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3話ーカフェオレの記憶

 

 気づけば親睦会は2時間経ち、雰囲気を残しつつお開きとなった。

 皆が居酒屋の席を後にし、各々2次会へ行く者と帰るもので別れ、私はその場でお暇をした。


 ほとんどの人が2次会へ行ってしまっている。塩浦くんも例外ではない。

 気分的にふと、私は自分の居場所が恋しくなってしまった。

 明日の予定なんて何もないくせに、私は飲んだくれた加藤さんの誘いを嘘をついて断り、そそくさと駅のホームへと逃げ込んだ。


 電車がホームへと到着するアナウンスが流れ始める。

 私は果たして親睦会に行く意味はあったのだろうか。

 惨めでしみったれた考えが頭を過る。


 電車がホームへと進入し、扉が私の目の前で止まった。

 私はいつものように開いた扉に一歩、足を踏み入れ、電車内へと入る。


「上井さん」


 後ろから呼び止められる声に、私は立ち止まった。

 振り向くと同時に、私が遠ざけていた人影がすぐそばに立っていた。


「塩浦くん……」


 私は少し戸惑い、固まった。

 彼は後輩に連れられ、さっき2次会に行ったのを私はきちんと見ていた。

 私のもとになんて来るはずないのに、なぜなのだろうか。


 ドアがプシューという音を立てて閉まる。

 ガタンという車輪が動く音ともに、静かに電車は走り出した。


「心配だったんで、抜け出してきちゃいましたよ。大丈夫ですか?」

「えぇ……。ありがとう、大丈夫だよ」

「よかったです。さっきの飲み会でずっと俯いてたから体調悪いのかなって心配になりましたよ。はいこれ」


 そういうと、彼はコンビニのビニール袋を私に手渡した。

 中を開けると、そこにはスポーツドリンクと栄養剤ゼリーが入っていた。


「え、あ……これ、どうしたの?」

「体調心配だって言ったじゃないですか。慌てて買ってきちゃいましたよ」

「……ありがとう」


 私は少し涙で潤んだ目を隠すように俯いた。

 涙なんて、とうの昔に枯れ切ったと思っていた。

 堪えても堪えても、涙が止まりそうにない。


 神様のばか。

 今だけでも、この涙ぐらい止めてよ。


 寂しさの悪魔が私の心を侵食して、それが目の奥にあるであろう涙腺の水脈を弄ぶ。

 私はその悪魔を振り払うために、右指で左手の甲を摘まんで捻り、体に痛みを走らせた。


「大丈夫ですか?」

「うん……体調は悪くないから大丈夫だよ」

「席……空いてますから、あちらに座りましょうか」


 私は彼に背中に手をそっと添えられながら、ちょうど2人分の空いた緑色のシートへと座った。


「降りる駅どこでしたっけ?」

「渋谷です」


「そこまで一緒にいますから、寝ててもらって大丈夫ですよ。きちんと起こしますから」

「申し訳ないって……そもそも塩浦くん、どこで乗り換えなの?」


「秘密です」

「もうちょっとその言葉違うところで使いなさいよ」


 本当ですねと彼は少し笑った。

 私はその笑顔に励まされるようにして、つられてクスりと笑った。


「じゃあお言葉に甘えて渋谷まで寝かせてもらうね」

「いいですよ。ビンタして起こしますから」


「やめてよ」

「冗談ですよ」


 それから私はスッと重い瞼を閉じた。


 ゆらゆらと電車の揺れが、まるで揺りかごのように私を揺さぶる。

 その心地よさは、靄となった雑念を取り払うかのように、私を包み込んだ。


 私はそっと、彼の左肩に頭を預けた。


 普段ならこんなことはしないし、できる状況であったとしても、私にはそんな勇気などはない。

 ただ今は、どうも人肌が恋しくて、どうしても体を寄せたくなってしまった。


 あれもこれもお酒のせい。今はそういうことにしておこう。


「おやすみ」

 私は揺りかごのような電車の中で、渋谷までの短い眠りについた。

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