ep2:ラヴァーエン
朝の7時をどこかの家の鶏が告げる中、慌ただしい様子で広場に集まる市民の群れに紛れて、ヴェネットとカルトスも広場へ向かう。ヴェネットが営む小さなバー、「Baphomet」の扉には、「close」と書かれた板が掛けられていた。
「カルトスさん、」
「あ?なんだ?」
これから広場で始まる王の告知を聞こうと急いで足を運ぶ中、ヴェネットがカルトスに問いかける。
「何故…私も走っているのですか?」
「はぁ?王が直々に告知するんだ、行って当たり前だろ。きっと魔法が消えちまったことだろうしな。」
「私はビールの在庫を買いに…」
「とやかく言ってないで走れ!どうせ酒屋のおっちゃんも広場だ!」
「やれやれ、若い方は本当に元気ですな…」
数分走った後、2人は広場の隅のベンチに腰掛けた。すると、広場の中心に置かれた台に4人の騎士と煌びやかな衣服を纏った貫禄のある男が台に登る。男の胸には国王であることを示すバッジが付けられていた。
「お、来たぞ来たぞ。」
「アトラス王が直々にお話なんて…やっぱり昨日の…」
「ええ…魔法が消えたことでしょうね。」
「え〜オホンっ…」
男が大きく咳払いをした瞬間、ざわめいていた広場が鎮まり帰る。
「皆の衆、よくぞ集まってくれた。我は王国ラヴァーエン6代目国王、アトラス・ラヴァーエンだ。今回集まって貰ったのは言うまでもなく、昨晩の魔法が消えてしまった出来事についてだ。」
アトラス王は凛々しい髭に覆われた口を動かす。
「昨晩の0時、突如我々の元から魔法が消えた。原因は今も調査中である。」
「お…おいおい…騎士団にも分からねぇのかよ…」
「難航しているようですね。」
「そして魔法が消えてしまったこの国は、大きく四つの課題を抱えることとなった。一つ目は商業の停止だ。魔導書や魔道具の販売店はもちろん、杖やポーションの売買も不可能となった。そこで急遽、ギルドベースにて日雇いの仕事を大量に用意した。辛い面もあるだろうが、魔法関係の職に就いていた者は当分はこれで食い繋いでくれ。」
「う…嘘でしょ…」
「家族が居るってのによぉ…」
「ギルドベース…急いで仕事探さねぇと!」
国王が用意した政策に、市民は動揺を隠しきれずにまたざわめき出す。
「さて、二つ目は子供達への教育についてだが、この件は臨時で各魔法学校が魔法史、体術、薬学を中心としたカリキュラムを行うことで手を打っている。ギルドベースで教師も募集しているので、興味のある者は確認しておくように。」
「えぇ〜魔法できねぇのかよ〜。」
「うわ…アタシ魔法史も薬学も苦手なんですけど…。」
「もういっそのこと休校に…。」
あまり関心を示さなかった子供達にも不穏な空気が漂い始めた。やはり子供達は魔法の授業を楽しみにしていたらしい。
「続いて三つ目はこの国の治安だ。皆知っての通り、この王国ラヴァーエンは巨大な結界に包まれていることで魔物や災害から守られていたが、その結界も魔法に伴って消えてしまった。このままではいつ魔物が攻めて来るか、災害がやってくるのか心配で仕方ない。一応騎士団の半数を建物の補強や国の護衛に回しておるが…いかんせん人手が足りん。ギルドベースにて高額で護衛等を募集しておるから、そこも確認しておくように。」
「え…魔物が…マジかよ…。」
「カルトスさんの攻撃用魔道具も使えないですからね。困りました。」
「さて…最後に四つ目。これは最も重要だ。」
皆が固唾を飲み、広場全体に重い空気が広がる中、国王が徐に口を開いた。
「我の娘が愛らし過ぎる件だが…」
その一文が国王の口から出た途端、集まっていた市民は皆呆れた表情を浮かべて広場から離れていった。その後国王は愛娘のことを丸々4時間誰もいない広場で語り明かしたという。
時計の針が正午を回った頃、ヴェネットは店の棚にビールの在庫を補充していた。カルトスは早速ギルドベースで受けた仕事に取り掛かっているらしい。すると、「close」の札が掛けられている扉が開いた。
「ヴェネットよ、おるか?」
「おや、これはこれは国王陛下。一体なんの御用でしょうか?」
そこにはなんと、先程まで告知(9割娘自慢)をしていた国王、アトラス・ラヴァーエンが立っていた。
「そう固くなるでない。昔は共に返り血を浴びた仲ではないか。」
「…はぁ。アトラスさん、店は夜7時からですよ。どうぞお引き取りを。」
ヴェネットは物騒な関係を引き出して笑うアトラスを外に押し出そうとするが、アトラスはすかさずに口を開く。
「ま…待て待て!冷やかしに来たのではない!頼み事があって来たのだ!」
「はいはい…手短にお願いしますよ…」
そう言ってヴェネットはアトラスに席を用意する。どうやら2人はかつての旧友だったらしい。そしてアトラスが真剣な表情で話す。
「お主ら…ストレイに協力して欲しいのだ。」
[column]
《アトラス・ラヴァーエン》
王国ラヴァーエン6代目国王を務める68歳の男性。数年前に妻が亡くなってしまったが、その分1人娘に愛情を注いでいる。ヴェネットとは若い頃から何かしらの関係があるようだ。
《ギルドベース》
王国ラヴァーエン内にある全てのギルドを管理する施設。クエストの受注、依頼はもちろん。冒険者としての登録や新規ギルドの立ち上げ、入会まで済ませることができる。今は臨時で市民に仕事を与える窓口になっている。
《魔法学校》
国内に複数ある魔法を中心に学ぶ学校。王国ラヴァーエンが魔法大国と呼ばれる通り、4〜15歳までの子供は魔法学校で高度な魔法等を身につけることが義務付けられている。