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忌まわしき竜の血

 頬を赤く染めて恥ずかしがる女性って可愛いですよね?(きっしょ……)

 と、いうわけで『恥ずかしがりな可愛い聖女さん』がひたすらに顔を赤くしてあわあわしながら、なんとか勇者様のパーティに加入するまでのお話を書いてみました。

 お手柔らかにお願いします。

 今、私の胸は、いつも以上に鳴っている。


 生まれてからずっと過ごしてきた私の部屋は、私以外に誰もいなくて、家の外で吹く夜風の音が微かに聞こえるくらいの静かさに包まれてる。


 そもそもこの家自体が、村のはずれにある森の奥深くにあることもあって、自分の胸が忙しなくドクドクする音がよく聞こえる。


「はぁ……」


 いつかは来るとわかっていた時が、ついに来てしまった。


 明日は、私の18歳の誕生日。


 そして、()()としての旅立ちの日だ。


「……」


 でも、本当に、私なんかにできるのだろうか……。


 世界の平和を脅かす魔族に対抗する勇者様のお供なんて、私なんかにできるのだろうか……。


「っ……」


 不意に胸のドクドクが早くなった。


 怖い。


 私は、()()()()を知られてしまうことが、すごく怖い。




 コンコンコン。




 すると、私の部屋の扉が優しい音を立てた。


「アルル〜。ご飯できたわよ〜」


 扉の向こうから、お母さんの声が聞こえてくる。


 その声は相変わらず間延びしてて、締まりがなくて、あったかい。


 まぁ、それを聞けるのもあと少ししかないわけだけど。


「はぁ〜い……」


 扉越しに返事をしてから、私はちょっと憂鬱な気分で、一階のリビングに降りていった。



 ❇︎



 天井から吊るされた火炎(フレイム)式魔導灯(・フォーミュ・ランプ)のシャンデリアが照らす一階のリビング。そこにはいつもと変わらない光景が広がっていた。


 部屋の真ん中に置かれたドラールウッドの立派なテーブルでは、椅子に座ったお父さんが気難しそうな顔つきで、いつものように、表紙だけで難しそうなことがわかるような分厚い本を読んでる。


「待っててねアルル。今並べちゃうから」


 優しい声が聞こえた方を見ると、可愛い花柄のエプロンをつけたお母さんがキッチンからリビングに出てきた。手には花柄のミトンを着けていて、大事そうに温かそうな容器の取手を両手で持っている。


「今日はアルルの好きなブラッドソーセージのシチューよ」


 にこやかな表情でそう言いながら、お母さんは手に持ったシチューボウルをテーブルに置いて、被せてある蓋をそっと持ち上げた。


 すると、その器の中から途端に白い湯気が立ち上って、一瞬にして辺りをクリーミーな香りがふわっと包み込む。


 私は、昔からこれが大好き。


 ものすごく手間がかかるはずなのに、お母さんは私のために何回も作ってくれた。私が作ると絶対にお鍋が爆発しちゃうのに、お母さんはいつも美味しいのを作ってくれた。


 料理すらまともにできない私なんかのために毎日作ってくれて、本当に感謝してる。


「あ、ありがとう……。お母さん」


 私はシチューの入ったボウルの前に座ってそう言った。それに対して、お母さんはニコッと笑って返してくれる。


 私は、本当にいい母親の元に生まれたと思う。


「……相変わらず血生臭い料理だな」


 テーブルを挟んで私から対角線上に座るお父さんが、手に持った本を読みながら小さくそう言った。


「まぁ、醜悪な【(ブラッド)(・ディズ・)(ドラゴン)】が喰らうのなら、それも関係ない、か。お前は血を喰らわなければ生きられないのだからな」


 途端に、私の心が冷たくなっていく。


 大好きなお母さんが作ってくれた温かいシチューが目の前にあるのに、私の心は風が吹いたみたいに寒くなっていく。


 きっと、今日でしばらくは食べられなくなる。だから、熱いうちに食べたいのに、私の手は白いローブに包まれた膝の上で握られたまま動かない。




 ガタンッ!




 いきなり大きい音がして、私はビクって飛び上がった。


 見れば、お父さんの前にお母さんが乱暴にボウルを置いたらしい。


「どうぞ。ソーセージは入ってませんから」


 私には一回も見せたことのないような怖い顔をして、お母さんはお父さんを睨みながら言った。けど、お父さんはビクともしなかった。


 それからお母さんはキッチンに行って、私の前に置かれたのと同じボウルを持って私の隣の席に置く。


「じゃあ、食べましょうか」


 両手で椅子を引いて、お母さんは微笑みながら私を見てそう言った。


「あ、うん……」


 私がちっちゃい声で返事をして、お母さんは私の隣に座る。


 四人用の食卓に、三人。




 今日も、私の前の席は空いたままだった。




「いただきます」


 行儀良く、お母さんが言う。


「いただきます……」


 それに合わせて、私も言う。


 チャキチャキ、カチャカチャと食器の鳴る音が静かに響いて、暖炉の火で温められたリビングの空気を震わせる。


 私は鉄のスプーンを手に取って、目に優しい乳白色のシチューを掬った。そして持ち上げたそれをふーふーして十分に冷ましてから、口元へと運んでいく。


「【牙】を出すな」


 すると、私が口を開いたところで、なんの前触れもなくお父さんが私に向かって大きな怖い声を出した。


「ご、ごめんなさい……」


「はぁ……。とはいえ、殺戮しか脳のない【(ブラッド)(・ディズ・)(ドラゴン)】が行儀を覚える方が無理な話、か……」


 それだけぼそっと言って、お父さんは私から興味を無くす。


 ……私は、本当にダメだ。


「ま、そもそも子が行儀を教わるはずの父親の行儀がなってないんだから、無理もないわね〜」


 お母さんが微笑んだまま、嫌味っぽくお父さんにそんなことを言った。


「ここは家の中なんだから、気にしなくてもいいのよ」


 そして次には、優しい声ニッコリ微笑みながら、私にそう言ってくれた。


 こんな私に優しくしてくれるお母さんは、本当に凄いと思う。


「……」


 俯かせていた顔をあげると、私の視界にあるものが写った。


「……ねぇ」


 私は、お母さんに聞く。


「どうしたの? アルル」


「あの……。サーちゃんは……まだ部屋なの?」


 私の向かいにある、不自然に空いた椅子を見ながら、私は聞く。


「……うん」


 お母さんは悲しそうに、苦しそうに言った。


「どうやら、俺が家を空けていた半年前からずっとあの調子らしいな?」


 すると、急にお父さんが冷たい感じで話し始めた。相変わらず怖くて、冷たくて、とてもじゃないけど家族と話すような態度には見えない。


「あの子はずっと『化身術(ファントム)』の実験をしてるみたいよ。自分を犬にしたり猫にしたりトカゲにしたりハムスターにしたり……。あと、日光がどうとかって……。何が目的なのかはわからないけど……」


「あのクズにそんな高等な魔法が制御できるわけがない。何を無駄なことを……」


 お父さんのその言葉を聞いて、私の心はより冷たくなる。たとえお父さんでも、私のサーちゃんを悪く言うのは許せない。


 そんなことを沸々と思っていると、お父さんが大きなため息をついた。


「はぁ……。まったく、サイダルといいアルルといい、本当にこの家にはロクでもない子供しかいないんだな」


 心の底からがっかりしてる様子のお父さんが、大きな声で独り言を言った。


「あなたっ……!」


「我々『パーシアス家』は、大聖女の血を引く者たちが住むこの村『白明聖所(サンクチュアリ)』の中でも特に神聖で清廉な一族だ。我々『パーシアス』の一族は、人々を脅かさんとする【魔族】どもへの抑止力となる優秀な聖女を輩出しなければならない使命がある」


 お父さんは抑揚のない冷たい声で続ける。


「だが、そこの娘はどうだ? 聖女として大前提の資格である『女』に生まれたのは不幸中の幸いだったが、その体には人間の敵である【(ブラッド)(・ディズ・)(ドラゴン)】の血が色濃く顕現しているではないか」


 それを聞いて、私の胸はドクドクと酷い音を立て始める。


「今は小綺麗な人の姿をしているが、さっきの口の中の醜い【竜の牙】が紛れもない証拠だ。鮮血を貪るにはとても適した鋭利な【牙】がな」


 お父さんの言う通り、私の歯は、みんなと違ってすごく尖っている。


 お母さんは『普通にしていれば八重歯みたいで可愛い』って言ってくれたけど、こんな怖いものを見て良い気分になる人なんていない。


 だから私はこれまで牙に気をつけて、なるべく下を向きながらご飯を食べていたけど、今日は失敗してしまった……。


「お前が【(ブラッド)(・ディズ・)(ドラゴン)】の血を有しているせいで、俺は村の一頭地からこんなはずれの土地に追いやられた……。心底迷惑な話だ……」


 お父さんは私への言葉を止めない。


「古来から【竜】は魔族の強力な手先として、人間を攫い、喰らい、殺す、いわゆる邪悪な存在として忌み嫌われてきた」


 そう。


 それはどこも間違っていない。


 実際の歴史でも、どこの国でも、いろんな人が書いたお伽話でも、竜はいつだって悪者。東方の国で言うところの【鬼】みたいなものなのかな。


 みんなに嫌われて、怖がられて……。お友達もできないまま、斬られて撃たれて、殺される。


「…………おそらく、竜と恋に落ち、あろうことか(つがい)になったと言われる愚鈍な先祖の残した血が、今になって偶然お前の身に顕現したのだろうな。全く……。竜と共存しようなど、先祖の低能さには言葉もないな……」


「……」


「己の淫らな恋慕(れんぼ)に強欲な(けだもの)が……。少しは子孫のことも考えられんのか……」


 パーシアス家の本家に名前があるプライドの高いお父さんは、村に語り継がれてきた異質なご先祖さまや、私に向かってチクチクと鋭い言葉を向ける。


 それでも、私が言い返せることは何もない。


 私が竜の血を濃く宿している。つまり、私が【竜の姿】になれるのは本当のことなのだから。


「かつて、とある勇者と白明聖所(サンクチュアリ)を拓いた大聖女が、一生をかけてこの世界に存在する邪悪な竜を全て駆逐したことにより、今この世界に竜はいないはずだが、人間が竜を嫌う心情は変わらない」


「……」


「そいつらに大事なものを奪われた人間は少なくないからな」


「……」


「いくら人間の希望である聖女とはいえ、半人半竜の聖女など誰も求めていない。そんな奴に魔族を倒してもらおうとも誰も喜ばない。当然、そんな穢れた聖女と共に行きたいという勇者など一人もいない」


「……」


白明聖所(サンクチュアリ)の外で竜の姿にでもなってみろ。お前は即刻【処刑】だ」


「……」


 処刑。


 たったそれだけの言葉が、私の心に深々と突き刺さる。


「しかしこの村では、女神の使いである聖女を人として育てなければ、女神から罰が降る。故に俺はこの世からお前を抹消することもできない」


「……」


「で、ただでさえ失敗作の聖女に手を焼いていると言うのに、聖女の資格もない男の性を持ったあいつは次代の聖女を作るための妾も探そうともしない。これをロクでなしと呼ばずなんと呼べと?」


 お父さんは何も疑うことなく、何も躊躇うことなく、はっきりとそんなことを口にした。


 ……世の中のお父さんって、みんなこんな感じで冷たいのかな。


 それとも、たまたま私のお父さんが冷たいってだけなのかな。


 友達も知り合いもいない竜の私には、わからない。村の学校では、血のことでいじめられてたし……。


「まぁ、こんな血生臭い聖女も、明日にはこの家を旅立つのだからどうでもいいがな」


 最後にそれだけ言い捨てて、お父さんは私から興味をなくす。


 冷たい言葉が聞こえなくなると、また食器の音が温かい空気を震わせる。


「……」


 そう。


 明日、18回目の誕生日を迎える私は、平和を脅かす魔族に対抗する勇者様のお供をするために旅に出る。これは、ここ白明聖所(サンクチュアリ)に生まれた女の子の使命。だから絶対に従わないといけない。


 私は、家を出ないといけない。


 だからしばらくは食べられなくなる(もしかしたら最後になるかもしれない)お母さんのご飯を、美味しく食べたかった。




 なのに、その日のご飯は、全然味がしなかった。




 血を食べるために発達した【(ブラッド)(・ディズ・)(ドラゴン)】の牙で噛み締めても、全然、しなかった。

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[一言] うわ…このお父さん最低…早く禿げればいいのに…
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