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星の導く世界の果てに  作者: 暇な凡人
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ep1 <少年は青年となりて①>

仕事の都合で更新が遅くなってしまい申し訳ございません。筆は遅いですが書き続けていこう思いますのでお付き合いください。

 吹き抜けた風がアラムの適当に切り揃えられた灰色の髪を優しく撫でる。

 

 青年が目を開けると眼前にあったのは燃える炎でも瓦礫の山でもなく、一面に広がる緑の平原と青い空だった。

 

 大きく欠伸をしながら目元を擦ると、服の袖が小さく濡れている。

 自分が涙を流していたことを悟ると、彼は僅かに顔をしかめた。


「...流石に情けねえな、これは」

 

 自嘲気味にそう呟く。人間の記憶というのは厄介なもので、思い出したくないと願えば願うほど簡単には忘れることができない。


 少年だった彼がこうして青年へと成長するほどの時間が経ったというのに、アラムはあの夜のことを度々夢に見るのだった。


「グァゥ」


  前方から聴こえたそんな唸り声と共に、白い毛皮に覆われた大きな頭部が持ち上がる。

 

 鋭い牙が生え揃った口からごろごろと音を立てながら、巨大な虎のような獣がその力強い瞳で青年を見つめていた。

 彼が眠っていたのは慣れ親しんだ獣の背の上だったのだ。


「悪い、コハク。お前の背中が心地良くて眠っちまってたみたいだ」


 柔らかな毛で覆われた背中を撫でてやると、コハクと呼ばれた獣は耳をピコピコと上機嫌に動かした。

 その大きな体躯に似合わない小動物のような仕草に、青年も頬を緩ませる。

 

 コハクは人間の言葉を理解する高い知能と大人十人はゆうに超えるほどの怪力を持ち、アラムを背に乗せながら、水や食料、野営のための天幕まで積んだ荷車を難なく引きながら悠然と草原を進んでいく。

 

 青年の旅路において、この獣の果たす役割は非常に大きかった。

 

「居眠りした挙句に余計な心配までかけちまったら世話ないよな。まあ、俺が寝ててもコハクはしっかり者だから、大して問題ないんだろうけどさ」


「まったくだ。コハクの世話を頼んだというのに、これではどちらが世話をされているのかわかったものではないな」


 予想外の返答に青年が振り向くと、荷車の上からこちらを見る女性の姿があった。

 

 規則性のある六角形の紋様が描かれた深緑の外套に身を包み、透明な結晶で出来た龍の装飾が施されている杖を片手に携えている彼女は、後ろでまとめられた金髪を風に揺らしながら佇んでいる。

 

 魔女のような怪しげな服装をしているが、整った顔立ちや外套の上からでもわかる女性らしい豊かさを持つ身体の曲線から成熟した美しさが見てとれる。


「なんだ、マギサ。起きてたのか」


「まるでいつも寝ているような言い方をするな。私は私でやることがある」


「別にそんなこと思ってねえよ。ゆっくり休んでくれていいのにって思っただけだ」


 マギサと呼ばれたこの女性こそ、コハクの主人であり、この旅の中心人物だった。

 あの日、両親を失って身寄りのないアラムを保護し、それから十年ものあいだ見守ってきたのも他ならぬ彼女だ。


「心配には及ばないよ。それより、次の街まではあとどのくらいかかりそうなんだ?」


「そうだな、あと五日ってとこかな」


 恩人の問いに答えながら、青年は胸元から地図を取り出す。

 そこには十字の形をした広大な大陸の姿と『アストラ』の四文字が描かれていた。


   *


 遠い昔、科学と呼ばれた文明は終焉を迎えた。

 

 人類の度重なる戦争によってばら撒かれた毒は海を濁らせ、土を汚染し、もはやこの星に生命を育むことのできる土壌はなくなった。

 

 かつて最も繁栄し、万物の霊長を名乗った種族は、皮肉にも自らが生み出した力によって滅亡の危機に立たされることになる。

 

 そうして数多く存在した国家はそのほとんどが崩壊し、莫大な数の人間が死に絶え、その歴史に幕が降ろされようとしていた時、どこからともなくアストラスと名乗る一人の男が現れる。


 

 アストラスは神の如き異能の力を用いて、汚染された大地を修復し、海から毒を取り除き、大陸すら動かして世界そのものを創り替え、死を待つばかりだった人類を救った。

 

 生き延びた人類はアストラスを救星主と称えて付き従い、彼は自身を皇帝とするアストラ帝国を築き上げると、人々にその異能を分け与えたのだった。

 

 その名を星導式。

 神祖アストラスが人類に授けた新たなる叡智であり、星を流れるエネルギーであるマナを用いて神の奇跡を再現するための術式である。

 

 こうして生まれた全く新しい文明は帝国が領土を広げるのと共に、再生した世界の隅々にまで伝播していくことになった。


   *


「しかし、皇帝の血が途絶えた途端に分裂するなんて薄情というかなんというか。三千年も同じ一つの国だったんだ、みんなで仲良くすりゃいいのにな」


 日が沈み始めた草原の上で、地図を眺めながらアラムはそんな独り言をこぼす。

 古びたそれに描かれているアストラ帝国という国は、厳密にはもう存在していない。

 青年の言葉が示す通り、新時代において栄華を誇った超大国は十年前に四つの勢力に分裂したのだ。

 

 帝国の精鋭部隊だった星騎士団を擁する騎士団領パラディス。

 鉱物をはじめとした豊富な天然資源を用いて、アストラの産業の中心だった魔煌山グランディア。

 建国初期より代々竜人と呼ばれる亜人種が護り続けてきた竜神境ドラグマ。

 新たな星導式の開発と管理、そして帝国の柱ともいうべき星導師の育成を担ってきた星導院メビリオン。

 

 帝国の中でも特に強い力を有していたこれらの勢力はアストラが崩壊した後に独立し、それぞれが互いを牽制する形で現在は均衡を保っている。

 小さな村や街はこれらのいずれかの保護下に降り、この十年の間は四大勢力による緊張状態が続いているものの、大陸には一応の平穏が維持され続けていた。


「アストラは確かに統一された一つの国だったが、そこに住まう者たちは種族も思想もバラバラだった。むしろよく三千年もの間、一つの国家として機能していたものだ」 


「意外と手厳しいんだな。何もわからない子供だった俺はともかく、マギサにとっては生まれ育った故郷ってやつだろ?」


 マギサの言葉はどこか他人事のようだった。

 彼女はその細い指でコハクの毛皮を撫でながら青年の問いに答える。

 その蒼い瞳は過去を懐かしむかのように、僅かに細められていた。

 

「...誰もが自分が属する組織や国家に愛着を持つわけではないよ。少なくとも、私にとって大事だったのはそんな枠組みなどではなく、その中身だった」


 かつて、彼女は帝国から一目置かれるほどの高名な星導師だったらしい。

 アラムが彼女に出会ったのは帝国時代の末期であり、マギサが帝国内でどんな立場に身を置き、どのような時間を過ごしていたのかまでは青年も詳しく知らされていない。

 

 マギサは過去を詮索されることを嫌い、青年もそれ以上を知ろうとは思わなかった。

 

 アラムにとって確かなのは、この星導師がいなければ自分は今ここには居ないという事実だけ。

 青年が彼女に付き従うのに、それ以上の理由は必要なかった。

 

「さて、そんなことより野営の準備だ。働かざるもの食うべからず。昼間に居眠りしていた分もしっかりな」


 どこか物寂しい空気を断ち切るように、パチンと手を叩きながらマギサがそんな風に切り出した。

 青年もそれに合わせるように、なるべく明るい笑顔で返す。


「よく言うよ。晩飯を用意するのはいつも俺だろう?」


「うん?何か言ったかな?」


「へいへい、何でもありませんよ」


 そんなやりとりを見ながら、コハクが大きくあくびを漏らす。

 彼にとっては見飽きたような、よくあるこの旅の一幕だった。

 

「アラム」 


準備に取り掛かろうとしていた青年の背中を、マギサが呼び止める。

 振り返った彼に向けられていたのは先ほどまでとは違った真っ直ぐな瞳だった。

 

「見つかったか? 何か、お前のしたいことが」


「急にどうしたんだよ?」


「前にも話しただろう。お前はどうにも無欲すぎる、だから自分の望みを持てと」


「ああ、あれか。そうだなあ、いまいちよくわかんないけどよーー」


 星導師の瞳に僅かな期待の色が浮かぶ。

 しかしそれは、続く言葉によって簡単に打ち消されることになった。


「ーーマギサに助けられた命だ。だったら、俺もなるべく誰かの役に立つさ。きっと、それが一番正しい。そうだろ?」


 青年はいつも通りの笑顔で、さも当然のことのようにそう口にした。

 一片の曇りもない笑顔と言葉。

 それ故に、星導師にはそれが他のどんな願いよりも残酷に思えた。


「...そうか」


 マギサは一言だけ返すと、足早に自身の使用する一人用の天幕へと去っていく。

 その哀しげな声音の意味を青年は理解できずにいるのだった。


「...なんだよ、マギサのやつ」


 アラムは色素の薄い髪で覆われた頭をポリポリとかきながら、傍らの獣に視線を向ける。

 二人の心のうちを知ってか知らずか、コハクはただ沈黙したまま青年を見つめていた。

 

 太陽は既に地平線の彼方に沈み切っている。

 こうして彼らの一日が終わろうとしていた。

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