第三章 帰郷(2)
クローネンス山地の東側。海に面した険しい断崖の上を進む。
「カミュ、ボーッと歩くな。海に落ちるぞ。」
ダルタンとドリストの話を聞いて以来、カミュは考え込むことが多くなった。今も断崖に沿った細い道を歩きながら考え事をしている。ディアスにはそれが危なかっしくてしょうがない。今は只この道を越える、そのことだけを考えるようにカミュに注意する。
しかし、カミュはまた・・・。
断崖の上の棚に身を寄せるようにして睡眠を取る。そんな日が十日も続いた。寝不足で疲れた頭と躰で足を運ぶ。だが、ダルタンの話しによればそれも今日で終わる。それまでは事故の無いようにと・・・ディアスはそればかりに気を遣っていた。
そんな中、ピクスがダルタンに何かを耳打ちをする。
「この先の広くなったところで、山賊が十数人、戦闘準備を整え我々を待ちかまえているという。バルバロッサとは違うようだが、戦いは避けられぬ。」
ダルタンの声に、ディアスが応える。
「ダルタン、馬でその中を突っ切ることは出来ますか。」
ダルタンが頷く。
「サムソンとカミュは前に出てティアとロバを守る。ティアは後ろから弓で二人の援護。とにかく敵を近づけるな。」
「お前は・・・」
サムソンが疑問を挟む。
「俺か・・・俺は岩山を登る。俺が上でこの布を振ったら、ダルタン、頼みます。」
「解った。」と、ダルタンが肯いた。
一本の蔦を頼ってディアスが崖を登り、そのまま何処かへと消えた。そして暫く時がたち岩山の奥深くで白い布が大きく振られた。
ダルタンが馬を駆り、山賊の中に突っ込み、その中を横切る。山賊の一部はダルタンを追い、残りは奇声を上げながら、カミュ達に向かった。
カミュとサムソンとティアは、それに弓で応戦する。それでも矢を潜り抜け一人の山賊がカミュとサムソンに迫った。ティアはその外の山賊の応対に追われ、その男を狙うことが出来ない。
山賊が斧を振り下ろす。
ティアが後ろで悲鳴を上げる。
サムソンが自分の斧で相手の斧を受け止める。
力ではサムソンが上回っているように見える。
じりっと山賊が押し返される。
ぐらっ山賊の体勢が崩れる。
その隙を狙って、カミュが足に切りつける。
悲鳴を上げ山賊が倒れる。
その上にサムソンがのしかかり、山賊の胴を力任せに締め上げる。
山賊が苦しそうに呻く。それでもサムソンは締め上げる。
ボキボキと肋骨の折れる音が響く。
それでも、サムソンは山賊の胴を締め付ける。
山賊が口から血泡を吹く。
しかしサムソンは力を抜かず、無我夢中で山賊の胴体を締め上げ続けた。
(敵の頭は・・・)
指揮系統をつぶせば、敵は浮き足立つ。ディアスはそう考えた。
目をこらして敵の中枢を観察する。すると、二つに分かれた敵の中で、未だに真ん中に居座り様子を見つめている男がいた。
(あいつだ。)
ディアスは気付かれぬよう細心の注意を払いその男ににじり寄る。二の矢、三の矢はない。一撃で相手の急所をつく。そして、飛びかかり止めを刺す。要領は狩りと同じ。
ここなら外すことはない、と言うところまで近づいた。
相手の眉間に狙いをつける。しかし、相手は獣ではなく人間。
ガクガクと手が震える。
汗が目に入る。
狙いが定まらなくなる。
堪らず弓を下ろす。
静かに一つ息をつく。
思い直したように、もう一度狙いをつける。 そこに、ティアの悲鳴が聞こえた。
矢を放つ。
山賊の頭、眉間に矢が突き刺さる。
「誰だ・・・」
と、大声を上げながら、男の巨体が崩れ落ちる。
その躰に駆け寄る。
胸の中央をめがけ、剣を突き立て抉る。
ブルブルと全身が震える。
山賊の胸の刺し傷から血が噴き出す。
その生臭さに吐き気が襲う。
そこから先は覚えていない。気がつくと山賊は消え去り、息絶えた山賊を締め付け続けるサムソンを見下ろしていた。
「もういいよ、サムソン・・・そいつは死んでいる。」
サムソンの腕は凍り付いたように固まり、山賊の躰から離れない。その手を泣きながらカミュが解き放つ。
誰もが初めて人を傷つけ、人の命を奪った。
傷つけなければ、殺さなければ・・殺されていた。それは解っている。しかし、何かが心から欠け落ちたような喪失感を味わった。
「酒があったぞ。」
と、騒ぐダルタンも、その眼は暗く沈んでいた。
大食らいのサムソンが目の前の食べ物にも手を触れず、ガタガタとふるえていた。自分が絞め殺した山賊の断末魔の血走った眼が、今も眼前に迫る。
そして、
「俺を殺したのはお前か」
と、サムソンを責め続ける。
ディアスは時々吐き気に襲われた。刺し殺した山賊の心臓から吹き出した生臭い血の匂いが、今も鼻の奥に残っていた。その匂いが吐き気を誘った。
カミュもティアも殺しはしなかったものの、人を深く傷つけたことで心に傷を負った。
誰も言葉を発しない。
遂さっきまで騒いでいたダルタンさえもが・・・。
戦とは身を守るためとはいえ、多くの人を傷つけ、多くの人の命を奪う。そしてその度に自分自身も傷ついていく。それに耐えられるのか。それとも人を殺すことに慣れていくのか・・それとも心が麻痺していくのか。
解らなかった・・
それは、ここにいる誰にも解らなかった。
黙々と沈鬱に山を越え、草原に出る。その向こうに台地と雪を抱いた山々が見える。そこにドリストに聞いたティアの故郷、月の谷がある。本来なら目的地が見え足取りも軽くなるはずであったが、皆、あの戦闘を引きずり心も体も弾まない。
「見えたな・・・」
ダルタンが最初に口を開いた。
「俺もお前等と同じ、初めて人を手に掛けた。だがもう、何時までも落ち込むのはやめにしないか・・・」
「殺らなければ、殺られている。戦いとはそうしたものだ。」
「そうだよな、今はまだバルバロッサだとか、山賊だとかですんでいるが、何時また・・・その時が本当の戦い。昨日以上の人を手に掛けなければならなくなる。その度に落ち込んでいちゃあ戦なんて出来ない。」
ディアスは自分に言い聞かせるように、そう応えた。




