第四章 月の谷にて(3)
【神紀後十二年。戦に破れたモアドス王国の版図が縮小し、勝利したロマーヌ王国の勢力が本格的にローヌ川の北に及ぶ。】
今日もカミュは史書に没頭していた。
【神紀後十三年。ロマーヌ王国の呼びかけにより、モアドス王国はロマーヌ王国と友好条約を結ぶ。
しかし、それに異を唱えるドロミス将軍はモタリブスを去り、中原の北西部、自身の領地で、グランツ王国建国を宣言。
この頃、北のロンバルギア平原の東南部に七つの都市国家が誕生する。
また、オービタス山地の北辺に居たログロス族が中原を目指し南下を始める。】
【神紀後十四年。ロマーヌ王国、ローヌ川の北、ロマーヌロンドへ遷都。
グランツ王国はその勢力を伸ばす為、モアドス王国領内に浸食し始める。
一方中原を目指したログロス族もモアドス王国内に進入。腹背に敵を受けたモアドス王国は、ルミアス王国へ救援の使者を送る。が、ルミアス王国は人間社会への不介入を理由にこれを断る。
進退に窮したモアドス王はロアンヌ一世へ救援を縋る。ロアンヌ一世はこの頃病を発していたが、これを快諾。腹心のロンダルヌス将軍をログロス族討伐に派遣。翌年に掛け、ログロス族をサルミット山脈の北に封じ込める。】
【神紀後十五年。ロアンヌ一世はグランツ王国牽制のためストランドス将軍をグラミオス王国の南に派遣。
これにロンダルヌス将軍と共に爵位を与え、それぞれロンダルニア侯国、ストランドス侯国と成し、ロマーヌ王国の属国とする。
サルミット山脈の北では、サルジニア王国、ザクセン王国が誕生。
この年、ロアンヌ一世死去。】
この後暫くは、サルミット山脈北側の国の勃興が続く。
夕食を終え、三々五々、イシューの屋敷に集まる。
「皆、お揃いかな・・・」
最後にドリストを伴ってダルタンが姿を現す。
「昨日の講義の中でカミュが質問した神紀のことだが・・・」
この会の座長とも言えるイシューがまず口を切る。
「プリンツ神国・・・あまり信用は出来ないな。」
「なぜ・・・神を奉って起きた国だぞ。」
ディアスの呟きにサムソンが噛みつく。
「まあ、まあ・・・議論の前にまず、この神紀について話しをしてもらおうか。」
「ローコッド頼む。」
そう言って、イシューがディアスとサムソンの間に割り込んだ。
「そうだなぁ・・・神・・・この神というのは全ての人々、全ての種族は平等だと説いた。その神託を受けたのがティルッピと言う賢者だと言われている。
彼が神の神託を受けたのが、今から約三百年程前だったと言われて居る。」
「当初は、ロンバルギア平原の一部の部族だけの信仰の対象だったそれが、年を経るごとにロンバルギア平原全体に拡がった。」
「神紀前三十年頃、時の神官フィムルスがランドアナ高原の北、ボスポラス山の麓にプリンツ神国を立ち上げる。
当初、この国は近隣の部族の子弟を集め、教育を施し、その中から神官を育てた。」
「だが、平等を唱えたはずの宗教家が人々の上位に立つ事によって、逆に人々の心に神離れが起きていった。
そんな中、一人の神官がボスポラス山の中腹に光が立ったと騒いだ。
それをこの時の教皇プルムスが取り上げ、ポルペウスに神が降り立ち、自分がその教示を受けた。と宣伝、教名をサンクルス教と名付け、この日から年号を神紀後とし、それ以前を神紀前とすると宣言した。
教皇プリムスが受けたとされる教示の中には、「邪悪の者現れしとき、神、再び降り立ち、自らこれを撃つ。人、我のみを神とし、我のみを崇めよ。されば救いの手あらん。」とあった。
この宣伝は古から伝わる伝承とも相まって、当時まだ混乱の中にあった大陸に効果を現した。それまでロンバルギア平原内にとどまっていた信仰が、この大陸全体を覆うようになった。」
「そして、この神を信仰していない者達、例えばエルフ族なども、便宜上この“神紀”という年号を使うようになったという訳だ。」
「光か・・・地に降り立つ光というのは儂も見たことがある。一度目はローコッドの話しの頃、北の空が光った。
その日は不思議な日じゃった。真昼の太陽が欠け、辺りが真っ暗になった。その時北の空が赤黒く光り、すぐにまた暗くなった。当時の者は誰もこれを見たはずだ。
二度目は・・・今から十四・五年前、闇夜の夜中に二筋の青い光が走り、一本はバルモドス山に、もう一本はダルビドス山に降り立った。」
ローコッドの話しの合間にドリストがそう口を挟んだ。
(十四・五年前・・・僕が生まれた頃・・・そんなことが・・・)
「やっぱり、神は存在すると言うことだよな。」
サムソンの言葉にディアスが異を呈する。
「確かに神は存在するかも知れない。しかしそれは、選ばれた者の上にだけではなく、全ての者の内に存在するはずだ。サムソン、お前の中にも、俺の中にも・・・それは信じる者全ての中に存在するはずだ。
そう考えるとプリンツ神国の喧伝のやり方はおかしい。神を崇めるなら、我を崇めよ・・・と言うのは。」
「そのプリンツ神国というのは・・・」
再びローコッドが話し始めた。
「そのプリンツ神国というのは、何の生産もせず、人々の信仰だけで成り立っていた。 ポルペウスの地に神殿を建て、大陸の人々のポルペウス詣りを奨励し、神官は教皇につながる一族からだけ出るようになっていった。
年が経つごとに人々に浄罪という寄付を強要し、遂にはもっとも信仰の厚いフランツ族に特権を与え、武力で人々を従わせるためのフランツ王国として成立させた。」
「神の力というものを背景にフランツ王国は辺りの小部族を従え、徐々に強大になっていく。
そんな中、突然・・・歴史的には唐突と言ってもよいが・・・ケムリニュス神聖国が誕生する。
ケムリニュス神聖国は邪神を崇拝し、プリンツ神国に対抗する。」
そこで再びドリストが口を挟んだ。
「信仰というのは怖いものじゃ。自身が信じるもの以外を全て“邪”として扱う。
一つの神だけを信じることにより、他を排除しようとする。プリンツにとって“正”なるものはケムリニュスにとって“悪”となる。 逆もまたしかり。
一つの価値観だけを押しつける。すると、そこに残るものは憎悪と敵対、それだけになる。
宗教に於ける原理主義とは、危ういものを含んで居る。
国を治め、政を司るものは、他者の価値観をも認め、協調を図ることを旨とすべきであり、自身、自国の利ばかりを求めると、他者との無用な摩擦を深めるだけとなる。」
「そこで、戦という訳か・・・。」
そこに同席していたティルトの言葉を引き取り、またローコッドが話し始める。
「そう、戦になる。ケムリニュス神聖国の教王を名乗ったゾルディオスはランドアナ高原に点在する小部族を集め、戦のための王国ガイラを成立させる。それが神紀後百二十四年の事。」
「二つの宗教の戦いがアリアスの戦いへと結びつくのか。」
「そう単純ではないが、結果的にはそうなるかな。」
ローコッドがダイクの言葉にそう返し、話を続けた。
「ケムリニュス神聖国の後押しを受けたガイラ王国はすぐにフランツ王国へ攻め入った。ゴルディオスはこの時はまだ、ガイラ王国の武将の一人だったと言われている。
そのゴルディオスはフランツ王国との戦には加わらず、直接ポルペウスを攻めた。そこで何を見たのか、何を知ったのかは解らない。
しかし、ポルペウスを攻め落とした直後、ゴルディオスは突然、皇帝を宣し、カルドキア帝国建国を宣言した。
大した兵力も持たなかったはずのカルドキア軍が、燎原の火のごとく辺りを征服していく。
プリンツ神国を跡形もなく潰滅させ、ガイラ王国を飲み込む。元々ガイラ王国を生み出したはずのケムリニュス神国までがカルドキア帝国の属国となった。
後は知っての通り、アリアスの戦いへと続いていく。」
「邪神というのは・・・・」
カミュの問いにローコッドが答える。
「当初のケムリニュス神国が崇拝した神は、プリンツ神国が崇拝した神とは異なるだけの神。つまりお互いがお互いを邪神と呼び合ったと思われる。
ところがゴルディオスが何だかの啓示を受けた神こそは、邪神と呼ぶにふさわしい。
この世の道徳に異を唱え、秩序を破壊する。悪徳を栄えさせ、悪行を喜ぶ。
この世に災厄をまき散らし、人の命を奪う。
人々の阿鼻叫喚だけがその神を太らせる。
その神の意を受け、カルドキア帝国は暗黒の種族までを使い勢力を伸ばした。」
「暗黒の種族・・・」
「そう、彼らは人肉を喰らうとまで言われる。」
「アリアスの戦いの時、なぜ神は現れなかった。」
「混迷の時、神現れ・・・と言うのは只の伝承だけかも知れん。
それとももっと大きな混迷が訪れるのかも知れん。
それは私にも解らん。」
「神は居るのか。」
「居ると思えばいる。居ないと思えばいない。
そう言う意味ではディアスが言うように、それぞれの内に存在するのかも知れん。」
そこに集まった若者の問いに、次々とローコッドが答えていく。
「サルミット山脈を越えたアリアスの戦いについて知ってますか。」
「そのことについては、ブリアント王とマーラン殿に聞くがよい。あの二人も何時かは重い口を開くこともあるだろう。」
この言葉を最後に、夜更けまで続いたこの日の集会は終わりを告げた。




