ep4 <出会い、廻る歯車②>
今回は短めですが、続きです。
カラカラと車輪の転がる音が響く。
溢れんばかりの荷物を積んだ荷車が、暖かな午後の風が吹く平原を進んでいた。
「しかし、本当にここはなんもないな。右を見ても左を見ても草ばっかだ」
そんな愚痴をこぼすアラムの隣を闊歩するのは、彼の親友でもある巨大な白い獣。
もはや小屋と呼んでも差し支えがない大きさの荷車を難なく引きながら、コハクと名付けられた獣は悠然と青年の隣を進んでいる。
普段はアラムが乗っているはずの白い毛皮で覆われた背中から、青年よりも小柄な影がひょっこりと現れた。
その空色の長髪を風に揺らしながら少女は申し訳なさそうに続ける。
「あの、やっぱり変わります!私の方が後から来たのに、アラムさんを歩かせるなんて...」
「だから気にすんなって。こんな生活を十年以上も続けてきたからな、こんなのは慣れっこだ。それに、自分が楽をして女の子を歩かせたなんてバレたら、俺がマギサに殺されちまう」
「でも...」
「それに、コハクも随分ノアさんを気に入ったらしいからな。きっと俺よりも乗せごこちがいいんだろ」
こんなやり取りを何回繰り返しただろうか。
ノアが旅に加わってはや三日、青年と少女の会話はずっとこんな調子だった。
それが記憶喪失からくるものなのか、それともこの少女の気質によるものなのか、ノアは過剰なまでに他者を尊重する。
まるで小さな赤子が生まれて初めて別の生き物に触れるかのように、彼女は他者に対して時に臆病さすら感じさせた。
それ故に年齢の近いアラムも、同性であるマギサも、この少女との距離をなかなか縮めることが出来ずに今日に至る。
『いい機会だ、今日中にノアと打ち解けろ。お前も少しは女性との接し方を学ぶべき歳だろう』
朝に寝不足の星導師から告げられた難題を思い出しながら、青年は小さくため息をついた。
当のマギサ本人は見事なまでの昼夜逆転生活のせいで、そそくさと荷車の中に引きこもってしまった。
結果としてここにいるのはアラムとノア、そして彼らを運ぶコハクだけである。
(余計なお世話だっつうの...実際、年の近い女の子となんて話したことないけど)
青年は頭の中でそんな悪態をつく。
大陸を統べる四大勢力のどれにも帰属せず、あちこちを転々とする生活を続けてきたアラムには、知り合いは居ても親しい間柄の人々は決して多くなかった。
拠点が変われば関わる人間も変わり、そこで出会った人々と親しくなる前に別れが訪れることも珍しくはない。
人と話すこと自体はむしろ好きだったけれど、日常的に話す相手が同行者の一人と一匹しか居なかったこの青年には、初対面の異性と直ぐに打ち解けるほどの経験値はないのだった。
「あの...」
「ーーっと、すまん、何か問題でもあったか?」
「いえっ、あの、その...」
どうしたものかと思案する青年を現実に引き戻したのは控えめな少女の声だった。
よほど人と話すのに慣れていないのか、向き直ったアラムの問いにあたふたした後、ノアはようやく口を開いた。
「私、二人に出会う以前の記憶がなくて...ここがどこで、お二人がどこに向かっているのかも判らないんです」
「おっと、それは悪かったな。ちょっと待っててくれ...」
配慮が足りなかったことを少し悔やみながら、青年は背負っている鞄に手を突っ込む。
ゴソゴソと中を漁り、探しものを見つけると、それをコハクの背に乗っているノアに手渡した。
「ほら、地図があった方がわかりやすいだろ?」
「...アストラ...大陸?」
「そう、それがこの大陸の名前。ここを治めていた帝国の名前が由来らしい。十年前に皇帝が死んで、跡取りもいなかったから分裂しちまったけどな」
金色の瞳で地図を眺めて疑問符を浮かべる少女に、アラムはこの大陸の成り立ちを説明し始める。
「いま俺たちはこのアルタイ平原を北に向かって進んでる。行き先は魔煌山グランディア、大陸で大きな影響力を持つ四大勢力の一つだ」
かつてこの広大な大陸を支配し、栄華を誇ったアストラ帝国。
科学文明が滅び星導式が取って代わった新時代において、二千年もの間君臨し続けたこの国の終わりは、皇帝の血縁が途絶えるという極めてありふれたものであった。
全知全能と謳われた神祖アストラスの血を失った帝国は多くの血が流れた動乱の末、特に影響力の強かった四つの勢力に分裂することになった。
騎士団領パラディス、竜神境ドラグマ、魔煌山グランディア
そして星導院メビリオン。
この四大勢力による拮抗状態により、仮初とはいえ再び平穏と秩序が築かれて今に至る。
「俺たちの旅は基本的には自由気ままだが、人探しっていう一応の目的もある。人を探すなら情報も人間も多い方が効率的だから、四大勢力やその保護下の大きな町を行き来することが多いな」
「知り合い? 一体誰を探してるんですか?」
「俺も詳しくはわからんが、マギサの古い友人らしい。あれでもマギサは、帝国にも名前が通ったほどの星導師...って言ってもわかんないか。まあ、偉い学者みたいなもんだったらしいから、その頃の知り合いなのかもしれないな」
移動手段に商業、果ては軍事産業に至るまで、いまや星導式は世界のさまざまな分野に浸透している。
そのルーツでもあるアストラ帝国は、星導式の担い手である星導師の育成に力を入れてきた。
今では四大勢力の一角でもあるメビリオンは星導式の開発と管理を行うための機関であり、マギサはそこでも指折りの星導師だったそうだ。
「星導式については説明するよりも実際に見たほうが早いんだが、いかんせん俺は何も使えないんだ。あとでマギサに見せてもらってもいいと思うし、大きな街にでも行けば嫌でも見ることになるとは思う」
「あの...もう一つだけ、聴いてもいいですか?」
「もちろん。何が聴きたい?」
アラムの快い返答を受けながら、少女は口を開くことに僅かに迷いがあるようだった。
数秒間の沈黙の後、ノアは意を決したようにその金色の瞳を青年へ向けた。
「アラムさんがマギサさんと出会った時のこと、教えてもらってもいいですか?」
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