第五章 予兆(2)
キュアはまるで、自分の体重というものがないかのように馬を揺らす。
その後をサミュエルの三人の息子。そして殿にカルダス。ゆっくりと馬を進めても三日の行程をポルペウスへと向かう。
サルニオスは物珍しげに辺りを見回し、フルオスは女だ、酒だと駄々をこねる。それもキュアの死人のような目に触れると、黙って目を逸らした。
その中でユングだけがじっとキュアの背を見つめ、その目は殺気を孕んでいた。
「ユング様、そのような目で私を見ても、私は斬れませぬぞ。」
その声にゾクッとユングは背筋を凍らせた。
「遠い昔、同じような目をして私を討とうとした者が居た。が、その者は私の目の前で死んだ。」
ログヌスを出て三日目の昼過ぎには、巨大なポルペウス神殿の姿が見えてくる。
一般の巡礼者とは違った道に、キュアが四人を誘う。
暗い洞窟の入り口が彼らを迎える。
松明に照らされた道を通り、地下神殿に行き着く。
正面に異形の神の像が鎮座し、彼らを見下ろす。
その台座には一つの大きな赤い扉とその両脇に三つずつの小さな黒い潜り戸があった。
「ユング殿、そしてカルダス殿。貴方がた二人はルグゼブ神の胎内で修行を・・・」
キュアはユングとカルダスに邪神の台座にある黒い潜り戸二つを指さした。
抗いきれぬ声に圧され、二人はそれぞれ二つの入り口を潜った。
「サルニオス殿、フルオス殿。貴方がたはこちらへ。」
キュアが先に立ち、二人は饗応の間へ誘われる。
ホッと胸をなで下ろしたサルニオスがキュアに尋ねる。
「二人はどれ位修行を・・・」
「ルグゼブ神の思し召すまま・・・」
「と言うと何日位・・・」
「飲まず食わず、三日と言うところですかな。」
抑揚のない、凍り付くようなキュアの声に二人は恐怖に震えた。
饗応の間に着く。
「私はこれで・・・」
身を震わすような冷たい声を残し、ふわりとキュアがその場を去る。
「化け物か、あいつ・・・」
キュアの姿が消えるとすぐに、フルオスが震える声を絞り出した。
「聞こえるぞ。」
サルニオスがこれも震える声で、フルオスを諫めた。
「見たかあいつの足、ローブに隠れてはいるが、宙に浮いているように見える。
兄貴、あんたはどう思う。」
「止めろって言っているだろうが・・・」
サルニオスの声はまだ震えていた。
そんな中、饗応の間の大きな扉が開き、盛大な料理と酒が運ばれてくる。それに続き半裸の女達が部屋に入り、官能的な音楽にのった卑猥なダンスを披露する。
それとは別に選りすぐられた美女が三人ずつ、これも半裸の躰をくねらせ、二人にまとわりつく。
一人はテーブルの下に潜り込み、両足のブーツを脱がせ、ぬるま湯で足を洗う。そして時には細い指先が股間を撫でる。
両脇の椅子に座った女は、二人の口に食べ物を運び、口移しで酒を飲ませた。
女と酒、そして、女の唾液に含まれる媚薬。二人の脳が麻痺し、神経が溶けていく。
「おや、先客がありましたか。」
二人の美女を侍らせた若者が部屋に入ってきた。
「キュアもこの部屋を使うなら使うと一声掛けてくれればいいものを・・・仕方がない・・・ご相伴させて頂いて宜しいかな。」
「結構だが・・・」
フルオスが尊大に応える。
「それでは失礼して・・・ああ、私は酒はけっこう・・・」
サルニオスが差し出した酒瓶をその若者は手で制した。
「確か・・サルニオス殿とフルオス殿。
キュアが何時かはログヌスより誘うと言っていた・・・して、弟御は・・・」
「弟は神殿で修行を・・・」
「そうですか、ユング殿は修行を・・・」
「どうして我等の名を・・・」
「ええ、私は貴男がたを生まれたときから存じ上げています。
貴男がたの洗礼の日にも、私は同席していましたから。」
「洗礼の日にも・・・」
「ごちそうになった。あなた方三人、目的は違えど、ここを楽しみ、ここで何かを得ますように・・・私がそう申していたとユング殿にもお伝えください。・・・それでは・・・」
好青年という印象だけを残して若者は去った。しかし・・・
「誰だあいつは・・・」
フルオスの問いに隣の美女が答える。
「セイロス様。この神殿を警護する騎士団の団長様・・・」
「それにしても我々の洗礼の日にも同席したとは・・・どう見ても歳は我々と変わらないのに・・・」




