ep12:ギルドベース
「着きましたよ、メリィさん。」
「ここ?」
ヴェネットの店から王城前の広場を経由して10分。ヴェネットの前をつかつかと歩いていたメリィは、いつの間にかヴェネットにメリィが着いていく形となり、しばらく歩いた所に目的地と思われる建造物へと辿り着いた。いつもなら5分で着けていた点については、ヴェネットがさりげなくメリィに歩幅を合わせていたという、なんともヴェネットらしい理由が絡んでいる。
「はい。こちらが王国直属の騎士団の片方が運営していて冒険者や師団が日々集い頼み事や討伐依頼を受けに行く…」
「ん……ぼう…ん?」
「えー…要するにお仕事を選ぶ場所です。」
「ほぇ…」
メリィが小さな口を開けながら見上げているのは、王城の一部を切り取ってそのまま配置したような、国が作ったであろう厳かな建造物、ギルドベースである。
「普段はお強い方しか利用しませんが、今となっては非常事態です。マジック・ショックで職を失った市民に仕事を与える場になっています。」
「ひと…おおい…」
早速オープンな入り口から中に入ると、高い天井に五つの階層が連なる、大勢の人々で賑わった空間が2人を出迎えた。魔法に関わる職に就いていた人がこの1箇所に集うため、今この王国で最も賑わっている場所と言って間違い無いだろう。そんな場所に初めて足を運んだメリィは、無論オドオドしている。
「おや、人の多い所は苦手でしたか?」
ヴェネットがメリィの顔を伺いながらそう尋ねると、
「…ううん。」
この一言と、ヴェネットの足に少し身を寄せる仕草が返ってきた。
「…メリィさん、お手を。このような場所ではぐれたら大変ですからね。」
「ぅあ…」
そうして2人は手を繋ぎながらギルドベース内を周った。初めて見るものばかりのメリィはその黒くて綺麗な眼を輝かせ、メリィの表情を見るヴェネットは優しく眼を細める。その光景はさながら本物の祖父と孫娘のようである。
「さて、メリィさんはここで少し待っていて下さいね。飲み物は…紅茶でよろしいですか?」
「うん。」
この広いギルドベース内を一望できる最上階のカフェテリアにメリィを座らせ、ヴェネットがカウンターから紅茶を買って、メリィの前の小柄なテーブルに置き、その脇に小さなパウンドケーキの乗った皿を置いた。どうやらパウンドケーキは店員の粋なサービスらしい。
「…さて、仕事に取り掛かりますかね。」
ヴェネットはメリィを5階に残して1階に降りると、仕事の受付を、それも高難易度なものばかりを担当しているカウンターに足を運んだ。
「これですね…カルトスさんが言っていたのは。」
そう言って目を通しているのは、仕事の概要が書かれている掲示板の上に「討伐」と書かれた欄にある一枚の紙。ヴェネットはその紙を掲示板から外すと、迷わずカウンターへと持っていった。
「すみません…討伐の仕事を受注したいのですが…」
「あぁ…はいはい…って、え?アンタが?」
そう目を見開くのは、受付を担当する長髪の男だった。
「はい。間違いありません。」
「いや…でもさぁ…これ…」
男が渋るのも無理は無い。勿論腕っぷしに自信がある者しか受注しない討伐の仕事を、バーのマスターでもやっていそうなおじいちゃんが持ってきたのもあるが、驚くべきはその仕事内容だ。
「だ…だって…あの「ヤノウ教」だよ?ヤバい噂だってあるし、子供の拉致事件も絶えないカルト宗教の…」
「はい。間違いありません。」
「ヤノウ教」とは、先日ヴェネットがメリィを保護した時に襲ってきた集団だ。その時はヴェネットとメリィが返り討ちにしたものの、メリィのことを何故狙っていたのか、メリィの能力に何の関連があるのかは詳しく分かっていない。
「…いや、爺さん、本当にやめた方が良い。そりゃ報酬は高いが、その分難易度も高いんだ。1人で行くようじゃあ、ただただ死にに行くような…」
「これでもですか?」
仕事の書かれた紙を返却しようとする男に、ヴェネットが「何か」を見せた。するとたちまち男の顔色が変わり…
「え…!?アンタ…まさか…!?」
「…お願いできますね?」
「あ…ああ!ちょっと待っててくれ!」
あっさりと承諾された。そして男がヴェネットに返そうとしていた紙をカウンターの裏へ持って行き、作業中と見られる女性に渡した。
「ユウラちゃん!でっかい仕事が入った!あの爺さん俺初めて見たよ!」
ユウラと呼ばれた、ウェーブのかかった紫色の長髪に長い丸メガネをかけた女性は、作業を一度止めてその紙を受け取る。
「…ふーん、あの男が…ヤノウ教を…ね。」
「ん?ユウラちゃん、どうかしたの?それよりもそう!あの爺さん!なんと…」
「先輩、興奮し過ぎです。この討伐依頼は承りました。ガイドは私が担当します。」
興奮する男及び先輩を宥め、ユウラは紙を仕事用のボードに貼り付けた。
「え…あの爺さんはせっかくなら俺がガイドしようと…」
「私が!ガイドします。」
「うっ…わ…分かったよ………ったく、ユウラちゃんいつも眠そうなのに、今日はどうしちゃったんだ…?」
頑なにガイドを譲らなかったユウラは、渋々カウンターに戻る先輩の先で待つヴェネットを睨みつけ、
「あの男が…」
と、怪しげに呟いた。その手に「ヤノウ教」のシンボルを握りしめながら。
[column]
《パウンドケーキ》
フルーツを使った小柄なスポンジケーキ。卵、小麦粉、バター、砂糖をそれぞれ1ポンドずつ使うことがパウンドケーキという名前の由来らしい。紅茶によく合う。