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奇跡の邂逅

 お母さんに見送られて、自分は人間だと言うハムスターのザイルさんと出会ってから、かれこれ30〜30分ちょっとは森の中を歩いてきた。


 けど、まだ目的地である『ミードル村』には全然辿り着けないでいた。


「こっち?」


「違う。左だ」


 私が指さした右の道ではなく、ザイルさんは私の持った地図を見て迷うことなく左だと言った。


「あ、すみません……」


「本当に地図読めないのな。さっきから全部の別れ道外してるぞ」


「地図は苦手でして……。弟のサーちゃんなら地図得意なんですけどね〜。なんでお姉ちゃんの私は読めないんでしょう……」


「……」


 本当に、嫌になってくる。


 変な血持ってるし、地図は読めないし、まともに人と話せないし……。


 私って、本当にダメな聖女だなぁ……。


 と、勝手に落ち込んでいると、胸ポケットのところから微かに子供の声が聞こえた。


「俺がいるからいいだろ……」


「え?」


「いや、俺が地図読むからそれでいいだろってことだよ」


 私の胸ポケットに収まってるハムスターのザイルさんは、ツンツンとぶっきらぼうな感じでそう言った。


「その代わり、ちゃんと歩いてくれよ。今の俺は無力なネズミなんだからな」


 確かに……。


 落ち込んでる場合なんかじゃない。


 今はザイルさんのためにも、そして聖女の宿命を果たすためにも、ちゃんと歩かなくっちゃ。


「わ、わかりました。頑張ります……」


 胸元にいるザイルさんにも見えるように地図を持ちながら、私は暗い森の中を歩いていく。


 にしても、流石に疲れてきた。


 普段から全然運動とかしてなかったから、もう息が上がってきちゃった……。


「ふぇ……ふぇっくしゅっ!」


 なんとかくしゃみの出る直前で口元に手を当てて、その中にある【竜の牙】を隠し通した。普通にしていれば可愛い八重歯に見えるってお母さんは言ってたけど、流石に直で見られたらザイルさんに言い訳できない。


 なんにせよ、早くミードル村に着いてあったまりたい。


「ん?」


 ……でも、よくよくちゃんと考えてみたら、村に行くっていうことは知らない人といっぱい会うわけで、そこで買い物をするってことは知らない人と話さないといけないわけで、そこで少しの間を過ごすってことは半人半竜であること(牙とか血とか)を隠し通さないといけないわけで。


「……」


 考えただけで嫌になってきた。


 帰りたい……。




【グルルルルル……】




 今、何か聞こえた気がした。


「ザイルさん、何か言いました?」


「なにも言ってない。あんたの腹の音じゃねーの?」


「そっ、そんなことないですっ!」


 急になにを言い出すんだこの人は。いやハムスターか。


 私がいっぱい食べる人みたいで恥ずかしいんだけど。そんなに私、丸くないよね……。


「姉さんは死ぬほど食うからなぁ……」


「ん?」


 すると、ザイルさんが何かを言ったところで、私のすぐそばの茂みがガサガサッと激しく音を立てて揺れ動いた。


「っ! 下がれっ!」


「ふぇ?」


 急に胸元から凄く大きい子供の声が聞こえてきて、思わずびっくりして変な声が出た。


 そして、私が状況を把握する前に【そいつ】は茂みから姿を現した。




【ガルルルルルッ!】




「きゃっ!」


 間一髪のところで体を動かして、すぐ横の茂みから現れた【狼】の噛みつきを回避する。正確に私の首を狙ってきていたから、あとほんの少し遅かったら、私は……。


「おいやべぇぞ……」


 束の間の安息に私が油断していると、胸元からザイルさんの焦ったような声が聞こえてきた。


 その声に釣られて私も前を見る。


【グルルルルル……】


 私の行くべき道の先には、燻んだ牙を剥き出しにした一体の獰猛な【狼】が、黒と赤の怖い色の瞳で私たちを睨んでいた。とてもじゃないけどお友達にはなれそうにない。


 ……でも、おかしい。


 この辺の猛獣とか魔物くらいの弱い敵なら、私が展開している『神聖防魔結界(セイクリッド)』の領域内には入れないはずなのに……。


「なんでこんな危険な魔物が……」


 左の胸ポケットで、ザイルさんが子供の声でボソッと呟く。


「えっ? 魔物……?」


【ガルルルルルッ!】


 私が聞こうとしたところで、その【狼】は前足の鋭い爪を剥き出し地面を蹴って私の首元めがけて勢いよく襲いかかってきた。


 あまりの俊敏さに、戦う力を持たない聖女の私は反応が遅れ……。




「ぐあっ……!」




 首からすぐ横の右肩を引っ掻かれる。


 急所は免れたけど、結構深くやられたみたいで凄く痛い……。


 それに血が止まらなくて、今来ている白いローブがどんどん赤く汚れていく。


「姉さっ……。大丈夫かアルル⁉︎」


「は、はい……。なんと、か……」


 胸元から聞こえる男の子の声に答えていると、またしてもその【狼】はこちらへ向かって襲いかかってきた。


【ガルッ!】


 今度は速さに身を任せて、姿勢を低くしたまま私を殺そうと飛びかかる一匹の【狼】。前足で鋭利な爪がギラリと光って、私は思わずすくみ上がる。


 そして、無力な聖女でしかない私の回避は、あまりにも遅くて……。




「っ……!」




 白いローブごと深々と引き裂かれて、左脚もその爪で深く引っ掻かれた。


 声にならないほどの痛みが全身を包んで、思わず私はその場に倒れ込んでしまう。


「アルル? アルル⁉︎」


 なんとか守り抜いたザイルさんが、もうすっかり汚れてしまったローブの胸ポケットで大声を張っている。


「私は……大丈夫、です……」


 左脚をやられた今、私は立つことができなくなっていた。


【ガルルルルル……】


 次、襲われたら、私は確実に死んでしまう。


 なら、ザイルさんだけでも、逃げてもらわないと……。


「クソっ……。『化身術(ファントム)』は日の出てる場所じゃないと解除できねーし……。この体じゃ武器も魔法も使えねぇ……。今の俺にできることは……。できることは……」


 それでも、ザイルさんは私の胸ポケットで何かを呟くだけ。


「このままじゃ、姉さんが……」


 体が痛いし、血も流れたまま。


 こんなボロボロの状態では、ザイルさんの声は全く聞き取れなかった。


「くっ……。ううっ……」


 やっぱり、立てない。


 左脚が痛い。


 血も止まらない。





 なにも、できない。




「……」


 一人だったらすぐに竜になって、こんな魔物一瞬で退治できた。


 でも、身内でもない他人の前で、醜い竜の姿になるわけにはいかない。それで助かっても、後々追われて討伐か処刑されるだけだ……。竜を討伐した人には一生遊んで暮らせるくらいの金貨が貰えるとも聞くし、みんなが血眼になって私を殺しに来るに決まってる……。


 私にできることは、何もない。


【ガルルルルルッ!】


 それでも、その【狼】は地面に座り込んだ私めがけて、襲いかかってくる。


 丈夫な四本の足で素早く地面を蹴って、獲物を食い殺そうと、襲いかかってくる。


 両目を怖いくらいに血走らせて、燻んだ牙を剥き出しにして、襲いかかってくる。


「っ……」


 私の体は、寒い時の比じゃないくらいに震えている。






 死。






 それがもの凄い速さで迫ってきていると思うと、目から自然と涙が溢れ、胸の鼓動が早くなる。


「ぁぁ……」


 痙攣を起こしたように震える口元から、意味をなさない無力な吐息が溢れ、私の口の中で微かに牙の打ち鳴らす音が聞こえた。


「……」




 そうだ。




 人々を助ける聖女なのに、人々を襲う竜の血をもって生まれた時から、私はこの世界で生きる資格なんて、なかったんだ。この歳まで生きることができたのが奇跡なんだ。


 お父さんも言ってた。



『半人半竜の聖女なんて、誰も求めていない』


『穢れた聖女と一緒に行きたいという勇者なんて、一人もいない』



 だから、ここで死んじゃうのは、当然のことなのかも……。


 私なんて、この世界に、いらないんだから……。


【ガルルルルルッ!】


 目の前に、怖い顔をした【狼】が迫る。


 それはまさしく、死神のように私には見えた。


 できれば、女神様の元に、連れて行って欲しいなぁ……。私、聖女だし。


 ……でも、竜じゃあ、ダメかな?


【ガウッッッッッ!】


 さようなら。


 私は、静かに目を閉じて……。






「はあああああっ!」






 突如、勇ましい女性の声が、森の空気を激しく揺らした。


【グガッ……!】


 次の瞬間には、あの獰猛な【狼】の儚い断末魔のようなものが聞こえた。


 一体なにが起こったのかと目を開くと、そこにはお腹を一本の槍で貫かれた哀れな【狼】と、その槍の持ち主らしい女の子の姿があった。


「……ぇ?」


 私はといえば……。


 まだ、生きてる、っぽい……。


 攻撃を受けた右肩と左脚はズキズキして痛いし、口からは荒い吐息が聞こえるし、ザイルさんのいる胸ポケットの辺りを触ると、速すぎる心臓の鼓動を感じた。


「まずいな……。血の匂いで奴らが集まってきそうだ……」


 あの獰猛な【狼】を一撃で倒した女の子は、槍を拾い上げながら何かを早口で言っている。


「それにあいつも……。よし」


 すると、その女の子は槍を背負ってから、ボロボロの私の方に歩いてきた。なにをするのかはわからないけど、とりあえず助かったんだからお礼くらいは言っておこうと思う。


「あ、ありが……」


「ちょっと失礼」


 と、その子は急に私の左肩と両足の膝下に腕を通してきた。


「よっと」


 いわゆる『お姫様抱っこ』っぽい格好で、女の子はリュックごと私を担ぎ上げた。


「……ぇ?」


「急ぐからちょっと揺れるけど、我慢してくれよお嬢さん」


 爽やかな口調でそれだけ言って、森の中の道を走っていく。


 私を抱えて槍まで背負っているのに、その子はさっきの【狼】くらいの速さで颯爽と木と木の間を駆け抜けていく。


「……」


 確かにちょっと揺れるけど、その揺れがなんとなく心地よくて、直接伝わってくる女の子の暖かさと一緒に、私の心をどんどん解きほぐしていく。


 悍ましい死の恐怖から一転して、私の全身は温もりと安らぎに満たされる。


「……」


 同時に、私の意識は、プツンと途切れてしまった。

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