第五章 予兆(5)
それから十数日、ユングが城に帰った。兄二人とは違い、ローブも着ず、メダルも身につけていなかった。
玉座に呼ばれ子細を聞かれる。答えは兄と同じ。只、ポルペウスに残った理由だけは笑って答えない。その上、再度のポルペウス詣りを希望した。サミュエルは苦笑いを浮かべそれには答えなかった。
今までと同じように昼を過ごし、夜を過ごした。変わったことと言えばユングが武道場と馬場へ通う回数が増えただけだった。
ある日のことユングが玉座に座る父の前に立った。
「父上、以前話したことですが、今一度ポルペウス・・・」
皆まで聞かず父が応えた。
「ポルペウスも良かろうが、儂はお前をモアドスへ留学させようと思う。
中原の文化と学問を学び、ここに持ち帰る。女に現を抜かすより、その方がやり甲斐があろう。」
「解りました。父上がそう望むなら・・・」
「そうか解ってくれるか。」
「はい。」
そう返事をしたユングの目がキラッと光った。
「サルニオスとフルオスを呼べ。今からカルダスを伴って領内の巡察に出る。今回はお前達三人も同行を赦す。」
素直なユングの返事に気をよくし、上機嫌でサミュエルはそう告げた。
サミュエルを先頭に兄弟三人が続き、その後ろにカルダス。列を作って城の回廊を厩へと向かう。城の従者達はそれに一斉に頭を下げる。
人影が消え、厩へもう少しと言う所で、ユングの胸のメダルがきらりと光る。それにサミュエルは気付かない。
メダルに刻まれた邪神の目がカルダスを射る。
「ごめん・・・」
カルダスは三人を押しのけ、抜きはなった剣でサミュエルを突き刺した。
サミュエルの躰がその場に崩れ落ちる。
「狼藉者」
ユングがたったの一太刀でカルダスを切り伏せる。
薄れ行く意識の中でカルダスは悟る。あの部屋の中で四日目、救いの手をさしのべた神の啓示とはこれだった。
死に行くカルダスの頬に穏やかな微笑みが浮かんだ。
「静かに。」
騒ぎ立てようとするサルニオスとフルオスを制し、ユングが父を抱き起こす。
そのサミュエルの目に邪神のメダルが映る。
「ユング・・お前は・・・グッ」
最後の言葉を絞り出そうとしたサミュエルの胸をユングが手にした鎧通しが貫いた。
「父上最後の言葉を・・・解りました。そのように取りはからいます。」
物言わぬ父の口の代わりに、素知らぬ顔で最後の言葉を伝える。
立ち上がり兄二人を振り向いたユングの目は、ポルペウスの大広間で二人が恐怖したあの目だった。
「父の・・皇帝の最後の言葉を伝える。
皇帝の死は三年伏し、その間の政治は兄者二人で見る。
私は生前の父の意を受け、モアドス王国に留学。暫くこの地を去る。」
「衛兵を呼べ。
カルダスの死体を片づけ、父の遺体を父の部屋へ運ぶ。これ以降は父の部屋に入ってはならぬ。」
「お二人は、予定通り領内の巡察へ。
以上、お分かりになりましたかな。」 鈍色に光るユングの目に圧され、二人は震えながら頷いた。
衛兵を指示しサミュエルの遺体を皇帝の寝所へ運ぶ。そこにはキュアが待っていた。
「あの二人はポルペウスに送ります。後は、宜しくお任せする。」
ユングは二人の衛兵に目を遣った。
「お前達は、これよりポルペウスに行ってもらう。父の遺言により三年間は喪を伏す。その間はポルペウスで、女でも抱いておくがよい。」
二人の衛兵はユングの手紙を手に、その場を去った。
「さて、キュア。ここまでは計画通り、後はどうやって父の死を隠し、兄二人の失策を待つか。」
「お任せあれ・・・」
キュアがサミュエルの遺体に手をかざす。すると、生けるがごとくサミュエルの躰が動き出した。
「後は放って置いても兄者達は失策を犯す。
私はサミュエル殿の側用人として常にこの部屋にある。故に他国の見舞い等も、案じることなく通して宜しい。」
その日の内に、サミュエルは病を発し、寝所に着いたとの触れが城下に発せられた。
その中をサルニオスとフルオスは巡察に、ユングは
.モアドス王国への留学と称し城を出た。
見舞いの客が次々とログヌスを訪れる。それは、カルドキア帝国の弱体化を見聞する目的をも持っていた。
サミュエル皇帝を見舞った後は必ず時の政治を司るサルニオスとフルオスに謁見を申し出る。
こそこそと気弱に辺りを見回すサルニオス。尊大なだけで、何の計画も持たぬフルオス。この二人を見、殆どの見舞客はカルドキアの将来に見切りをつけ、国へ属州へと帰る。
武力と、恐怖による統治のたがが緩み始めていた。
属国に独立の動きが出る。属州に建国の動きが起きる。一部では民衆が一揆を起こす。
少しずつ、少しずつ、カルドキアの国威が低下して行く。戦乱の予兆が大陸を覆っていった。
第一部 完
この後は”ロンギオスの炎-Ⅱ 中原燃ゆ”に続きます。




