襲来、そして帰還
ミードル村を出発して森の中。
私たちは今、凶暴な【狂狼】に襲われていました。
【ガウゥッ!】
「邪魔」
飛びかかってきた【狂狼】を、カターラさんは何気なく一撃で葬り去る。
【クゥン……っ!】
あまりの早業に、私はなにが起こったのかよくわからなかった。
【ガルルルルル……】
そしてまた、茂みの中から一体の【狂狼】が、鋭い牙を剥き出しにして現れる。
「失せろ」
そしてまた、槍を持ったカターラさんが、一瞬でそいつを倒す。
【キャウン……っ!】
槍で倒された【狂狼】は、儚い断末魔をあげて、その体を灰へと変えて絶命した。この間、わずか3秒もかからなかった気がする。
「ん?」
突然、カターラさんが何かを感じ取ったのか、辺りに視線を巡らせ始めた。
「あたしから離れるなよ、アルル」
「は、はいっ……!」
周りは静けさに包まれて、森の中を吹き抜ける冷風の音だけが聞こえる。
と、そんな静寂を切り裂くようにして、また新しい敵が現れた。
【グルルルルル……】
誰かと思えば、またしても【狂狼】だった。
でも今度は、さっきと全然違う。
「……」
私たちを取り囲むようにして現れた、数にして十体の【狂狼】を見て、カターラさんが息を呑んだ。
さすがのカターラさんでも、この状況は厳しいということか……。
【ガルルルルルッ!】
それでも、人の心なんてあるはずもない【狂狼】たちが、無慈悲にも私たちの命を狙って一斉に飛びかかってきた。
「うっ……」
死神が鎌を振りかぶるように、たくさんの【狂狼】が牙を剥き出しにして、私を殺しにくる。
その、あまりに恐ろしい光景に耐えられず、私は思わず両目をぎゅっとつむった。
「はあああああっ!」
暗い視界の中で、勇ましくてかっこいい女の人の声だけが響く。
その次に、ザシュっ、ズバっと、鈍くて痛々しい音がいくつも聞こえてきた。
【クゥゥゥ……】
ほのかな断末魔がまばらに聞こえたのを最後に、切り裂かれた静寂が私たちのもとに再び舞い戻ってくる。
「お〜い。アルル〜」
「うぅ……」
「アルルさ〜ん」
「ううぅ……」
「えいっ」
私が目をぎゅーっと閉じて怯えていると、突然、私のほっぺに冷たいものがピトッと当たった。
「ひゃいっ⁉︎」
びっくりした私は思わずその場から飛び退いて、気持ち悪い変な声を出しながら目を開く。
見れば、カターラさんがその冷たい両手で、私のほっぺを漆黒の布ごしに触っただけだった。
「あいつらは片付けたから、もう大丈夫だぞ」
「ふぇ?」
周りを見渡しても、特になにも変なことはない。
どうやら、私が目を閉じて怯えていた僅かな間で、あの数の【狂狼】を全て退治してしまったらしい。
たったあれだけの時間で、あんな大量の【狂狼】を、たった一人で……。
「ほ、本当ですか?」
「ああ。ザイルは見てたからわかるだろ?」
カターラさんに聞かれて、私の胸ポケットから細々と男の子の声が聞こえてくる。
「……お前、本当に強いのな」
「まぁね〜。それほどでもないけど」
「あの手際、人間技じゃねーよ……」
ザイルさんがそこまで言うってことは、相当にすごかったんだろう。
「とりあえず、こいつはウザいけど怒らせない方が良さそうだな。アルルも気をつけろよ」
「え、あ、はい。気をつけます」
「あたしを腫物みたいに扱うのやめてくんない?」
でも、そんな強い人が一緒に来てくれるのは嬉しい反面、強さのわけを知ってる身としてはその強さが怖くもある……。
多分、一人になってからは、私みたいに間抜けな聖女には想像もできないような努力をいっぱいして来たんだと思う……。すごいような、悲しいような、辛いような……。
「あ」
ふとカターラさんの顔を見ると、その綺麗なほっぺからうっすらと血が滲んでいるのに気づいた。
「け、怪我してるじゃないですかっ!」
「ん? ああ、これか。このくらい大したことねぇって」
「ダメですよ。そういうのは放っておかないでちゃんと治療するべきです」
怪我してる人を見たら、聖女として無視するわけにはいかない。
私はすっと手を伸ばして、傷口に触れないよう気をつけながらカターラさんのほっぺに手を当てる。
『御身の命よ、永久に健やかなれ』
白明聖所で学生やってた時に覚えた詠唱をすると、私の手の中がぽわ〜っと暖かく光った。
そして間も無く手を離すと、さっきまでカターラさんのほっぺにあった忌々しい血と傷は完全に消え去っていた。
「はい。治療できましたよ」
私の言葉を聞いて、カターラさんが指先で自分のほっぺを優しく撫でる。
「おお。確かに治ってるな……。さすが聖女サマ、頼りになるなぁ〜」
「い、いえ……。これくらい、聖女なら誰でもできますから……」
「はっ!」
なんか急に、雷撃魔法が走ったみたいにしてカターラさんが目を見開いた。
「ってかこれ、アルルを医者として雇って病院開いたら大儲けできるんじゃね……?」
「ん?」
「治療の腕は申し分ないし、こんだけ可愛い女医さんがいたら男どもをホイホイ釣れるのは確実。そしてあたしがそこの医院長になれば診察代を……」
カターラさんは、なんかぶつぶつ言った後に、私の手をぎゅっと握って、上目遣いで私の方を見つめてきた。
「な、なんですか?」
「あたしを養ってくれ、アルル」
「え、ええぇ……?」
なんでそうなるの。
と、私が返事に困ってると、代わりに私の胸ポケットから答えが飛んできた。
「なに言ってんだバーカ。友達使って金儲けとか、お前最低だな」
「冗談だよ冗談。あたしのアルルをそんな薄汚い男どもの見せ物にするわけないだろ?」
「そもそもお前のじゃねーよ」
「おっと失礼。見目麗しい聖女アルル様は、弟君のサイダル・パーシアス様のものでしたね。失敬失敬」
「……」
仲が悪いのかいいのかよくわからない会話を経て、ザイルさんは黙り込んでしまった。でもとりあえず、私はお医者さんにされずに済みそう。患者さんをお話しするなんて絶対無理だし……。
「よぉよぉよぉよぉ」
「へいへいへいへい」
すると突然、ヘラヘラした耳障りな声と共に、薄汚れた何人かの男の人が私たちの前に姿を現した。その人全員、髪も髭もボサボサで、着ている服はボロボロだし、そのゴツゴツした手には短剣とか斧とか、物騒なものを持ってる。
「……っ!」
白明聖所育ちの田舎者の私でもわかる。
この人たちは、絶対に危ない……。
「そこのお嬢ちゃんたち。命が惜しかったら金目のもん置いてきな」
私の予想は当たったみたいで、何人かいる男の人たちの一人が半笑いのままでそう言った。後ろに控えてる他の人たちも、みんな薄気味悪い笑みを浮かべていてすごく怖い……。
「賊か……」
その男の人たちを睨みながら、カターラさんが槍を構える。
「いいか? あたしから絶対に離れるなよ。絶対だからな」
「は、は、はいっ……!」
言われるがまま、怯えるがままにして、私はカターラさんの頼もしい背中に身を隠す。
「ザイルさんも、顔出しちゃダメですからね……」
「あ、ああ……」
間違っても落っことしたりしないように、私は胸元のポケットを両手で覆う。
「ってか、ありゃぁ聖女じゃねぇか!」
カターラさんが賊と呼んだ人たちの一人が、私の姿を見て、まるで格好の標的を見つけたハイエナかのようにして、燻んだ目をギラギラと輝かせながら興奮気味にそう言った。
「マジかよ! こりゃあついてるぜ!」
「聖女は皆揃って美人だって言うからな! さっさと持って帰ってお楽しみと行こうぜぇ!」
お、お楽しみって、なんのことだろう……?
でも多分、私にとっては気分のいいものじゃないのは確かだと思う……。
「聖女は戦えねーし、相手はあのしょーもねぇ女一人だ!」
猛獣のように興奮している男の人たちの一人が、私を背に庇っているカターラさんを見てすごく嬉しそうにそう言った。
「……」
でも、カターラさんは何にも言い返さないで、じっとあの人たちに向けて槍の先端と鋭い視線を向け続けているだけ。
もしかしてカターラさんも怖くて動けないのかな……?
そう思うと、心の中にあった支えがぽっきりと折れたように感じて、急に体の震えが止まらなくなってきた……。
「弱っちい女一人くらいさっさと片付けちまおうぜ!」
「まぁまぁ待て。こっちの青髪の女も、後ろの聖女に比べたら大外れだが、せっかくだからついでに持って帰るぞ!」
「……」
「そうだな。殺すのももったいねぇしな。後で適当に捨てればいいしな」
「……」
「女はいくらいあっても困らねぇ。こんなやつでも誰かの足しにはなんだろ」
「……」
「おいおい。せっかく美人な聖女がいるんだからよ〜、そんなしけたツラの女なんて適当にしときゃいいだろ?」
「ああそうだな。俺らの狙いは聖女だ! こんな弱そうな女の一人くらいさっさグエァァァァァ……ッ!」
なんの前触れもなく、大柄な男の人が情けない悲鳴を上げながらその場からぶっ飛んでいってしまった。
「な、なんグファッ……!」
「お前らなにしガッアァァァァァッ!」
一人、また一人と、私よりも二回り以上も大きい体の男の人がぶっ飛んでいって、周りにある木の幹にビターンと叩きつけられる。すっごい痛そう……。
「や、やめゲハッ……!」
賊って呼ばれた男の人たちは、もう完全に怯えてしまっているのに、私のお友達のカターラさんはぶっ飛ばすのをやめない。
「ゲフッ……」
「グァッ……」
たくさんいた賊の人をばったばったと槍一本で倒していって、気づけばカターラさんの前に立っているのは一人だけになってしまった。
「……」
「ヒェッ……」
残った一人も、カターラさんにギロッと睨まれてブルブル怯えるばかり。
そんな隙をこの人が見逃すはずもなく、カターラさんは疾風のようにザッとその場を駆け出して一気に距離を詰める。
「く、来るなぁっ!」
対抗するようにして、男の人が手に持った斧をがむしゃらに振り下ろす。
「せあぁぁぁぁぁっ!」
もの凄く力強い掛け声と共に、カターラさんは長い右脚を勢いよく蹴り上げる。
そしてなんと、振り下ろされた斧を蹴っ飛ばしてしまった。
「うっ……」
持ち主だった男の人の手から斧がすっ飛んでいって、近くの木に深々と突き刺さった。
武器を弾き返された衝撃で賊の人がふらっとよろめいて、背中から地面にばたりと倒れ込む。
そんな無防備な相手にカターラさんが負けるはずもなく、あれよあれよと接近してその男の人の首元へ槍の先端を突きつけた。
「チェックメイト、ってな」
爽やかな声で、カターラさんが告げる。
「ヒ、ヒィ……」
死を目の前にして、賊の人は涙目になりながら情けない悲鳴をあげた。
それでもカターラさんの気は収まらないみたいで、首元に突き付けた槍をそのままにして口を開く。
「さっきテメェの仲間があたしに言ったこと、もう一回言ってみろ」
「っ……」
「言わないと殺す。言っても殺す。早くしろ」
いやそれじゃ助からないじゃないですか……。
と、私が何もできずにいると、カターラさんはちょっと怒った感じで言葉を続けた。
「あたしが弱い? しょうもない? 大外れ? 身の程も知らずに言ってくれるじゃねぇか……」
足元で倒れ込んでいる賊の人を見下しながら、カターラさんは冷酷な口調で続ける。
「……乙女の純情を踏み躙った罪は重い」
そしてゆっくりと、判決を下す。
「死を持って、償え……」
手に持った槍を振り上げて、急所へと突き立てようとするカターラさん。
あの賊の人はもう助からない。
「ダメですっ!」
……気づけば、私は叫んでいた。
「アルル?」
不思議そうな少年の声が、私の胸ポケットから聞こえてくる。
「おいおいなんでだよアルル」
爽やかな女の人の声が、私の目線の先から聞こえてくる。
「えっ……?」
「このド外道どもはアルルを襲おうとしたんだぞ? もしあたしがいなかったらアルルは今頃大変なことになってたんだからな? こんな害悪を生かしておく必要はないだろ?」
いつも爽やかな微笑みを浮かべていたカターラさんも、今は必死になって私に話をしている。
もしかしたら、私の身を案じてくれているのかもしれないけど、私には心配される価値もないから多分違う……。
「こいつらは脳みそがねーからどうせまたあたしたちを襲う。あたしたちじゃなくても他のやつから何かを奪い続けるぞ? そんな【竜】みてーな害悪は消しておくべきだろ?」
確かに、カターラさんの言ってることは間違いじゃない。
でも、だからって、納得はできない。
「殺すのは、ダメです」
カターラさんが無言で見つめてくる。
「私はまだ生きてるのでわかんないですけど、殺されるのって、多分すごく痛くて辛くて苦しいと思うんです」
「……」
「まぁ、そうじゃなくても、殺されるっていうのはすごく心が痛くなるんです」
つい白明聖所での日々を思い出しちゃって、私は泣きそうになる。
「だから、殺すとか、自分がされて嫌なことは誰にもしちゃいけないんです」
「……」
「奪われたから奪う。殺されたから殺す。そうやったら誰も幸せにならないですよ。誰かがどこかで許してあげないと……」
私が話し終えて、辺りは静けさに包まれる。
誰も何も言わないし、なんだか気まずい感じになってしまった。
「あっ、で、で、でも……。カターラさんがどうしてもと言うのなら、私はもう止めないですから……。わ、私の言ったことなんて気にしなくていいですから……」
せっかくできたお友達に嫌われたくないと思ってしまった私は、焦りながら早口でそれだけ告げた。カターラさんが私のせいで不機嫌になってなければいいけど……。
「はぁ……。仕方ねぇなぁ……」
すると、私のかっこいいお友達は、ライトブルーのウルフヘアを書きながらため息混じりにそう言った。
そしてすぐさま、汚い物を見るような鋭くて怖い目つきになる。
「喜べ。どうやら聖女サマは、テメェらゴミクズまでにもご慈悲をかけてくださるそうだ」
カターラさんのその言葉を聞いて、賊の人たちからザワザワと声が聞こえてくる。
「今回だけはあたしも見逃してやる。命が惜しければ今すぐ失せろ」
最初にぶっ飛ばされて倒れ込んでいた人たちも、バラバラとその場に立ち上がる。
「……それと、あたしのアルルに二度と手を出すんじゃねーぞ」
「「「ヒェェェッ!」」」
カターラさんが最後に放っためちゃめちゃ低くて怖い声を聞いて、あんなにヘラヘラしてた賊の人たちは人が変わったかのようにして逃げ去っていった。
「だからお前のじゃねーから……」
呆れた感じでザイルさんがボソッと呟く。
まぁ、とりあえずみんな無事でよかった。というかカターラさん強すぎ……。こんなに強いなら、たとえ【竜】でも……。
「大丈夫か? アルル」
カターラさんが私に手を差し伸べてきた。
「え?」
「怪我とかないか?」
「あ、はい……。大丈夫です……」
「ってか、怪我してもアルルなら自分で直せるか」
まぁ【狂狼】に襲われた時くらいの深い傷じゃなかったら治せなくもないけど……。
「じゃ、行くか」
あんな大立ち回りを見せた後とは思えない軽快な足取りのまま、カターラさんは颯爽と歩き出して私をリードしてくれる。
この人、王子様か何かなのかな? 女の人なのに可愛いだけじゃなくてめちゃめちゃかっこいいし……。
「どうした? 行かないのか?」
ずっと立ち止まったままの私を不思議に思ったザイルさんが、私に向かって話しかけてくる。
「あっ、す、すみません……」
「なんかぼーっとしてるぞ?」
私は本人に聞こえないように、胸ポケットのザイルさんに向かって小さく囁いた。
「その……。かっ、カターラさんが、かっ、かっ……」
「か?」
「かっ、かっこよすぎて……。つい……」
「……」
「ど、どうしましょう……。わ、わ、私は女の子なのに……。こんなの、おかしいですよね……」
「……」
と、私が自分勝手に気持ち悪いことを口走っていると、なぜか急にザイルさんがポケットの中を見て俯いてしまった。なんだか不機嫌なように見えるけど、やっぱり私が気持ち悪かったのかも……。
じゃあちょっとだけ補足しておこうかな。
「あっ、でも、私が世界一好きなのは弟のサーちゃんですから」
「……♡」
私の言葉に満足したのか、ザイルさんはちょっとだけにこっとしてポケットの中に引っ込んでいった。とりあえず良かったみたい。
やっぱり、女の子は男の子を好きになるのが普通だよね……。
でも、誰が誰を好きになってもいいと思うけどなぁ……。違うのかなぁ……。
「ってなに二人でコソコソ話してんだ?」
あまりにも歩くのが遅い私を不審に思ったのか、カターラさんがこっちを振り返って私に呼びかけてきた。
「い、いえ、なんでも……」
「にしてはそこのハムスターはなんか嬉しそうだけどな」
「べっ、べつになんでもねーし……」
「嬉しいことあったんだなぁ〜」
「う、うっせぇ……」
カターラさんがニヤニヤしながら話しかけると、ザイルさんはツンツンした態度のまんま私の胸ポケットの中に引っ込んでいった。やっぱり仲が悪いみたい。
「まぁ、でもそうだよな」
「え?」
「いやほら『奪われたから奪う。殺されたから殺す。そうやったら誰も幸せにならない』って、確かにそうだなって思ってさ」
それは、さっき私が生意気にもカターラさんに言ってしまったあれだ。
私なんかの言葉なんて聞き流してくれればいいのに、カターラさんは覚えてくれてたみたい。
「あたしはまだ若い。なのに、つまんねぇことばっかにかまけんのも、よくよく考えればもったいねぇよな」
いや……。
別にカターラさんのそれはつまんないことではないかと……。
「それよりも、今はアルルとのデートを楽しむ方がよっぽど大切だし」
「で、でーと……?」
「ああ。こんな美少女聖女サマと一緒に旅できるなんて滅多にないことだからな。楽しく行かなきゃ意味ないだろ?」
「え、ええ……」
でーとって、普通は女の人と男の人がするものじゃないの? 違うの?
まぁ、私はカターラさんとお友達でいられるならなんだっていいけど。
「俺もいることを忘れるなよ」
「わかってるって。まぁザイル少年も、気兼ねなくあたしたちのガールズトークに参加してもらって構わないからな」
「遠慮する」
あいかわらずツンツンとした態度で、ザイルさんはプイッとカターラさんから顔を背けた。
「え〜。せっかくアルルに『好きな男のタイプ』とか『初恋の話』とか『弟のことはどう思ってるのか』を根掘り葉掘り聞こうと思ってたのにな〜」
「そんなことしようとしてたんですか……」
って、聞かれたところで特に面白い話はできないんだけど。
私なんかが誰かを好きになるなんて想像しただけで失礼だし、恋なんてすごいことしたことあるわけないし……。
あでも、弟のサーちゃんのことなら無限に話せる。サーちゃんがどれだけ可愛いかってこととか、サーちゃんの寝顔が愛おしいってこととか、サーちゃんがすごい努力家ってこととか、私がいじめられてた時にサーちゃんが傷付きながら私を守ってくれたこととか……。あといろいろ。
「まぁ、聞きたくないなら仕方ないなぁ〜」
「……」
「あたし達だけで話してるから、ザイル少年はそのあったかそうなポッケの中でおとなしく……」
すると、饒舌だったカターラさんが急に黙り込んだ。さっきまで楽しそうだったその顔も、今はピリッとした緊張感を感じるようなものになっている。
「ど、どうしたんですか……?」
「……………………。何か、来る……」
「え?」
「何言ってんだこいつ?」
私とザイルさんは何にもわかんないけど、どうやらカターラさんだけ何かを感じ取っているらしい。
でも、周りを見ても木とか茂みばっかりだし、なんかの気配を感じるわけでもない。怖い魔物の【狂狼】も、さっきカターラさんがぼっこぼこにした賊の人たちの気配もしない。
カターラさんの気のせいかと思いかけるけど、あんなに強かったカターラさんが間抜けな勘違いをするとは思えないし……。
と、そんな感じで呑気に考えていると、急に、森の中を冷たい突風が不自然に吹き抜けた。
その風が、私の装備した漆黒の布を撫でて、長い金髪をバラバラと靡かせる。
「なんだただの風……」
ザイルさんが呟いた次の瞬間、それは圧倒的な力にかき消されてしまった。
【グオォォォォォォォォォォ!】
心の底から震え上がってしまうような悍ましい咆哮が、私たちの頭上で爆発して、周りの空気を一気に全部揺らした。それによって森の中の木が全部揺れて、枝先につけた葉っぱをばさばさとむしり落とされ、私たちの周りに木の葉の猛吹雪が巻き起こる。
「くぅ……」
私は両腕で顔を覆って、災害と見間違うほどのものすごい猛吹雪を耐える。
しばらくしてそれは止み、辺りはひとときの平穏を取り戻す。
でも、脅威はまだ空にいる。
「あれは……」
カターラさんが空を見上げた。
そして、沸々と黒々しい思いを滲ませながら、奴の名前を口にする。
「【血貪竜】……」
私たち人間の何十倍も大きな体をしたその【竜】は、真っ黒な体から伸びる6枚3対の翼を羽ばたかせて悠々と大空を飛んでいく。上空で奴が羽ばたく度に突風が起こり、私たちの間を吹き抜ける。
大空と大地で、ものすごく距離があるのに、ここまで突風を届けるその様は、まさに生きる災害……。
「あいつ、森ん中に降りていくぞ……?」
ザイルさんの言う通り、上空を飛んでいた【血貪竜】は何かを見つけたのか、私たちから離れた森の中に降下していった。
「あそこは、ミードル村か……?」
続けて呟かれたザイルさんの言葉を聞いて、カターラさんの体が一瞬ピクってなった気がした。
「まさかあいつ、村の連中を喰うつもりじゃ……」
ザイルさんが不安げに言う。
その次の瞬間には、カターラさんがその場を疾風のように駆け出していた。
「あっ、おい!」
慌てて呼び止めたザイルさんの声なんて一切聞かないで、カターラさんはものすごい速さで村に戻っていく。
気のせいか、一瞬だけ見えたその横顔は、酷く歪んでいるように見えた。
「仕方ない……。俺たちも行くぞ!」
「はっ! え……? あ、え、あ、はいっ!」
胸ポケットから聞こえてきたザイルさんに言われるがままにして、私はその場を駆け出す。
私の半身でもある、あの醜い竜の元へと、がむしゃらに走っていく。
頭の中をよぎった、すごく嫌な予感を拭いきれないままで……。