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強さのわけ

 気楽な様子でふんふんと鼻歌を歌いながら、ウルフヘアのお洒落なカターラさんはキッチンの方から朝ごはんを運んできて食卓に並べていく。


「すごい……」


 目の前の食卓がどんどんと料理で埋められていく光景に、私は思わず驚いてしまう。窓の外を見るに、今は紛れもない朝の時間帯なんだけど、机の上だけは晩ごはんみたいに豪華な感じになっていた。


「よいしょっと。これで全部かな」


 紺色のクロップドトップスを着たカターラさんが料理を全部運び終えて、食卓の上は埋め尽くされた。


 私の目の前には、こんがりと焼かれた肉厚のスィックフィッシュが一尾と、細く切られたいろんな根野菜が入ってるあったかそうなルートスープ、それからグレイクスっていう鳥が産んだ卵を使ったスクランブルエッグが置かれている。


 あと、テーブルの真ん中にはおっきな木のボウルが一つだけ置かれていて、その中には新鮮なウエルリーフと鮮やかなビッドベリーのサラダがこれでもかと盛られてある。ちなみに人数分の取り皿もちゃんとある。


「食後に甘いリアーフルーツもあるから、もし欲しかったら言って。チャチャっと皮剥いちゃうから」


 カターラさんが言うには、なんと食後のデザートまであるらしい。


「あ、ありがとうございます……」


 森の中で【狂狼(マッド・ウルフ)】から助けてくれて、ミードル村まで運んできてくれて、手当をしてくれて、シャワーを貸してくれて、ご飯まで作ってくれた。


 こんな私にここまでしてくれるなんて、カターラさんってすごいなって思う。


 でも一つだけ不満がある。




 ()が足りない……。




 食卓に並んでいるのは、野菜中心の健康的な料理ばかりで、私に宿る【(ブラッド)(・ディズ・)(ドラゴン)】の渇きを満たしてくれそうなお肉とかなんて一欠片もない。




 いやいやいやっ!




 こんな私にここまでのことをしてくれたんだから、不満なんて持つべきじゃない。血なんて夜にでも小瓶から飲んで補給すればいいだけ。まずいから嫌だけど……。


 今は素直に、カターラさんの好意にありがたく甘えるべきだ。


「よし。じゃあ食べるか」


 古傷のある頬を爽やかに微笑ませながら、カターラさんが私の前の席に座る。


「……俺のは?」


 すると、私の隣から、ザイルさんの声が聞こえてくる。


 見れば机の上にちょこんと乗っているザイルさんの周りは取り皿だけで、料理が何一つ並んでいなかった。


「あー、すまん……。うちにヒマワリの種はねぇんだ……」


「だから俺はハムスターじゃねえ!」


 ザイルさんはペチペチと机の上で地団駄を踏んでいる。可愛い。


「その体で、人間の料理食えんのか?」


「別に問題ないだろ」


「ハムスターって粘着質のものとか食べると、頬袋(ほおぶくろ)が中でくっついちゃって、最悪窒息死とかもあるらしいけど?」


「え」


 具体的な()をカターラさんから聞かされて、ザイルさんは思わず言葉を詰まらせた。


「まぁこん中にはそういうのはないし、適当に真ん中のボウルからウエルリーフとかビッドベリーとか取って(かじ)ってくれ」


「んな雑な……」


「しょうがないだろ。あたしはハムスターの料理なんて作れないんだからさ」


「それも、そうか……」


 ザイルさんはしょんぼりとその場に座り込んでしまった。


 でも、確かにハムスターの料理なんて作れない。どんなに手先が器用な人でも多分無理。


 だとしても、なんかザイルさんが可哀想で、なんとかしてあげたい。


「じゃあ、ザイルさんの分は、私がお皿に取ってあげますね」


「すまない……」


 申し訳なさそうにして、ザイルさんは深々と頭を下げると同時に、がっくりと肩を落とした。


「しょうがないですよ。これも全部、人体実験なんかしてる魔族のせいなんですから!」


「………………ああ、そうだな。人体実験はダメだな。うん」


 私の言葉に、ザイルさんはどこか上の空で返してきた。


「今、自分の設定忘れてたろ……」


 それを見たカターラさんが、困り顔で何かをボソと呟いたような気がした。二人してたまに声が小さくなるのはなんでだろう……。


「まぁ、よかったな。可愛いお姉さんにお世話してもらえて」


「っ⁉︎」


 本当にこの人は何回私を揶揄(からか)えば気が済むのだろうか。そんなに言われるとうっかり半人半竜であることを忘れて、自分が一人の可愛い女の子だと思い込みかねない。


 私は可愛いどころか人ですらないんだから、そこんところを忘れないようにしないと……。


「う、うっせぇバカにすんなっ!」


 と、私が私を戒めていると、ザイルさんが元気な男の子の声でカターラさんにそんなことを叫んだ。


 でもカターラさんは気にしてないみたいで、むしろ意地悪な顔で話し始める。


「いやいや……。あたしに怒るよりも先に、まずアルルにお礼を言ったらどうなんだい? ザイルくん?」


 ニヤニヤと笑うカターラさんに促されて、ザイルさんがよちよちと足を動かしながら私の方を向く。


 そして、机の上にちょこんと立ったまま、ちょっと不貞腐(ふてくさ)れたような感じで呟いた。


「…………ありがとう」


 可愛いっ!


 ただでさえハムスターってだけで可愛いのに、そのちょっと素直になりきれない感じがまた可愛いっ! なんか弟のサーちゃんに似ている感じが可愛いっ! あでもこの世界で一番可愛いのはサーちゃんだけど。あと異論は認めません。


「うむ。よろしい。よくできました」


 満足げに頷いているカターラさんを、ザイルさんがキッと睨む。この二人、仲悪いのかな? それとも私がいない間に何かあったのかな?


「じゃあ食べるか。いただきまーす」


 気楽な感じで、カターラさんは朝ごはんをパクパクし始める。


「い、いただきます……」


 続いて私も、両手を合わせて女神様のお恵に感謝をする。


「本当に、すみません……」


「ん? 何がだ?」


 飲んでいたルートスープのカップを置いて、カターラさんが私の方を見る。


「その……わざわざ看病してもらった上に、お風呂もご飯もいただいてしまって……」


「いいってことよ。傭兵は人助けも得意だからさ。あ、傷口は痛まないか?」


「は、はい……。普通にしていれば、大丈夫です」


「そうか。それはよかった」


 カターラさんは何事もなかったかのようにして、スクランブルエッグをパクパクと頬張る。


「あーうめぇ……。あたし料理人なれるな……」


 こんな感じに振る舞っているけど、私みたいな半人半竜の手当はかなり難しい。


 普通の人よりも血の流れが激しいし、ちょっとでも血が足りなくなるとすぐに発作を起こすくせに、止血点は普通の人よりも結構複雑。だから、本来なら今の私は血を求めて発作を起こしてもおかしくない。


 けど、それが起きてないってことは、カターラさんの手当てが的確だったってことだ。私が半人半竜であることなんて知らないはずだから、傭兵として生きていく上で培った技術と経験と知識でやってのけたってことだ。本当にすごい。


 ……流石に【(ブラッド)(・ディズ・)(ドラゴン)】の姿の時に手当てしてもらうのは無理そうだけど。()()()()なんて私のお母さんとサーちゃん以外に誰もやったことないだろうし。


「まぁ、あんたが元気じゃないと実家の弟さんも悲しむだろうし、無事でよかったよ。なぁ?」


 すると、不意にカターラさんがニヤニヤしながらザイルさんに視線を送った。それでも、ザイルさんは何も答えないまま、私が取ってあげたウエルリーフをもしゃもしゃ頬張っている。可愛い。


「さっきザイルから聞いたんだが、アルルには弟がいるんだろ?」


 大好きなサーちゃんの話を振られておとなしくしていられるほど、私はできた人間でも聖女でも竜でもない。


 ついテンションが上がってしまって、語りたい気持ちが抑えきれなくなる。


「はいっ! 六つ下の弟がいるんですけど……あ、名前はサイダル・パーシアスって言います。で、もうめっちゃくちゃ可愛いんですよ! 昔は『おねーちゃん! おねーちゃん!』って甘えてきて、夜は一緒のベッドで寝たしもしたんですけど、その時の寝顔も寝息も全部可愛かったんですよ!」


「ほぉーん?」


 私の熱弁を受けてもカターラさんは全く不機嫌になることもなく、むしろ楽しそうな感じでにやーっと笑みを浮かべて、私の隣にいるザイルさんを見つめている。


「一緒のベッド、ねぇ……」


「……」


 そのザイルさんと言えば、手に持った食べかけのウエルリーフで顔を隠していた。よくわからないけど可愛い。


「で、おっきくなってからはちょっと素直じゃなくなって距離も取られるようになっちゃったんですけど、それがまた可愛くって! いつもはツンツンしててあんまり話してくれないのに、5月10日の私の誕生日には絶対に綺麗なお花とプレゼントをくれるんですよっ! そんなにお小遣いもないはずなのに、わざわざ自分のお金で買って……」


「へぇー、そりゃぁすごい。なぁ?」


「し、知らん……」


 相変わらずカターラさんは楽しそうに聞いてくれる。ずっとニヤニヤしたままザイルさんを見つめてるのはよくわからないけど、もしかしたら好きなのかな? わかんないけど。


 まぁいいや。


「臆病で方向音痴で恥ずかしがりで……。こんなどうしようもない私に優しくしてくれるサーちゃんが、私は大好きなんですっ!」


 私は大きな声で胸に秘めた思いを叫んだ。


 本人がいないとはいえ、流石に『好き』と口にするのは少し恥ずかしい……。でも好きなんだからしょうがない。


「ふーん。だってよ?」


「なぜ俺の方を見る……」


「別に〜」


 カターラさんとザイルさんの不思議なやりとりを横目に、私は、よくないことを思い出した。




 痛くて悲しい……。でも大切なものを見つけられた、そんな昔のことを。




「それに……。私がお父さんに酷いことを言われたり、私が学校でいじめられてたときには、誰よりも怒って、誰よりも早く立ち上がって、誰よりも早く私を助けようとしてくれたんです……」


「へぇ……。やるじゃん?」


「うっせ」


「でも、ずっとそうやって戦ってきてくれたから……。サーちゃんは……誰よりも、いっぱい傷ついてきたんです……」


「……」


「……」


「だから……」


 初対面の人にこんなこと言うのはどうなんだろうか。


 でも私は、私の思いを止めることはできない。




「私は、サーちゃんの安らぎになりたいんです」




「「……」」


「サーちゃんが、この苦しいことがいっぱいな世界で生きていくための、助けになりたい」


「「……」」


「サーちゃんがが笑って生きられるのなら、私はいつまでも一緒にいたい」


「「……」」


「サーちゃんがこの世界に居場所を見つけられなくなっても、私だけは、ずっとサーちゃんと家族でいたい」


「「……」」


「……」


「「……」」


「……」


 リビングの中に、静寂が訪れる。


 今は、家の外を吹く冷たそうな乾いた風の音だけが聞こえてくる。


「あっ、ご、ごめんなさいごめんなさい! 私なんかが勝手に余計なことばっかり話してしまって……。失礼でしたよね嫌でしたよね忘れてくださいごめんなさいごめんなさいぃぃぃっ!」


 自分の口走ったことを思い返してみて、めっちゃ恥ずかしくなった。今の私の全身は、これまでにないくらい熱くなっている。安らぎとか助けとか何偉そうなこと言ってんの私は……⁉︎


「いや、そんな謝らんでも……。ってかあたし、人の話を聞くの好きだし。何より……貴重な話が聞けて()()()()楽しかったよ?」


 カターラさんが気を利かせてそんなことを言ってくれる。そしてその視線は例によって、ザイルさんの方に向けられていた。


 でも可愛らしいハムスターの背中しか見せてくれなくて、その顔にはどんな感情が浮かんでいるのかはわからない。


「にしても、アルルを大切にしないなんて、変な父親がいたもんだな」


「まったくだ」


「だろ? こんなにも素直で可愛くていい娘が産まれてきて、親父さんは嬉しくないのかねぇ」


 カターラさんがパクッと一口、ビッドベリーを頬張る。


 私『アルル・パーシアス』っていう存在が素直か可愛いかは知らない(ってか絶対そんなことはない)けど、お父さんが嬉しくないのは紛れもない事実……。


 だって、世界を平和にする立派な聖女が産まれてくると思ったら、世界をめちゃくちゃにする凶暴な【竜の血】をたまたま持って生まれてきちゃったんだもん……。そりゃ大事にするわけがないよ……。


「その、学校のいじめに関しても、聖女サマってのが特段嫉妬深いのか……。それか、アルル自身に何か()()()()()()が宿ってる、とかじゃないと説明つかないぞ……」


 ちょっと真実に近いことを言われて、思わず私の体は気持ちの悪い寒気に襲われる。私の体には、その()()()()()()が宿っているんです……。


「ま、アルルは嫉妬されるほど可愛くて、そのアルルには素敵な弟さんがいるってのはよーくわかった」


 嫉妬されたわけじゃないんです……。ただ【血】のことに関していじめられてただけなんです……。あと別に私はそんなに可愛くないです……。カターラさんの方がなん億倍もかっこよくて可愛くて綺麗で素敵です。


 あでも、0にいくらかけても0か……。


 と、勝手に私が凹んでいると、カターラさんが、初めて悲しそうに言葉を溢した。


「まぁ……。家族は、死んでも大切にしてやれよ……」


 その顔は微笑んではいるものの、奥底にある冷たいものまでは隠しきれていなかった。


「そういえば、カターラさんのご家族は、今お出かけ中ですか?」


「……」


「こんなに広いお家ですし、ここにはご家族の方と一緒に住んでるんですよね?」


 私が何気なく尋ねると、カターラさんは傷のある頬に歪な笑みを浮かべたまま答えてくれた。


「家族は、いないんだ」


「え? それは、どういう……」






「死んだよ。私がちっちゃい時にね」






 私は、言葉を失ってしまった。


 いつも人前だと緊張して喉につっかえちゃうたくさんの言葉も、今ばかりは一つもない。


 それはザイルさんも同じだったみたいで、その可愛らしい顔に驚愕の色を濃く滲ませている。


「あー……。つまんない話だけど、聞く?」


 私とザイルさんは、同時にぎこちなくコクンと頷いた。


「えっと、あたしの両親は行商人だったんだ。けどある日、一頭の【(ブラッド)(・ディズ・)(ドラゴン)】に襲われて、その時にあたしを庇って死んだ」


 すると、爽やかだったカターラさんの顔に薄っすらと影が差し込んだ。


「なんの力もなかった、無力で足手まといなあたしを庇って……。そのまま体を裂かれて、血を喰われて死んだ……」


「……」


「ま、だからあたしは傭兵をしてるってわけ。もう誰も、あたしのせいで死なないように……。もう誰も、見殺しにしないように……。それで、父さんと母さんと弟たち、家族全員を私から奪った、あのくそったれな【竜】を殺せるだけの力をつけるために……」


「……」


 前に、お父さんが私に言ってた。




『人間が竜を嫌う心情は変わらない』


『そいつらに大事なものを奪われた人間は少なくないからな』




 これまでは、私が一方的にいじめられたりするだけだったけど、やっぱり……こうして【竜】に人生を壊されてしまった人を目の当たりにすると、私の胸の中は、申し訳なさでいっぱいになる。


 私なんかが、助けてもらってごめんなさい。


 私なんかが、シャワーを浴びてごめんなさい。


 私なんかが、綺麗な服に着替えてごめんなさい。


 私なんかが、美味しいご飯を食べてごめんなさい。




 私なんかが、()()()()()()()()()()




 みんなから幸せと笑顔を奪う【竜】の血なんか持った出来損ないの聖女の分際で、こんな贅沢をして、この世界に生きていることが、申し訳なくなる。


 と、私の胸が張り裂けそうなところで、カターラさんが(おど)けた感じで口を開いた。


「な? つまんない話だろ? でも『聞くか?』って聞いて頷いたのは二人だからな。非難、批判、誹議(ひぎ)などは一切受け付けませんので悪しからず〜」


 まるで、何かを取り繕うようにして、カターラさんはニコニコしながらひらひらと手を振ってみせた。


 カターラさんは笑顔なのに、なぜか私の胸はどんどん冷たく苦しくなっていくばかりで、すごく辛い。


「あ、あのさ……」


 すると、ザイルさんがおずおずと小さな声でカターラさんに尋ねた。


「ん? ザイルどうした?」


「その【竜】って、100年前に勇者と大聖女が駆逐したんじゃないのか?」


「うーん、そのはずなんだけどねぇ……。討ち損ねたのか、どこかに残ってた卵が孵化したのか、聖女と恋におちたとかいう竜の子孫が生きてたのか……。もしくは、魔族たちが何かを企んでいるか……」


「おいおい物騒だな」


「でも、近頃は、この村の周りにも【竜】がいるだなんて噂が流れてる。そのせいで村の中の生態系は荒れに荒れちゃって、人間が通る道にすら、普段見かけないような【狂狼(マッド・ウルフ)】みたいな凶暴な魔物まで出てきやがるんだ」


 その魔物の名前を聞いて、私の右肩と左脚が嫌な(うず)きを覚える。


「アルルを襲ったあいつか……。どうりであんな浅いところにあんな危険な魔物がいるわけだ……」


 ザイルさんの独り言を最後に、リビングは息苦しい空気に包まれる。


 でも、私には、一つだけ聞きたいことがあった。


「カターラさんは……」


「ん?」


 怖い……。


 けどこれは、ちゃんと聞いておかないといけないと思う。


「その……【竜】ってお嫌いですか?」


 私は、なるべく口の中を見られないように俯きながら、恐る恐る聞いてみた。


「ああ……」


 カターラさんは答えてくれる。


 屈託のない、けど黒々とした怖い笑顔で。




「嫌いだね。うん。大っ嫌い」




「……」


「もし、まだこの世界でのうのうと生きてやがるってんなら、全部……あたしが殺す。この世界から【竜の血】を一滴残らず消し去る。それがあたしの人生の使い道」


「……」


「どこぞの勇者と大聖女サマでもできたってんなら、あたしにもできるはずだからな。殺して殺して殺し尽くすまでだ」


 森の中で【狂狼(マッド・ウルフ)】から私を助けてくれた、あの時の王子様みたいにかっこいいカターラさんは、もうここにはいない。


 私の目の前にいるのは、大切な家族を奪った【竜】への恨みに溺れた一人の()()()だった。


 かっこいいというか、怖い……。


 だって、下手したら……()()()()()()かもしれない、し……。


「ってか【竜】を好きな人なんていないだろ。むしろアルルみたいな聖女サマにとっちゃあ、ただの【敵】でしかないんだろ?」


「え、ええ……。そうですよね……」


 そう。


 この世界において【竜】は災いの象徴。


 そんなものを好きになる人なんて、いるわけがない。


 だから私も愛されない。


 本当なら、誰にも愛されちゃいけないんだ……。


 それよりも『愛』っていう人間さんの大切なものを【竜】なんかが知っちゃいけないんだ……。


「あーもう……。やめだやめ」


 カターラさんが首を横に大きく振って、ちょっと荒々しく空気を入れ替えようとする。


「せっかくの美少女との朝飯が不味くなっちまう。朝からこんな話はやめよう」


 カターラさんらしく、これまでの話を雑に途切らせた。カターラさんらしく雑にって言うのも失礼か。


「あ、そうだ。朝飯食べたらちょっと散歩でもしよう。聖女ってことは旅の物資をいろいろ買わないといけないだろうしよ」


 復讐者から村一番の美少女傭兵に戻ったカターラさんは、爽やかに微笑みながら私を誘ってくれた。


「え、一緒に来てくれるんですか……?」


「だってアルルは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の恥ずかしがりなんだろ? そんな子を一人で行かせられるかよ」


 カターラさんのその気遣いは、普通に、っていうかめちゃくちゃ嬉しい。


 でも……。あれ?


 それって、私……カターラさんに言ったっけ?


 私がお店の人とすらまともにお話しできないってことは、確か私の家族しか知らないはずなんだけど。


 ……まぁ、いいや。


 どうせ間抜けな私のことだから、言うだけ言って覚えてないだけなんだろう。これでも私は自分の記憶力のなさには自信がある方だし。言ってて悲しくなるなこれ。


「あ、ありがとう、ございます……。では、お願いします……」


「よっしゃ美少女とのデートだ。張り切っていくか」


「一応、俺もいるんだが……?」


「ああ、ザイルちっちぇから忘れてたわ」


「てめぇ……」


 私をよそに、二人は口喧嘩を始める。やっぱり仲悪いんだ。


 でも、これくらいなら可愛い方だ。


 もし私の正体が、カターラさんにバレたら……。きっとこの程度じゃ済まない……。


「……」


 私はウエルリーフとビッドベリーのサラダを取って、なるべく下を向いて口へ運ぶ。


「そんな下向いてたら食べづらいだろ?」


 無駄に優しいカターラさんが、奇妙な食べ方をする私を見て何気なく疑問を溢した。


 でも、何気ないその一言は、私にとってすごく怖いものだった。


「あ、そ、そう、ですよね……。あはは……」


 私は素早く顔を上げて、なるべく口を閉じたままはにかんでみせた。


 ……そもそも、私みたいな半人半竜の聖女なんかが、誰かと一緒にご飯を食べたりしてはいけないんだ。


 誰かと一緒に食べるご飯がおいしい、と言うのなら、私はその幸せを知ってはいけない。


 竜と人が一緒にご飯を食べるなんてことは、本来あってはならないこと。


 だから私はその後も、なるべく俯いたままで、なるべくお話ししないようにして、なるべく笑わないようにして、カターラさんの朝ごはんをゆっくりといただきました。


 カターラさんに、私の口内に生え並ぶ【牙】を見せないよう、なるべくたくさん注意して……。

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