ep1:マジック・ショック
どうも、はぢゃと申す者です。「銃だって斬撃くらい放てるんですよ?」は不定期で連載させていただきますので、何卒よろしくお願いします。
「お、おいマスター!大変だ!魔法が…魔法が…」
「魔法が…どうかなさいましたか?」
「「消えちまったんだよ!!!」」
時計の針が12時を指してからしばらくのこと、「Baphomet」と書かれた看板がかけてある小さなバーにて。数人の客が談笑している店内に、慌ただしい男が飛び入ってくる。
「…ふむ、そうですか。」
カウンターに立つ男は平然と言い放った。
「そうですか…って、なんでそんな平然としてんだよ!魔法が消えたんだぞ!?」
「はい。」
「魔法が!」
「はい。」
「ついさっき!」
「はい。」
「消えた!」
「そうなんですね。」
「はぁぁ…なんでこんなことに…」
冷静に流された慌ただしい男はカウンター席に突っ伏す。それと同時に、先程まで談笑していた数人の客が青ざめた顔で店を飛び出した。
「おや、お代がまだ…ふむ、今回はツケ払いですかね。」
マスターと呼ばれた男は魔法ではなく会計の心配をしている。
「あぁぁ…これからどうやって生きていけばいいんだよぉ…」
「まぁまぁ、これでも飲んで落ち着いて下さい。」
マスターが男に湯気の立ったハーブティーを差し出す。
「このハーブティーの代金も払えなくなるかもなぁ…」
男は涙目でハーブティーを啜る。
「代金は大丈夫ですよ。それよりも、先程魔法が消えたとおっしゃっておりましたが…」
「ああ…ほんの数分前に騎士団の奴等から通達があってよ…なんでも、12時を回った途端に魔法が使えなくなったらしいんだ…俺も嘘だと思って試しに軽い呪文を唱えたが…何回やってもダメだったんだよぉぉおお!」
男は遂に泣き出してしまった。
「おやおや…そんなにショックなのですか…」
「知ってるだろマスター!俺の職業!」
「確かカルトスさんは魔道具店を営んで…なるほど。」
「もう魔道具が作れねぇし使えねぇんだぁ…」
「それはお気の毒に…」
「他人事かよますたぁぁ…」
カルトスはそのまま消沈してしまった。
店の窓から外を見てみると、慌てている女性、カルトスと同じように消沈している男性、必死に呪文を唱えている老人が見えた。
「皆さんまるで世界が終わるかのようなご様子ですね。」
「終わりだよ…マジで…」
それもそのはず、この国では生活、職業、医療、保安、ほぼ全てのものに魔法が関わっているのだ。要の魔法が消えてしまうのはこの国の壊滅を意味する。
「マスター…」
「はい?」
「ビール持って来い!飲まねぇとやってらんねぇよ!」
「かしこまりました。あまり飲み過ぎないで下さいね。」
マスターが後ろの棚からビールを取り出すと、肩をガックリと落とした人がゾロゾロと店に入って来た。
「マスター…ビールくれ…」
「こっちはテキーラ…」
「ワ…ワインを頼む…」
生気の無い客達が次々と注文を出す。
「はい、ええ、かしこまりました。皆様少々お待ちを。」
マスターは凄まじいペースで入る注文をいとも容易くこなしていく。その手捌きはまるで優雅に踊っているように見えた。
「マスター…忙しそうだな…」
ビールを一気飲みしたカルトスが酒臭い一言を呟く。
「俺のこと雇わねえ?」
「人手は足りています。」
「ぅお…化け物かよぉ…」
マスターが返事をする頃には全ての注文がこなされていた。
「えぇいマスター!もう一本ビール!」
その日、小さなバー「Baphomet」の売り上げ最高額が更新された。
「………く…い…起き……さい…起きて下さい」
「ん…ぅあ?」
鎮まり帰ったバーの中、死んだように眠るカルトスをマスターが揺さぶる。時計の針は朝の5時を過ぎていた。
「もう閉店時間ですよ。それに、7時に騎士団の方々から何があるようですし…」
「うぉ…寝ちまってたか…騎士団の奴ら、何か有力な情報を掴んでいてくれれば良いがな…」
「ええ、彼らならすぐに解決してくれるでしょう。」
「よぅしマスター!モーニングセットを一つ!」
「当店にそんなメニューはありませんが…仕方ないですね。」
朝日が住宅の壁を照らし始める中、小さなバーのカウンターにトーストとベーコンエッグ、そして一杯のコーヒーが置かれた。
[column]
《ヴェネット・ダイナー》
この作品の主人公。王国ラヴァーエンの小さなバー「Baphomet」を営んでいる68歳の男性。
《カルトス・メルタビート》
王国ラヴァーエンで魔道具店を営んでいた20歳の男性。魔道具の制作と使用に必要不可欠な魔法がある日突然消えてしまい、路頭に迷っている。
《王国ラヴァーエン》
ほぼ全ての物が魔法で成り立っている魔法大国。国民は4〜15歳まで魔法学校で魔法を身につけることが義務付けられている。
《マジック・ショック》
ある日の0時を境に魔法が消えてしまった出来事の総称。