第五章 予兆(3)
潜り戸を潜ったユングが目にしたのは壁も床も、天井さえも真っ黒な部屋。その中に野太い蝋燭が一本、赤々と燃えている。
炎に誘われるまま床に座り、炎を見つめる。 炎の揺らめきだけが脳を支配する。
炎の向こうの壁がぐにゃりと歪む。
天井も床も・・・。
無機質であるものが脈動するように有機的な動きを見せる。
母の胎内を思わせる柔らかさがユングを包み込む。
しかし、それは氷の冷たさを伴い、躰の全ての感覚を奪って行く。
空腹を感じず、喉の渇きを覚えない。睡魔さえもが襲ってこない。
日に三度、黒いローブに身を包んだ女が、どこからともなく現れ、ローソクだけを取り替え、またどこかへ消えて行く。その時だけユングは現実に戻る。
時の感覚さえが失われ、躰が宙に浮く。その中でユングは、ルグゼブ神の復活を見、自分がそれに繋がる者であることを知る。
自分の祖先が・・ゴルディオスが見たものはこれであったのか・・・
ユングは確信を持つ、自身がルグゼブ神の一部であることを。
四日目、潜り戸が開き、朝の眩しい太陽がユングを包む。この日が彼にとって第二の誕生の日だった。
キュアがユングの手を取り、大伽藍に誘う。そこに待っていたセイロスが声を掛けた。
「おや、悟ったようですね。」
「ゴルディオス以上の悟りを開いたようだ。」
その声にキュアが応え、ユングを振り向く。 「今日が第二の洗礼。そして、真実のそなたが生まれ出るとき・・・宜しいかな・・」
ユングの着衣が剥ぎ取られ、素裸を晒す。
両手を天に突き上げる。
その上から血が降り注ぐ。
体中がどす黒い血に染まる。
興奮が躰を走る。
人のものとは思えぬ咆吼をあげる。
精を放つ。
精を放ってもまだ、その躰は衰えを知らず天を突く。
雄叫びをあげ続けるユングの躰を、キュアがローブで包み込む。
浴槽で身を清める。
体中に浴びた血が湯に拡がり、広い浴槽の湯が真っ赤に染まる。
濡れた体を銀色のローブに包み、饗応のテーブルに着く。
「もう暫くここにいられては如何かな。」
キュアが声を掛ける。
「そうしよう、まだ見聞きしたいものもある。」
その物腰、言い様までが以前とは変わった。
「カルダスは・・・」
「あの者にはあの者の役目がある。その為にもまだ・・・」
「神の胎内という訳か・・・」
ユングとキュアが目を見合わせ、ニヤリと相好を崩す。
「ところで、私の祖先は・・父も含めてだが・・皆この洗礼を・・・」
「いや、素養を持つものだけが選ばれて本当の第二の洗礼を受ける。
過去にはゴルディオスが受け、他にも二人程あの間に入った。が、気がふれて死んだ。」
相変わらず美女を侍らせたサルニオスとフルオスが饗応の間に招き入れられ、ユングの前に立つ。
あり得ない程の圧倒的な威厳と恐怖が、二人の膝を折らせた。
「よかろう。」
ユングのその一言で、二人は小刻みに震えながら部屋を去った。
「あの二人には、もう暫く毒を喰らわしておきましょう。」
「女と酒か・・・」
「彼らがここを去る時には、貴男とカルダスの身に起きたことは忘れて頂き、カルダス共々違う記憶を持って城へ帰って頂く。」
「そろそろ、そのカルダスが出てくる頃ではないかな。」
そう声を掛けながら部屋に入ってきたセイロスにキュアが応える。
「もう暫く・・神の思し召しはまだない。」




