは落ち着いた様子でカップにコーヒーを注ぎ、またカルトスに差し出す。
「んで、アトラス王はマスターにどんな頼み事を?わざわざ頼むってことはマスターの実力も知ってたってことだよな?」
「おや、カルトスさんにしては鋭いですね。実は、今回のマジック・ショックの解決を頼まれまして…」
その後、ヴェネットはカルトスに、アトラス王から頼まれたことを一通り話した。普通ならカルトスは信じられない様子で聞くだろうが、この時は異能の件もあっていつもより冷静だった。
「…という理由でお嬢様の力が活用できるのではと。」
「なるほど…確かに魔法が使えない今、呪いの力は有効だろうな。」
そう話している2人が少女の方に目をやると、そこには不思議そうな表情で2人を見つめる少女の姿があった。
[column]
《魔獣弾》
ヴェネットの持つ異能。自身が触れている銃弾と自身が放った銃弾の形状を自由に変えられる。
《ヤノウ教》
王国ラヴァーエン内にある小さな宗教。今回捕まった教徒は13人で、1人が死亡、12人が収監されている。小さな子供や呪いを使ってカルト的な行為を繰り返してきた。目的は謎である。