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傭兵の少女

 真っ暗で、なんにも見えない。


「ん……」


 深い深い水の中から、ゆっくりと全身が浮き上がってくるような感じがする。


 なんか体も心もフワフワしてて、すっごく落ち着く。


「ん〜……」


 今の私の体には、ぜんぜん、これっぽっちも力が入らない。


 でも……。なんか、目の前が、だんだん明るくなってきた、ような気がする。


「お? 起きたか?」


 なんか、人の声も聞こえてきた。


 すっごく爽やかな、女の人の声。


「おーい」


 その声は、多分だけど私を呼んでる気がした。


 呼ばれたんなら、それに応えないと。


 私は、重い重い瞼を頑張って上げてみる。


「おじょーさーん」


「んぁ……?」


 ぼやけてた視界がどんどん鮮明になっていく。


 時間が経ってはっきり見えるようになると、私の目の前には、頬に傷のあるかっこいい女の子の顔があった。


「……」


 ぱっちりとした綺麗な空色の目に、健康的で綺麗なほっぺ。それから色っぽい艶やかな口元と、爽やかなライトブルーのウルフヘア。


 今、私の目の前には、男の人と見間違えてしまいそうになるほどの、かっこいい女の子の顔がある。


 そしてその子は、すっごく穏やかで優しそうな表情で、私の顔を上から覗き込んでいた。


「おはよう、お嬢さん。気分はどうだい?」


 爽やかな声でそう聞かれたところで、私の意識は完全に覚醒する。


「ん?」


 今の私は、どうやら家の中にいて、なんか柔らかい物の上であったかい毛布をかけたまま寝かせられていて、このかっこいい女の人に顔を覗き込まれていた。


「……」


 ちゅーできるくらい顔が近いことに気づいた時には、もうすでに私の体は動いていた。


「あっ……ばっ!? え? あ、え?」


 自分でもよくわからない声を出しながら、私は恥ずかしさに身を任せて寝ていたソファの上から毛布を剥いで勢いよく起き上がった。


「うぐっ……」


 それと同時に、私の右肩と左脚に焼けるような耐え難い痛みが迸る。立ち上がって女の子から逃れたのはいいものの、私はすぐにそ場へへたり込んでしまう。


 確かこれは、さっき森の中で【狼】に襲われて……。


「あーダメだって動いちゃ。手当てはしたけどまだ傷は塞がってないんだから」


 さっきの恐ろしい出来事を思い出してると、紺色のクロップドトップスを着たかっこいい女の子が私に歩み寄ってくる。


 そして、怪我のせいで動けない私を軽々とお姫様抱っこした。


「ちょ、やっ……⁉︎」


 私の体は優しく持ち上げられ、目の前に頬に傷のある女の子の顔が迫る。


 近い! 近いよ! かっこいい顔が近いよ!


「ん? 顔めっちゃ赤いぞ? 熱でもあるのか?」


 だ、だだだだだだって……。


 こんなかっこいい顔がすぐ近くにあったら誰だって恥ずかしいでしょ! しかも私お姫様抱っこされちゃってるし! しかもしかもなんかこの子めっちゃいい匂いするし!


「おっかしいなぁ。ちゃんと手当てしたはずなんだけどなぁ……」


「あ、い、い、いえ……」


 そんな私のどぎまぎした気持ちなんて伝わるわけもなく、女の子は慌てるばかりの私を元いたソファのところまで運んでくれる。ついでにちゃんと毛布もかけてくれた。


「ほい。体は冷やさないほうがいい」


「あっ、ありがとう、ございます……」


 私は毛布に顔を半分隠しながら小声でお礼を言う。


 でも、もう一回ソファに寝転んだところで、私の胸のドキドキは全然治らない。


 こんなかっこいい人を見たのも、こんなに優しくされたのも、産まれて初めて……。初めてがいっぱい襲ってきてもうやばい。まじやばい。


「まぁ、そんな怖がらなくても大丈夫だって」


 わたわたあわあわしてる私を見かねて、その女の子は爽やかに頬笑みながら私に話かけてきた。


「ふぇ?」


「ここはミードル村にあるあたしの家。まぁ、ちょっと汚いが、雨風はしのげるし魔物も猛獣も来ない。世話はしてやるから、回復するまでゆっくり休むといい」


 女の子に言われて、私は周りを見回す。


 汚いって言った割には別に全然綺麗なこの部屋は、多分リビングなんだと思う。明るい色の木の壁に囲まれていて、私の寝てるソファがあって、天井から魔導灯(フォーミュ・ランプ)が吊るされていて、大きな食卓と椅子があって、それから向こうには結構立派なキッチンが見える。


 部屋の広さとか見るに、この子はここに家族で住んでるっぽい。一人暮らしにしては流石に広すぎるし。


 それと、どうやらここは、目的地の『ミードル村』らしい。


 旅立って早々、凶暴な【狼】に襲われて怪我もしちゃったけど、こうして優しそうな女の子に会えたし、目的地にもたどり着くことができた。


 こういうのを()()()()()()っていうのかな?


「あっ、あの……」


 って、それよりも助けてもらったんだからお礼言わないと。


「ん?」


「たっ、助けていただき……。ありがとう、ございます……」


 やっぱり初めて会う人と話すのは緊張する。


 私は、なるべくそのかっこいい顔に目を合わせないように、そして、絶対に口の中の【牙】を見られないように、ちょっと俯いてお礼を言った。


「あー、別にいいって。これも仕事だしさ」


 すると、その女の子は、傷のある頬に微笑みを湛えながら爽やかな声で返してくれる。


「仕事?」


「ああ、私はこの村に住む傭兵なんだ」


「よーへー?」


 名前だけは聞いたことがある。


 お金で雇われて、なんか色々戦ったりする人のことだった気がする。多分。


 実家のある白明聖所(サンクチュアリ)は強力な『神聖防魔結界(セイクリッド)』が常に張られているからそういう人はあったことないし、そもそもいなかった。


「そう。猛獣とか魔物とか賊とか、そういうのからこの村を守るのが仕事。で、さっきは森の巡回中に偶然あんたを見つけたってわけ」


「なる、ほど……」


 そうして聞くと、私が助かったのって本当に運が良かったんだなぁ。こんな私でも、まだまだやれることがあるってことかもしれない。


「そういえばまだ名前言ってなかったな。あたしは『カターラ』だ。またの名を、ミードル村一番の美少女傭兵ってな。よろしくっ」


「は、はぁ……」


 自分で自分のことをそんなふうに言えるなんて凄いなぁって思ったけど、ぱっちりとした綺麗な空色の目とか、健康的で綺麗なほっぺとか、色っぽい艶やかな口元とか、爽やかなライトブルーのウルフヘアとか見てると、全然()()()だなって思った。正直見てて眩しい……。隣に立ってほしくない……。眩しすぎて神々しすぎて、私なんか今にでも消し飛んじゃいそう……。


「はぁ〜〜〜……」


 しかも、今着てる紺色のクロップドトップスもすごく良い。大胆にお腹が見えてるけど、スタイルがいいからめっちゃ似合ってる。きっと私が着たら、お腹がむちむちのぷにぷにで笑い者にされちゃう……。


 その点、私が着てる聖女の白いローブは体のラインが出ないから助かる。まぁ、破れてる上に血まみれだからどっちみち人前になんて出れないんだけど……。


「お嬢さんの名前は?」


 そう言われて私は気付く。


 かっこいいお洒落さんなカターラさんの観察に夢中で、すっかり自分の名前を言い忘れていたことに。


「あ、えっと……。私はアルル・パーシアスと申します……」


 私は毛布を被ったまま、自分の名前をカターラさんに伝えた。


「アルル……」


 私の名前を呟いて、カターラさんはこくんと頷く。


 そしてその顔に爽やかな笑みを浮かべて私の方を見る。


「アルル……。うん。可愛いあんたに似合う可愛い名前だ」


「かわっ⁉︎」


 思わず私の口から変な声が出る。


 次第に体の全部がどんどん熱くなっていって、ついには顔までも熱くなる。


 真っ赤っかになってるであろう顔を隠すために、私は毛布を掴んでがばっと自分の顔の方に引き寄せて、その中に顔を埋める。


 でもそうすると、被った毛布からカターラさんのいい匂いがしてまた恥ずかしくなる。やばい逃げ場がない。


「じゃ、あたしは朝飯作るから、アルルはそこで休んでな。できたら一緒に食べようぜ」


 勝手に私が慌てていると、隣からカターラさんの声が聞こえてきた。


「え? あ、はい……」


 その爽やかな声で、私はちょっとだけ冷静になる。


 いくらカターラさんがかっこいいからって、こんなにバタバタ慌ててたらどう考えても迷惑だ。ちょっと落ち着こう。


「ん? 朝……?」


 私は首を動かしてリビングにあるガラス窓を見た。そこからは溢れんばかりの日光が燦々と差し込んでいた。


 どうやら私は、昨日のお昼頃にカターラさんに助けてもらってから、今日の朝までずっと眠っていたらしい。


 つまりそれだけ長い時間カターラさんに迷惑をかけたわけで……。


「朝ごはんなんて……。助けていただいて介抱までしてくださったのに、流石に申し訳な……」




 ぐぅぅぅぅぅ……。




 私のお腹がすごい鳴った。


「っ……⁉︎」


 おてんばなお腹を両手で抑えるも、時すでに遅し。


「フッ……」


 ちゃんとカターラさんにも聞こえたみたいで、キッチンの方からちょっとだけ笑い声が聞こえてきた。もうヤダ恥ずかしい死にたい……。


「ま、ここはお言葉に甘えようぜ? アルル」


 熱くなってる顔を両手で押さえて悶えていると、私の寝ているソファの背もたれの方から聞き慣れた声が聞こえてくる。


 その方を見ると、ソファの背もたれに立っている服を着た可愛いハムスターと目があった。


「ザイルさん! 無事だったんですね!」


「ああ。アルルのおかげでな。助かった……」


「い、いえ……。私は、自分の身を守るのに必死だっただけで……」


 究極を言えば、あそこで私が【(ブラッド)(・ディズ・)(ドラゴン)】の姿になればこんなことにならずに済んだ。


 けど、私は他人の前で【竜】になることを怖がった。


 誰かの命が危険に晒されているにも関わらず、私は自分の秘密を守ることなんかを優先してしまった。


 私は、褒められたり感謝されるような人間じゃない。半人半竜の聖女が、そんなことをされる資格はない。


 私は、嫌われ者の【竜】なんだから。


「俺が守らなきゃいけないのに……」


 と、私の心がどんどん冷たくなっていると、横でザイルさんが子供っぽい声でぼそっと何かを呟いた。


「まぁまぁ、お二人さん。アルルの元気な元気な腹の虫を静かにさせるためにも、ここはしっかり食べておいたほうがいいんじゃないか?」


 全然爽やかじゃない意地悪な声でカターラさんが私たちに向けてそう言った。


「そ、そんなおっきく鳴ってないですもん!」


「ははっ、悪い悪いっ」


「もう……」


 意地悪されて悲しくなった私は、被っている毛布に顔を埋める。別に音が鳴ったのは【竜の血】がいっぱいエネルギー使うからだし。別に私は食いしん坊じゃないし。


「それで、体の方は大丈夫なのか?」


 一人でそんなことを悶々と考えていると、カターラさんの優しい声が聞こえてきた。


「は、はい……。大丈夫、です……」


 返事をしながら体にちょっと力を入れてみるけど、痛みは全然しない。


 あれだけの血を流すような深傷を負ったら、普通はまだ痛むはずなんだけど、ちゃんと血は止まってるし、右肩と左足の傷口にはちゃんと手厚く丁寧に包帯が綺麗に巻かれていた。


 きっと私が眠っている間に、傭兵のカターラさんが手際よく手当てをしてくれたおかげで、特に痛みもしないんだと思う。


「あ、ありがとうございます。カターラさん」


「別にいいってことよ。まぁ、どうしてもって言うなら、報酬とかくれてもいいんだけどね〜」


「は、はいっ! すぐに出します!」


 私は、体がズキっと痛むのもお構いなしに、ソファから素早く飛び起きて、破れて血まみれになったローブのポケットをゴソゴソと探る。


 確かここに金貨の入ったポーチが……。


 あれ……。どこだ?


「あっははっ」


 私がバッタバッタと慌てていると、キッチンの方から快活な笑い声が聞こえてきた。


「そんなの冗談だって」


「へ?」


「あたしは、アルルが無事ならそれでいいんだよ」


 私に背中を向けて手際よく料理を進めながら、カターラさんはよく通る声でそう言ってくれた。




 ……でも、流石におかしい。




 報酬すらもらわないってなると、カターラさんからすれば私を助けてもなんの得もない。特に価値のない私なんかをわざわざ助けたってことは、何か理由があるはず。


「あの、どうしてそこまで優しくしてくれるんですか?」


 聞いた後に思ったけど、本人からすれば優しくしてる気なんてこれっぽっちもないかもしれない。なのにこんな自意識過剰なことを聞いちゃって、私は自分が嫌になる。


 と、私が鬱々と考えていると、不意にカターラさんが振り返って私の顔を見つめてきた。


「だって、可愛い子を助けるのに理由なんていらないだろ?」


 さも自然な感じでカターラさんは言った。


「かわっっっっっ……」


「そういうことさ、お嬢さんっ☆」


 カターラさんはあざとく片目をパチリと閉じてウインクをしてみせる。


「なんちゃって」


 そしてまたあざとく茶化してきた。


 この人は本当に体に悪い……。私の心臓がいくつあっても足りない気がする……。今でも毛布の中で胸がドクンドクンしたままで静かにならない。


 本当に、これだからかっこいい人は困る。


「んーまぁ、アルルは可愛いんだけど……。可愛いんだけど……」


 すると、饒舌だったカターラさんが一転して歯切れの悪い感じで話し始めた。


「体もローブも血と泥だらけで、綺麗な金髪もボサボサ。これじゃあせっかくの美人が台無しなんだよなー」


 確かに今の私の体は、可愛い可愛くない以前に酷い有様だった。死体の仮装だと言っても納得してもらえそうなくらいの酷さになってる。


「よかったらうちのシャワー使ってくれ。ってか血生臭いままいられても困る」


 確かに。


 このまま血だらけ泥だらけでいるわけにもいかない。


 拒んでも仕方ないし、ここは素直に甘えることにしたほうが良さそう。


「じゃ、じゃあ、お借りしますね……」


「うん。あ、着替えは棚から適当に選んで着ていいよー。あ、あと場所はこの部屋出て向かいの扉な」


「は、はい」


 なるべく体を痛めないようにソファからゆっくりと立ち上がって、私はリビングから廊下に通じる扉に歩いて向かう。


「い、行ってきます……」


「はいよ。傷口滲みないように気をつけな」


 カターラさんにあったかい忠告をもらって、私は綺麗さっぱりするためにリビングを出てシャワールームに向かった。

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