雨のバス停
家から自転車でおおよそ5kmの距離にある高校へ、僕は通学していた。
初夏、雨の日は決まって家からすぐそばのいつものバス停から、いつもの時間にバスに乗り、
たくさんの乗客にまみれ、その他大勢のひとりとして5kmの時間を過ごしていた。
他愛もないその時間には、窓に流れる変わらない景色だけが、雨の日にみる特別な日常だった。
卒業間近のある日、家のポストに投函されていた手紙があった。
手紙の内容は、
~雨の日にしか、会えないあなたへ~
というもの。
告白のラブレターでもなく、日常の1ページでしかない、雨の日の物語がそこにあった。
宛名もない、顔もわからない、けれどそのやさしい手紙の思い出を今でも覚えている。
雨の日の出逢いはいくつかある。
白い愛猫との出逢い。
濡れた体で、かぼそい鳴き声の君がすり寄ってきた。
僕はその子を保護し、ふたりで暮らしている。
今夜は雨音がやけに心地よく、振り返る思い出に酔いしれながら僕はうたた寝をしていた。
気が付けば今はあるはずのないバス停に立っていた。
そうだ、雨の日にだけ乗っていたあのバス停。
懐かしい感覚だけで、何も不思議とは思わなかった。
あの時と同じようにバスがやってくる。
手をあげ乗り込んだ車内は、僕だけだった。
バスの進行方向、後ろから3番目のひとり席に座る。
当時のままのバスや車窓から見る流れる景色は、セピア色をしている。まるで映画のようだ。
ほどなくして、セーラー服の女子高生がバス停で傘をさし手を上げていた。
記憶にはないその姿に、なぜか安らぎに似た感覚を覚える。
彼女は運転手の後ろ2番目の席に座った。
その瞬間、長い髪のポニーテールが揺れる。
赤いリボンがやけに色を増していた。
次は目的地のバス停。
ふたりだけの車内で僕はブザーを鳴らす。
バスを降りるとき、さりげなく横目で彼女を見下ろした。
窓の外を見ていた彼女の横顔は確認できたが、結局顔はわからなかった。
発車するバスの中から、振り返る視線があった。
僕は、手紙の差出人だと直感した。
夢の中の映画鑑賞は、強く降り出した雨音でかき消されるように、僕は目を覚ました。
僕の腕のそばに、愛猫が寄り添い寝ていた。
僕は思わず声をかけた。
『君だったんだね!』
ムクッと振り返るその視線は、まぎれもなく彼女と同じ視線。
子猫だった君は、赤いリボンの首輪をしていたんだよね。
出逢った場所は、雨のバス停だった。