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出立

 私がこのミードル村に来てから、かれこれ三日が経ちました。


 本当は【(ブラッド)(・ディズ・)(ドラゴン)】っていうことを知らないとは言え、聖女のくせにこんなドジで間抜けでコミュ障な私に優しくしてくれた村の人たちとも、今日でお別れです。


 あったかい太陽のぽかぽかな光が降り注ぎ、冷たい風が私のほっぺを漆黒の布の上からサラッと撫でる。


 村の出口の門にいる私と、それを囲むミードル村の人たち。


「うしっ。ちゃんと直ってるみたいだな」


 人垣の中から、すごく機嫌の良さそうな男の人の声が聞こえてきた。


 その声の人、服屋さんの店主さんが、今の私の格好を見て満足そうな笑顔を浮かべる。


 村の出立を前にして、私は白明聖所(サンクチュアリ)から着てきた白のローブに着替えていた。あんなに血と泥で汚れていて、さらには【狂狼(マッド・ウルフ)】に切り裂かれてたのに、完璧に新品みたいに、しかもタダで直してくれた店主さんには頭が上がらないです……。


 しかもしかも『それじゃあ寒いだろ?』とか言って、ライトブラウンのオーバーコートまで譲ってくれちゃった。なんだこのイケメンは。


「もう、行くのですか……」


 私の長い金髪と、白いローブの上に羽織ったオーバーコートを(なび)かせる冷風の中に、村長さんの寂しそうな声が溶けていく。


(寂しそうって感じるのは、私の自意識過剰か……? 私なんかがいなくなって別に誰も寂しいなんて思わないだろうし……)


「え、ええ……。私たち聖女には、勇者様と一緒に魔族と戦う大事な使命がありますから……」


 すると、村の門に集まってくれた人たちの間から、可愛らしい子供達がぴょこぴょこと姿を表した。


「アルルお姉ちゃん、もういっちゃうの?」


 私の元に駆け寄ってきた女の子が、不安そうな、寂しそうな、純粋無垢なつぶらな瞳で私の顔を見上げてくる。


「アルルがいないと寂しいよ……」


「あるるさまともっと遊びたかった……」


「アルルねーちゃんどこ行っちゃうの……?」


 ある子は私のローブの掴んで、ある子は私のオーバーコートを引っ張って、ある子は私の手を握って。


 子供たちは私に向かって、寂しさに身を任せた羨望の眼差しをこれでもかと向けてくる。


「え、えっと……」


 確かに、この三日間でちょっとだけ、それこそ人様に話すほどでもないくらいには遊んだり話したりしたけど、まさかそれだけでこんなにも求められるとは思わなかった……。


 ど、どうしよう……。


 今まで嫌われていじめられてばっかりだったからどうしていいかわからない……。


「可愛いお姉ちゃんなら、このあたしがいるからいいだろ? な?」


 子供たちの視線に私が戸惑っていると、その子供たちの後ろから聞き慣れた女の人の声が聞こえてきた。


「カターラはいいや」


「え」


 村の子供たちにジトーっと見つめられながらそう言われて、カターラさんのかっこいい微笑みがくしゃっと崩れる。


「アルルねーちゃんの方が可愛いし」


「あるるさまとカターラを一緒にしないで」


「ぶっ飛ばすぞこのクソガキども……」


 古傷のある頬をピクピクさせながら、カターラさんが笑顔で手をごきごき鳴らしてる……。


「フッ」


 すると突然、メラメラと怒りを燃やすカターラさんに油を注ぐようにして、私の胸ポケットから嘲笑(あざわら)うような少年の声が聞こえてきた。


 言わずもがな、魔族に姿を変えられてしまったという、元人間で現ハムスターのザイルさんだ。


「いつも調子ぶっこいてるくせに、子供たちには手も足も出ねぇみたいだな?」


「……このハムスターはよく喋るなぁ。いっそ二度と口のきけない体にしてやろうか?」


「んだと?」


「あ?」


 なんでか知らないけど、この二人はちょっと仲が悪いみたい……。


 ザイルさんが煽るせいで、カターラさんの怖い笑顔が私の胸元にグッと近づいてくる。


「ちょ、だ、ダメですよカターラさん……っ!」


 思わず私は、両手をバタバタさせながらカターラさんを止めにかかった。


「ら、乱暴はダメです……っ!」


 この人ならまじでぶっ飛ばしかねないから怖い。まじで怖い。ほんとに怖い。


「…………って、冗談だって」


 手を鳴らすのをやめて、カターラさんはいつもの笑顔になる。


 そしてちょっとだけ楽しそうな感じでこう言った。


「そんな赤ちゃんみたいに手パタパタさせなくても、あたしはそんなことしないっての」


「あ、赤ちゃん……?」


 なんか揶揄われた気がする……。私もう18歳なのに……。


「だって知らない人と話せねーし、なんか色々危なっかしいし、一人で生きてけなさそうだし」


「……」


「あと肌もすべすべだしな」


「え? あ、ありがとうございます……?」


 そう言われて私は思わず頭を下げてしまった。


 なんか上手く(くる)められた気がする……。というかあなたも十分お肌綺麗でしょうが。なんなら金髪垂れ流しのイモくさい私よりも、ライトブルーのウルフヘアとか決めちゃってるようなお洒落上級者さんでしょうが。


「で? これからどこにいくんだっけ?」


「あ、えと……。勇者様の情報を集めるために、とりあえず『ファステレク』という町に向かおうと思ってます……」


「そっか」


 カターラさんはいつもの笑顔で、短く簡単に返事をする。


 その言葉の裏に、ちょっぴり冷たい寂しさを感じるのは気のせいかな……?


「なんと『ファステレク』ですと⁉︎」


 すると、私たちの話を聞いていたミードル村の村長さんが、びっくりしたような大声を出した。


「なっ、なにかいけないことでも、ありましたか?」


「ええ。なにやら最近、この辺りの森に【竜】が現れたらしくて……」


「……」


「種類はわかりませんが、その【竜】の影響で森の中は荒れに荒れて、今や人の通る道にも、本来は森の奥深くに生息している【狂狼(マッド・ウルフ)】のような凶暴な魔物が出現するようなのです」


 事実、私はこの村にたどり着く前に森の中でそいつに襲われているわけだし、村長さんの言葉は疑う余地がない。


 百年前に退治されたはずの【竜】が、なんで今になって現れたのかはわからないけど……。


 そして村長さんは不安そうな声で話を続ける。


「治療術や聖法術に優れた聖女様でも、戦う力を持たないまま今の森を進むのは大変危険かと……」


 村長さんの言葉はどんどんと勢いを落としていって、最後には聞こえなくなった。


 まぁ、確かに、自分達の住んでる森に【竜】が出たとなれば不安にもなる。それを助けるのが聖女の使命なんだけど、聖女はあくまでも勇者様に仕えるだけの存在。


 まずは勇者様にお会いしないと、私一人ではどうにもならない。


 で、その勇者様に出会うための道はとっても危険。


「うーん……」


 これは困った……。どうしよう……。


 私が、私の中に眠る【(ブラッド)(・ディズ・)(ドラゴン)】の凶悪な力を目覚めさせれば、竜の一体くらいはなんとかなるだろうけど、そしたら私も死んでしまう。


 処刑なんて痛くて酷いことされたくないし、どうしよう……。


「そうだ!」


 と、私が頭を悩ませていると、急に村長さんが年齢に似合わないとっても元気な声を出した。


 そしてそのまま村長さんは、紺色のクロップドトップスを着たかっこいい女の人の横に立ってこう言った。


「ぜひ、このカターラを連れていってくだされ」


「「え?」」


 綺麗に、私の高い声と、カターラさんのかっこいい声が被った。どうやら困惑しているのは一緒みたい。


「彼女は態度に少し……。いや、かなり難がありますが、それでも槍の腕は確かです。必ずや、聖女様のお力になるでしょう」


「一言余計だ」


 村長さんの言葉に対して、目を細めながら小言を溢すカターラさん。


「でもいいのか? あたしとしてはこんな美少女とデートできるんなんて願ったり叶ったりだが、傭兵が村を離れるわけにはいかねーだろ?」


 確かに。


 こんだけ物騒なら、カターラさんみたいなすごい傭兵は私なんかについてくるんじゃなくて、村の人たちのために残った方がいいに決まってる。その方が絶対にいい。


 そもそも、私なんかのために危険を冒してまで旅する必要なんてこれっぽっちもないし、私なんかは誰かに守られるほどの価値がある人間じゃない。カターラさんの綺麗な人生に、これ以上『私』という汚点を増やすべきじゃないんだ。




 ……まぁ、一緒の方が、嬉しいに決まってるけど。




 と、私の胸の中を悟ったかのようにして、村長さんが口を開いた。


「聖女様は、この世界を平和へと導く女神様に仕える素晴らしき御方。そのような偉大なる聖女様のお供とあれば問題なかろう」


「そういうもんなのか?」


「ああ、そうだとも」


「ふーん」


 村長さんの言葉を聞いても、カターラさんはなんか腑に落ちてない感じだった。


 そりゃそうだ。


 私そんなに偉くないもん。白明聖所(サンクチュアリ)で生まれたっていうだけの半人半竜だもん。


「それに……。カターラのような年頃の娘に頼り切りなのもどうかと思っておったしなぁ。村の男たちにも少しは警備とか魔物駆除を頑張ってもらわんと」


 村長さんがそういうと、服屋の店主さんをはじめとした男の人たちがみんな俯いてしまった。


 それにしても、男の人たちより強いカターラさんって……。


 なんか、言い表せないけど、かっこいいような、怖いような……。


「カターラはまだ若い。今のうちに、今しかできないこと、今しか見れないものを、今しか感じられないものを、聖女様と一緒にたくさん経験してきなさい」


 年長者特有の余裕と渋さを感じさせる声音で、村長さんは優しく微笑みながらカターラさんを諭すように話してくれた。


「なるほど。つまりあたしの初めてを全部アルルに捧げればいいのか」


 その言い方はちょっと誤解を招かないですかね……?


「ってわけらしいんだけど、どうするよ? あたしは一向にかまわないけどな」


 カターラさんが、私を見てくる。


 どうするって言われても、こんな素敵な人は私なんかといるべきじゃないし、どうせ、私についてきてもつまらないだろうし……。


 そうやって鬱々と考えていると、急にカターラさんが私の胸元に顔を近づけた。


「そこのハムスターのザイル少年はどうだい?」


「なにが……?」


「あたしについてきてほしいかどうかってことだよ」


「ふん……。勝手にしろ……」


 やっぱり二人は仲が悪いみたいで、ザイルさんはツンツンした冷たい口調でカターラさんを雑にあしらってしまった。


 でも、ここで調子を崩さないのがカターラさん。


「なんか機嫌悪いなぁ〜。もしかして、アルルお姉ちゃんと二人きりがよかった?」


「べ、別にそん……」


「なんだそうなら言ってくれればいいのに〜。両手に花よりも、一輪の白百合を愛でる方が好みだって教えてくれればいいのに〜。あたしは理解ある乙女だから二人っきりの旅路を邪魔したりしないのに〜。もぅ、飼い主に似て照れ屋さんなんだからっ☆」


「うるせぇなぁ! 黙ってついてくればいいだろっ!」


 ザイルさんは顔を真っ赤にしたまま、私のローブについた胸ポケットへと引っ込んでしまった。


 声的に10歳か12歳そこらだから、多分だけど思春期でいろいろ心の整理が大変なんだろうなぁ。私もその時期はいじめられてて死にたかったよ。うん。


「それで、アルルはどうだ?」


 漆黒の布を装備した私に向かって、カターラさんはいつもの微笑みを見せながらそう言った。


「ザイルくんはあたしについてきてほしいみたいだけど?」


「別にお前になんて来て欲しくねぇよ!」


「も〜、素直じゃないなぁ」


「だからそうじゃねぇ!」


「あはは……」


 そりゃあ私としては、魔物怖いし、聞き込み怖いし、買い物怖いし、知らない人怖いし……。ぜひカターラさんには一緒に来てほしいけど、こんな私なんかのしょうもない理由で時間を奪ってまでついてきてもらうのは申し訳ないし、私の立場がない。


 私が奪う時間を埋め合わせられるだけの対価を、私はカターラさんに差し出せない。


 私がいることによって生まれる膨大なデメリットを補うだけのメリットを、私はカターラさんに提示できない。


 私は、人を頼っていいような人間じゃない。


「やっぱり……。大丈……夫……です……」


 なんでか知らないけど、私は、今の言葉がすごく言いづらかった。


 なんでだろう……。


 これで合ってるはずなのに、なんかすごい心が冷たくなっていく。


「カターラさんに、これ以上ご迷惑をかけるわけには……」




「あー、そういうの無しでいいよ」




 すると、私のなよなよした弱っちい思いを振り払うようにして、カターラさんの声が辺りに響いた。


「え?」


「どうせアルルのことだから『申し訳ない』とか『対価が……』とか『メリットが……』とか考えてたんだろ?」


 まるで、私の心の中を読んだかのようにして、カターラさんは微笑みながら『やれやれ』みたいな感じで言った。


「そういうの、全部無し」


 って言われて納得できる私じゃない。


 人と人との関係なんて、お互いになにかしらの得がないと続いていかないものだ。


 で、お父さんは昔からよく言ってた。




 確か『お前は無益で害悪な存在』って。




 今更これに怒ったり疑問を感じたりしない。むしろこれは正しいことだ。


 だから、カターラさんの言ってることはおかしい。


 私なんかと損得を抜きぬして関わろうなんて、絶対におかしい。


「な、なんで……」


 でも、私の考えてることなんて、すごく脆かった。






「だって、あたしら友達だろ?」






 何気ないカターラさんのその一言が、私の心にへばりついた嘘をポロポロと落としていく。


 その、なんとも言えない感覚に、私は言葉を失っていた。


「あ……。もしかしてアルルはそうでもなかったか? あたしの思い込みだったか? なら忘れてくれ。あ〜、恥ずかしい〜……。勘違い恥ずかしい〜……」


 なにも言わない私を見て、カターラさんは顔を両手で覆ってわざとらしく恥ずかしそうにしている。


 にしても……。


「友達……」


 そんなもの、幻か伝説だと思ってた。


 仮に実在したとして、私には重すぎる代物だ。


 重い。


 持ちたくない。


「……」


 その言葉は、その関係は、私には重すぎる。


「……」




 けど、その甘くて危険な言葉を、私はちょっとだけ知りたいと思ってしまった。




「私は……。カターラさんのお友達でいいんですか?」


「フフッ。なんの確認だよそれっ。あたしはずっとアルルを友達だと思ってたっての」


 私の言ったことがおかしかったのか、カターラさんは口元に片手を当てて小さく可愛らしく笑った。


「じゃ、じゃあ……。カターラさんも、私のお友達、です……」


「うん。私たちは友達だ」


「……」


「……」


 死ぬほどぎこちない私の言葉を経て、私たちは友達であることがここに証明された。


 大したことのない一歩。


 それでも、私としては大きな一歩を踏み出し、私は自分の心のままに思いを告げる。


「なっ、なので……。い、一緒に、来てくれませんか……?」


 最後の方でちょっと声が裏返った。


 恥ずかしくて逃げたい気持ちをぐっと抑えて、私はかっこいいカターラさんのぱっちりとした綺麗な空色の目を見つめる。


「……その言葉を待ってたぜ」


 ニコッと微笑んだカターラさんから、そんな答えが返ってきた。


「っ! じゃあ……っ!」


「ああ。よろしく頼むな。聖女アルル様」


 出会った時から変わらない爽やかな声で言いながら、美少女傭兵カターラさんは私の手をぎゅっと握って握手してくれる。


 私の、人生初めてのお友達。


 嬉しい……。


「ぜ、ぜひ、お願いしましゅ! あっ……」


 やっぱ友達なんて嬉しくない。


 友達なんて作るもんじゃなかった。


「おう! こちらこそ、お願いしまーーーしゅっ!」


 カターラさんが私の手を握ったまま、わざと大声でそう言って意地悪する。こんな友達いらない……。


 で、それにつられて村の人たちから、しかも子供たちからもめっちゃ笑い声が起こる。あー、もうやだ……。死のう……。


「くっ、うぅ……」


 カターラさんに手を握られていて顔を隠せない私は、なんかもういてもたってもいられなくなって漆黒の布の下で唇をぎゅーっと噛んだ。


 でも布で顔を隠せていてよかった。こんな真っ赤っかの顔なんて見せられないし……。本当によかった。


「じゃあ、行くか」


「……」


「悪かったって。機嫌直してくれよ。な?」


「……」


「……」


「……」


「なぁ、ザイル〜。アルルが拗ねちゃったよ〜。助けてくれよ〜……」


「知るか」


 こうして私は、ミードル村の美少女傭兵(笑)の『カターラ』さんと一緒に行くことになったのでした。


 もっと滑舌良くしておこう……。


 あー、恥ずかし……。


 やだやだ死にたい……。

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