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2話ーカフェオレの記憶

 それはもう、10カ月も前の出来事であった。


「それじゃ、新入社員の親睦会を始めます!乾杯!」


 若手社員の各々がグラスを持ち、それをカチンと合わせていく。

 私もそれに合わせて、隣通しの社員とグラスを合わせた。


 新入社員の研修が終わった、ちょうど5月の連休明けの金曜日のことである。

 若手社員だけの親睦会は、約20人ほどが参加し、みんなわいわいと話を始めた。


「上井さんってすごく大人びてますよね!余裕があるっていうか、私そういうところ好きです!」

 隣に座った加藤さんが、笑顔で話しかけてきた。


「そんなことないよ、買い被りすぎだよ」

 私は彼女にそう応えると、ハイボールのグラスに口をつけた。


「そうですかねぇ。結構モテるかと思ってました」

「え?どうして?」

「すごく清楚だし、静かだし、余裕があるし。そういう女性を好きな男っていっぱいいるじゃないですか。私もなりたくて頑張ってますけど、なれそうにないです」


 彼女はへへへと笑いながら、グラスを傾け、三分の一ほどのレモンサワーを喉の奥へと流し込んだ。


「加藤さんの方こそモテるんじゃない?元気だし、私みたいに人見知りじゃないし」

「私だってこう見えて人見知り……いや、人見知りではないな」


 彼女は勝手に自分自身を推理し始める。

 私はそろそろ29を数える歳だが、彼女はまだ24という若さであった。


 男の4歳というのは大した差ではないのかもしれないが、女の4歳というのは天と地ほどの大きな差が開いている。

 それも20代後半からの1歳という1段は、両手を使って必死に登らなければならないほどの高い壁が存在し、私は今その壁に抗っている。


「上井さん、彼氏いないんですか?」

「今はいないよ。もう2年前に別れちゃった」

「結構ご無沙汰なんじゃないですか?」

「変な言い方しないでよ。間違ってはないけどさ」

 私は、氷の少し溶けたハイボールを一気に飲み干した。


「私も彼氏ほしいなー」

 唐突に加藤がぼやき始める。

「加藤さんはいつからいないの?」

「半年前なんです。大学の先輩の紹介で知り合った人なんですけどね、どうもいけすかなかったんですよ。その人、顔だけはよかったからそれでときめいちゃったんですけどね。本当馬鹿ですよ。黒歴史ですよ」


 彼女はそういうと、濃いめのレモンサワーを注文した。

 私もそれにつられて、ハイボールのおかわりを注文する。


「そんなに凹むほど黒歴史なの?」

「いやだって、女の子に声かけられたらほいほい着いていっちゃうんですよ?彼女がいるのにありえなくないですか?平気で、女友達とサシで飲みに行くわ、映画館に行くわでこっちは気が気じゃなかったんですよ」


「男なんてそんなもんじゃないの?」

「そんなもんってわかってますけど悔しいじゃないですか。私じゃ満足しないのかー!って叫んじゃいましたよ」


「まぁ……仕方ないよね」

「惚れたら負けって言いますけど、本当その通りですよ」


 彼女はそういうと、またレモンサワーを喉を鳴らしながら流し込み、運ばれてきた湯気の立つから揚げに手を伸ばした。

 あついあついと笑顔で頬張る加藤。

 その姿は私にはない、女の子らしい柔らかい笑顔が咲いていて、そこには愛おしいほどの可愛さがあった。


「両親からも、実家に帰るたびに結婚はまだなのーってちくちく言われてますよ。なんで親っていうのはあんなに小五月蠅いんですかね。あのハゲスケベ上司と一緒ですよ!」

「ハゲスケベ上司って……三城(みしろ)部長のこと?」

「そうそう!本当変態なんですよ!こないだなんか"加藤さん彼氏いないの?"とか"新しいレストランが開店したんだけどどう?"とか、なんかキモいです」

「あぁ……。そういえば前からそうだった気がする。何度か総務課から注意はされてるはずなんだけど直ってはないみたいだね。私からも言っておこうか?」

「そ、そんな!先輩の手を煩わすことはしませんよ!私からガツンと言っておきます」

「強いですね、加藤さん」

 そういうと、2人はリンクするようにグラスに口を付け、お酒を嗜んだ。


「せっかく誘われるなら塩浦さんがよかったなー」

「塩浦くん?」

「営業部の若手エースですよ?しかもカッコいいし。ほら、あそこで飲んでるじゃないですか」

 私はその指さす方向へ視線を向けると、そこには営業部の後輩と話す塩浦くんの姿があった。


「加藤さんはああいう人がタイプなの?」

「タイプ……とはまた違いますけど、結婚するなら塩浦さんみたいな人がいいなとは思ってます」


 そんな話をしていると、彼はこちらの話の中で自分の名前が出てきていることに気付いたのか、こちらに目線を向けた。

 加藤さんはその目線をキャッチするかのように、自分の目線を合わせ彼に手を振った。


「私、あっち行ってきてもいいですか?」

「気になるなら行ってきたほうがいいよ」


 そういうと加藤さんはじゃあ遠慮なくと自分のグラスを片手に持ち、そのままちょうど席が半分離れた向いまで回り、塩浦くんの横にぴったりと座り込んだ。

 私は遠目でその姿を見ながら、ちびちびとレモンサワーを飲む。

 向こうのほうでは、加藤さんが塩浦くんの話に混ざり、一緒に笑い合っている。

 その笑顔はいつも見ない顔で、私は何がそこで話されてるんだろうと少しだけ気になった。


 塩浦くんと最後に話したのっていつだったっけ。

 私はそんなことさえ思い出せないほど、彼とは長らく話していなかった。


 思い返してみれば、彼が新入社員で入社した時に、初めて事務作業を教えたのが私だった気がする。

 あの時は野暮ったい人だなって印象しかなかったけど、まさかあんなにも成長して男らしくなってかっこよくなるなんて思ってもいなかった。


 今更ながら、私はなんて話しかければいいんだろうと戸惑っている。

 彼は会社の若手としてはもっとも出世が早く、そのためか、様々な部署に飛ばされては経験を積んでいた。

 そのためか、私は事務作業を教えたっきり、彼とは対して話す機会などなかった。


 そんな彼が私のデスクの近くに戻ってきたのはつい2年前の出来事だ。

 埼玉県の担当が退職する運びとなり、彼はその引継ぎということで担当をあてがわれた。

 その当時は四苦八苦している姿を目にはしていたものの、私は私でちょうど彼氏と別れたばかりで、精神的に他人を気にするほどの余裕を持っていなかった。


 今でこそ、彼は前任担当者を遥かに凌ぐ売上をたたき出しているものの、そんな時期であった彼を私は見て見ぬふりをし続けていたのだ。

 今更、どの面をして声をかければよいのだろうか。


 私は遠目で塩浦くんを見つめる。

 彼の周りには不思議と、人が集まっていた。

 それは彼の人格なのか、性格なのか、外見なのか、魅力なのか。

 それともその全てがそうさせているのかは分からないが、私にはないものを持っている彼を私は自然と目で追っていた。


 お酒がはいって喧騒の増す親睦会に、私はぽつりと孤独を感じながら、弱弱しく太腿の上でグラスを握った。

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