ep5:マスター
「あ〜…マスター?こいつは一体どういう状況だ?」
そう問いかけるカルトスの目には女の子を抱き抱えるヴェネットと十数人の倒れた人間、そして真っ黒な人型の何かが映っていた。
「えー…少々長くなりますが…」
ヴェネットは事の顛末を説明していくが、カルトスは信じられない様子だ。
「ボ…ボケた訳じゃねぇよな…?」
「まだそんな歳ではありませんよ。それより、カルトスさんとそちらの方々は何故こんな所に?」
カルトスの背後では何人かの武装した男達が困惑した表情で現場を眺めている。
「あぁ、俺達は仕事でここに来てんだ。何でも、この区域で怪しい集団が人攫いをしているらしい。そんでマスター、あんたが返り討ちにしたソイツらだけどさ…人攫いしてる集団の情報とピッタリ一致してるんだよな。」
「おや…それはそれは…」
「それはそれはって…まぁいい。ソイツらとその真っ黒な人…?の身柄は俺達が引き取る。その子は早く親の所に返しに行かないと…」
「カルトスさん…この子に親は…」
「…まぁスラム街だしな、そういう子供は大勢いるさ。さて、どうしようかね…」
頭を抱えるカルトスに、ヴェネットは迷いなく提案する。
「では、私がこの子を引き取りましょう。」
「え?マスターが?マジで?」
「はい。それとも何か?」
「いや…その方が助かるけどよ…マスターは大丈夫なのか?」
カルトスはヴェネットの思いもよらぬ発言に目を丸くするが、一応彼の身を案じる。
「ええ。この子を1人にしてはおけません。」
「はぁ…マスターのお人好しにはつくづく感心するな…そんじゃあ頼んだぜマスター。俺もこの事をギルドベースに報告したらすぐにマスターの店行くからよ。」
カルトスは安心した様子で作業に取り掛かりに行く。
「ええ。よろしくお願いしますね。」
そうしてヴェネットは眠る少女と共にスラム街を後にした。
13時を回った頃、ヴェネットは自身が営むバーに帰ってきた。
「さて、とりあえず安静にさせないといけませんね。」
ヴェネットは眠っている少女をゆっくりとソファに移し、カウンターから氷水の入った桶とタオルを持ってくる。
「ふむ…やはり衰弱している…あのままスラム街に居たら危険でしたね。」
少女の額に冷たいタオルを乗せて毛布を被せてやると、ヴェネットは買い物かごを手に取った。
「子供でも食べやすく…しっかりと栄養を摂るには…」
そしてヴェネットはそのまま店を出た。
しばらくして、ヴェネットが店に戻ってきた。買い物かごには市場で買ってきたであろう食材が詰まっている。
「これを…よし…」
すると早速ヴェネットはカウンターで食材を調理し始めた。食欲をそそる香りが鍋から漂い始めた頃、店の扉が開く。
「よっ、マスター。あの子は大丈夫かい?」
「おや、カルトスさん。あの子ならそこで寝かせています。かなり衰弱していたようで、今食事を作っている所です。」
ソファて眠っている少女を横目に、カルトスはいつも座っているカウンター席に腰掛ける。
「そうか。やっぱマスターに任せといて良かったな。」
「恐縮です。」
ヴェネットがカルトスに一杯のコーヒーを出す。だがカルトスはそれを飲まずにヴェネットに問いかける。
「なぁマスター…あの集団、本当にマスターがやったのか?」
「…はい。私が少々天誅を。」
「でも…魔法は使えないのにどうやって…」
「では、カルトスさんにはお教えしましょう。」
カルトスは固唾を飲んで聞き入る。
「私は…ストレイなのです。それも、異能持ちの。」
「え…マスターが…ストレイ?いやいや、マスターに限ってそんな訳…」
「では、私が魔法を使っている所を一度でも見た事がありますか?」
「それは…」
カルトスは言葉に詰まった。今まで世話になってきたヴェネットがストレイだと言われ、戸惑いを隠せずにいる。
「申し訳ありません。素性を隠してバーを営んでいましたが、やはり不愉快な思いを…」
「いや。」
カルトスがヴェネットの言葉を遮った。
「マスターがストレイだろうと、俺には知ったこっちゃ無いね。魔法が消えちまった今、俺はこのバーで一杯やることが生き甲斐なんだ。それに、マスターが悪い奴じゃない、むしろバカが付く程に人が良いことぐらい分かってるさ。」
「…ふふっ、どうやらいらぬ心配だったようですね。」
心なしかヴェネットの表情が明るくなったように見える。
「それより、マスターが異能なんてもん持ってたなんて初めて知ったぜ。どういう能力なんだ?」
「あぁ、それはですね…」
するとヴェネットは懐から一つの銃弾を取り出す。
「魔獣弾。銃弾の形を自由自在に変えることができる能力です。」
そう言ったヴェネットの持つ銃弾はまるで生き物のように蠢いていた。
[column]
《市場》
食料品から雑貨、武器など、様々な物が売られている屋台が並ぶエリア。
《異能》
所持者のみが使用できる何かしらの特異な能力のこと。王国ラヴァーエンにもごく稀に異能を所持している者がいる。生まれつき所持している者もいれば、何らかの過程で異能を手にした者もいる。