ep4:忌子
「いやはや…物騒にも程がありますね…」
一悶着を終えたヴェネットはベンチで一息ついていた。ただでさえ危険なスラム街で銃口を向けられるとはとんだ不運である。
「ふむ、ですがこうしてはいられませんね。早急に協力者を探し…おや?」
重い腰を上げたヴェネットの視線の先に、もぞもぞと蠢く何かがあった。
「野良猫ですかね…いや、あれは…!」
暗い路地のゴミ箱の側で蠢く薄汚れた何か、よく目を凝らして見てみると、そこには少女が震える手を抑えながらうずくまっている。
その顔には何かに怯えているような、今にも泣き出してしまいそうな表情が浮かんでいた。
「…ここはスラム街、この光景も普通のこと…早く目的を果たさなくては。」
そう言ってヴェネットは立ち去ろうとするが、明らかに足どりが重くなっている。その時、少女がか細い声を漏らす。
「ぅ……あ…」
「………はぁ、私のこの性格にはつくづく手を焼きますね。」
薄暗い路地で震える少女の前に、小綺麗な背の高い男の影が立つ。
「こんにちはお嬢さん、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「う…ぁえ…」
ヴェネットは優しく話しかけるが、少女は虚な眼差しで震えている。そこでヴェネットは質問を変えた。
「ふむ…お父さんやお母さんはどちらに?」
「……ぅっ…えぐっ…ぅあぁぁ…」
すると、少女は泣きだしてしまった。体力が残っていないのか、小さな声で力なく涙を流している。
「こ…これは失礼致しました…ですが、ずっとここに居ては力尽きてしまいますよ。ほら、私に掴まって下さい。」
「…ぅ…んん…」
ヴェネットはもう動く気力も無い少女をゆっくりと抱え上げる。少女も心なしか少し落ち着いたように見えた。
「やれやれ、アトラスには悪いですが、任務は一時お預けですね。」
そう言って少女を抱き抱えながらスラム街を後にしようとしたその時、異様な雰囲気を醸し出す集団が2人の行手を阻んだ。
「…すみません、急用がありますので、ここを通して頂けませんか?」
「なら、その小娘を渡してもらおう。」
「……!?」
集団のリーダーと思われる男の声を聞いた少女はまたひどく怯えだした。その様子を見たヴェネットが口を開く。
「このお嬢さんの保護者…では無さそうですね。ではお断りします。」
「貴様…ふざけているのか?老いぼれの目にはこの人数が見えていないようだな。」
ヴェネットを囲む集団はよく見ると短剣を構えている。平和的な解決は望めなさそうだ。
「…スラム街の方々とは違いますね。あなた方、一体何者ですか?」
「知った所で無駄だろう。何せ、今ここで貴様を始末するからな!」
男が手を振り上げると共に、ヴェネットを囲む集団が一斉に飛びかかった。少女は恐怖のあまり頭を抱え込む。
「やれやれ…魔法が消えるとここまで治安が悪化するのですね。1人の女性に手を差し伸べることさえも許されないとは。」
ヴェネットは少女の頭を優しく撫でると、先程のリボルバーを上に向け引き金を引く。すると、放たれた銃弾からスタングレネードのような甲高い轟音と強烈な光が放たれた。
「ぐおぉっ!?な…何が起きた!?」
「目が…見えんぞ…」
「くっ…小癪な真似…ぐぁっ!?」
飛びかかろうとした集団は不意を突かれて視力と聴力を奪われた。そしてヴェネットはその隙を見逃す筈も無く、淡々と敵を片付けていく。
「ただの老いぼれが1人でスラム街にいる訳無いでしょう?それに、私だって男です。女性を守るのは当然の事。」
慣れた手つきで体術を振るうヴェネット、だがその背後からリーダー格の男が近づく。
「貴様…図に乗るな!」
「おや、復活が早いですね。」
男が薙刀を振り下ろすと同時に、ヴェネットもリボルバーを男に向けたその時、震えていた少女が男に手をかざす。
「…きえて。」
「は…?や…やめろ!その力を使うんじゃな」
「うるさい。」
「ぐ…ぉ…ばぇ…」
少女が開いた手を閉じると、狼狽える男の体がみるみる内に黒く染まっていく。
「や…め………。」
男の全身が黒く染まると、そのまま動かなくなってしまった。
「おや…おやおや…これはこれは…」
これには普段冷静なヴェネットも動揺を隠せないようだ。
「…ん?お嬢さん?もしもし?」
ヴェネットはぐったりしている少女に気づき冷静を取り戻す。
「脈はありますね、とりあえず休ませなくては…」
だがその時、ぐったりした少女を抱き抱えるヴェネット数人の武装した人々が近寄る。すると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ん?マスター?なんでこんな所に居るんだよ。」
「あなたは…カルトスさん…?」
[column]
《スタングレネード》
主に戦闘の補助に使用される手榴弾。殺傷能力はゼロに等しいが、凄まじい閃光と甲高い轟音が放たれ、敵の視力と聴力を一時的に奪うことができる。