ep5<持たざる者の回想①>
更新頻度が遅い割に短いですが投稿させていただきます。
「アラムさんがマギサさんと出会った時のこと、教えてもらってもいいですか?」
少女の口からようやく発せられた問いにアラムは一瞬、大きく目を見開いた。
青年の表情が先ほどまでの穏やかなものから変わったのに気がつくと、ノアは急いで弁明する。
「あのっ、すいません!アラムさんもマギサさんに拾われたって聞いて気になって...その、不快になったならごめんなさい!」
「ああ、すまん。少し驚いただけで、別に怒ってなんかないよ」
その大きな金色の瞳を滲ませて慌てふためく少女をなだめながら、アラムは十年前のことを思い出していた。
喪失と再生。一人の少年が全てを喪い、今の彼へと至ったあの夜のことを。
ノアを安心させるために出来るだけ柔らかな表情に戻り、小さく息を吐き出したアラムはゆっくりとその口を開いた。
「別に特段隠すようなことでもないんだ。この大陸の歴史にも関わるし、少し長くなるけど付き合ってくれ」
*
マギサとアラムが出会った直接の理由、すなわち十年前の動乱について語るにはアストラ帝国の歴史を遡らなければならない。
遠い昔、この世界に存在していた科学という文明。
その崩壊と共にアストラ帝国、そして星導式は生まれた。
人類にとって全くの未知であった星導式が受け入れられ、新興国アストラが広大な世界を支配する超巨大国家にまで至ったのは大きく二つの理由がある。
一つは資源を使い潰し、度重なる戦争によって疲弊しきった人類には、限界を迎えた科学に代わる新たな叡智が必要であったということ。
そしてそれを上回る二つ目の理由こそ、帝国の建国者であり、星導式の始祖でもある初代皇帝アストラスの全知全能と呼ぶに相応しい権能であった。
大陸を繋げ、世界地図を書き換え、もはや生命の生存そのものが危ぶまれるほど汚染されたはずの大地をその力によって浄化した星帝を名乗る存在。
生き残った僅かな人類には、突如として現れたこの全能者に縋る以外の道はなかったのだ。
アストラスとそれに付き従う人々によって建国されたアストラ帝国は瞬く間にその勢力を拡大した。
星帝によって人為的に繋げられた大陸内に存在していた国々はもはやアストラに対抗する手段は持ち合わせておらず、続々と属国となっていくのだった。
*
「そんなこんなで、アストラ帝国はこの世界で最も力を持った国家に発展した。それから二千年もの間、この超巨大国家はアストラスの子孫達によって統治されてたんだとさ」
「...なんだか、おとぎ話みたいな話ですね」
「その認識は多分間違ってないよ。大陸を動かして新たな世界を作る王様なんてそれこそ神話みたいなもんだしな」
アラムは少女にこの世界の成り立ちを話しながら、空の雲を眺める。
正直な話、自分の知る歴史というものを彼もあまり信じてはいない。
絶えず形を変えるあの雲のように、人に語られる過程で姿を変えるのが歴史というものなのだろうと青年はぼんやりと思想しながら話を続けた。
「それ以降のアストラ帝国の歴史は長い間ずっと平和だったらしい。始祖であるアストラスが死んだ後も、その血を引く歴代皇帝たちはその権能を受け継いでこの大国を見事にまとめ上げたんだ」
「権能? 皇帝さんたちはどんな力を持っていたんですか?」
「俺も詳しくはわからないが、どうやら歴代の皇帝たちには未来が見えていたらしい。これから何が起こり、どう動くのが最適解なのかを読み取ることが出来たんだってさ」
未来を見通す力を持つアストラスの血族は『星読みの民』と呼ばれ、この広大な大陸におよそ二千年の平和を築きあげた。
歴代皇帝たちはその誰もが、始祖から受け継がれる力によって、どの時代でも優れた治世を実現したとされている。
それ故にその血が途絶えるということが人々に与えた影響も大きかったのだ。
「でも、アストラ帝国は崩壊してしまったんですよね。未来を見通せたのなら、なんで...」
少女の疑問符は至極真っ当なものだった。
未来を見通せるというなら自らの死後、帝国が分裂する未来も知り得ていたはずだからだ。
しかし、結果として全能の王は死に、それに導かれる世界はこうして終わりを迎えた。
「最後の皇帝が何を見て、どんな考えを持って死んだのかは分からない。ただ、何事もなかったはずのアストラの歴史が狂い始める兆しは最後の皇帝の死よりも前に現れていたとされているんだ」
そこまで言葉を紡いで、アラムは遠い日の母とのやりとりを思い出す。
幼い自分に時折見せていた悲しそうな表情と、まるで懺悔のように繰り返された言葉を。
「二百年ほど前、星導式を扱うことのできない人種がこの大陸に生まれたんだ。人々は彼らをアバンドラと呼んだ」
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筆が遅いですが、少しずつ投稿できればと考えています。