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緊張の旅立ち

 次の日。


 私のせいで追いやられた家族のみんなが住んでいる、村のはずれにある私たちの家。その外に出てみると、今日は雲一つない真っ青な晴れ空だった。


 高いところから降り注ぐ太陽の暖かい光と、この雪国独自の冷たい空気が混ざって、外を出歩くにはちょうどいいくらいの温度になってる。


 しかも、雪国っていっても、今は雪が降ってたりとかはない。これなら歩きやすいし暖も取りやすいから助かる。


 これは、空の上の女神様が、私の聖女としての旅立ちを応援してくれてるのかな?




 ……なんて、ちょっとは思ったけど、そんなことはない。




 私は聖女であると同時に、人々の敵である【竜の血】を宿している。人々の安寧を見守る女神様が半人半竜の私のことを応援してくれるわけがない。


 竜の血を持ってる以上、嫌われ者の私は、ずっと一人で旅をしていくんだ……。


 誰にも心配されないで、誰にも助けてもらえないで、ずっと、一人で行くんだ……。


「アルル?」


 すると、私の後ろで扉が開かれると同時に、お母さんが心配そうな顔で私のところに来た。いつもニコニコしてるお母さんの、こんな顔は初めて見た。


「大丈夫? 顔色酷いわよ?」


「え、本当?」


「うん。お化けみたいに真っ白になってる」


 そう言われて、私は自分のほっぺを両手でペチペチと叩いた。


「やっぱり、一人旅なんて不安よね〜」


 お母さんは、まだシワのない右手を顎に当てて、独り言のように話し始める。


「たくさん歩くのは疲れるし、毎日寝床を探さないといけないし、下手したら野宿とかしないといけないし、ここは年中寒いから暖を取るのも大変だし、料理も洗濯も全部自分でしないといけないし、路銀もその都度稼がないといけないし、魔物なんかに襲われたら自分で退治しないといけないし……」


 私がどんどん不安になるのも気にしないで、お母さんはまだまだ続ける。


「特に、アルルは方向音痴だからちゃんと真っ直ぐ歩くのも大変そうだし、不器用だから料理なんて奇跡でも起こらない限り上手に作れないし、恥ずかしがりだから買い物とかちゃんとできるか不安だし……」


「いや、私もう18歳だし。もう子供じゃないし」


 心配を超えてバカにされてる気がしてきた。なんだか胸の辺りが熱くなってきて、言い返してやりたい気持ちでいっぱいになる。


「地図があれば道くらいちゃんと歩けるし、料理だって焼くだけならできるし。か、買い物くらい、できるし……」


「え〜? 家の中ですら何回も迷子になって、料理してみたら火事が起きそうになって、村に行商のイケメンのお兄さんが来たときは目が合っただけで顔真っ赤にして失神してたっていう、あのアルルが〜?」


 いつものニコニコじゃなくて、ニヤニヤとした意地悪な笑顔を私に向ける。


「そ、それは昔の話でしょ!」


「ちょっと前までは、怖くて夜も一人で寝れなくて私にくっついてた甘えん坊のアルルが一人旅なんて、お母さん心配だわ〜」


 この人はちょっと調子に乗るとすぐこれだ。私のダメなところというか気にしてるところをしつこく突っついてくる。もう18歳なのに! もう子供じゃないのに!


 そんなふうに心の中で思ってると、お母さんは急にその顔を俯かせた。




「本当に、心配だわ……」




 さっきまでの調子はどこへやら。急に悲しそうな湿った声でそんなこと言うお母さん。


 それと同時に雪国の冷たい微風が吹いて、私の長い金髪と白い聖女のローブを揺らす。


「でも、アルルは白明聖所(サンクチュアリ)に生まれた女の子だもんね。行かないと、いけないんだよね……」


 ……なんだか急に、私の心がきゅってなって、すごく寂しい感情で胸がいっぱいになる。さっきまでちょっと熱かったのに、今はもうすっかり冷めきってる。


「……」


 気づけば、私はお母さんをぎゅっと抱きしめていた。


 瞳から滴りそうになる涙を堪えて、口元の震えを抑えて、私は思いを吐き出す。


「怖いよ……」


 私は、私を知られてしまうことが、すごく怖い。


 聖女なのに、醜い【竜の血】も混じってること。


 聖女なのに、人々を喰らう【竜の牙】を持ってること。


 聖女なのに、大きくて怖い【竜の姿】にもなれること。


 どれも絶対に知られたくない。


 もし、旅先で誰か一人にでもに知られたら、途端に周りの人たちは私を怖がって、嫌がって……。きっと私を追い出したり、突き放したり、殺そうとしたり……。




 私は、すごく怖い。




「アルル」


 すると、女神様と間違えかねないほどの、優しい声が聞こえた。


「そんなに心配しなくても、大丈夫よ」


 お母さんは、冷たく震える私の背中をゆっくりさすってくれる。


 昔、夜が怖くて寝れなかった時にしてくれたように、優しく私を落ち着かせてくれる。


「本当?」


「うん。だって……」


 震える声で私が聞き、お母さんはこう言った。




「私のところに産まれてきてくれた子が、悪い子なわけないじゃない」




 その声は、微風の中に優しく響いて、私の心を温かく包み込んだ。


 私の中に流れる人の血も、竜の血も、今までに感じたことのないくらいに温かくなる。


「たとえ竜の血を持ってたとしても、アルルはアルル。優しい心を持ついい子に育ってくれた聖女アルルが、みんなに嫌われることなんて絶対にないわ」


 お母さんの言葉が、恐怖に満たされていた私の心をぎゅっと抱きしめる。


 気づけば、私は瞳から大粒の涙を流していた。


「……」


 私は、本当にいい母親の元に生まれたと、心の底から思う。


「どう? 落ち着いた?」


「……うん」


 お母さんからそっと離れて、私は身に纏った白いローブの袖で濡れた顔を拭う。


「じゃあ、勇者様と一緒に、悪い魔族をぱぱっと倒しちゃいなさい。それで世界を平和にして、今まで偉そうにしてたお父さんを見返してやるのよ」


 いつものニコニコとした微笑みのまま、お母さんは私を励ます。あの冷たいお父さんが私を見直すなんてこと、天と地がひっくり返ってもないと思うけど。まぁいいや。


「じゃあ、いってらっしゃい」


 微笑みの下に悲しみを隠して、お母さんは私にヒラヒラを手を振る。


 ついに、私の、聖女としての旅が始まるのだ。


 せめてお母さんに心配かけないように、私は牙が見えるくらいめいいっぱいの笑顔で別れの挨拶を告げる。


「うん! いってきま」


「あ、ちゃんと地図は持った?」


 歩み始めていた足を止めて、私はローブのポケットから地図を取り出す。


「……持ったよ」


「お金はリュックに入ってる?」


「入ってる」


「リュックの底は抜けてない?」


「ない」


「聖女のロザリオはつけてある?」


「ある」


「靴下はおんなじの履いてる?」


「履いてる」


「寝癖は……ついてないわね」


「うん」


「ローブは裏表反対じゃないね?」


「うん」


「下着はつけてる?」


「…………」


 白いローブの首元を引っ張って、私はその中を覗く。


「つけてる」


「色は?」


「黒」


「よし。大丈夫だね」


 ……絶対、最後のは聞かなくてよかったでしょ。ノリで答えちゃったけどさ。 


 そして一通り不安を吐き出し終えたのか、お母さんの質問攻めがピタッと止まる。ちょっとだけ胸の中に冷たさを感じながら、私は言った。


「じゃあ、行くね」


「うん……。頑張って……」


 私は、半人半竜の聖女アルルは、18歳の今日、勇者様に出会うため故郷を後にする。


 緊張の旅立ちは、すごく怖かっ……


「あ、あと、勇者様にちゃんと『いーれーてーっ!』って言える? 大丈夫? イケメンの勇者様に会う前に、お母さんで練習してく?」


「そ、それくらいできるし!」


 ……締まんないなぁ。

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