表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/35

15話―恋敵


「お待たせしました」

「いいえ、そんなに待っておりませんよ」


 洒落た人たちが行きかう恵比寿駅に不釣り合いな私と、似合いすぎる東条さんが巡り合う。

 それはまるでパズルの凹と凸のようにも思えた。

 時刻は18時ちょうどを指している。


 2月14日の街並みは赤いリボンに彩られ、周りを見渡せば手を繋ぐ恋人たちが互いに微笑みあいながら、鼻歌交じりに行きかっている。

 駅構内の電光掲示板には"赤い日のチョコレート"と、有名な女優が集まり、手作りのチョコレートを作る広告が何度も再生されていた。

 

 バレンタインだなんて、もう何年も祝っていないせいか、私はすっかり忘れてしまっていた。

 手ぶらで来てしまって済まないと心の中では謝るが、特段、チョコレートを渡す理由も見つからなかった。


 私にとってはただの2月14日だ。

 恋人たちのほわほわとした空気が、ただの2月14日を甘ったるい特別な日にしてしまっているのだ。


 私は若干の居心地の悪さを感じながらも、東条さんとの距離を近すぎず遠すぎず、左右に揺れ動きながら一定の距離を保っていた。


「離れないでくださいね」


 雑踏の中、彼は自然に手を差し伸べた。

 私はその手を握ることが出来なくて、ちょこんと彼のコートの袖を摘まむ。


 少しだけ彼は歩くペースを落としながら、私の足音とともに連れて歩いた。

 恵比寿駅の東口から、アトレのほうへと向かい、その先にあるスカイウォークを進んでいく。


「どちらにいくんですか?」

「ガーデンプレイスビルの中ですよ。もう少しで着きますから」


 彼は私に笑いかけた。

 私はそわそわとしながらも彼の後についていく。


 私は一度も恵比寿のガーデンプレイスに行ったことはなく、全くアクセスをわかっていなかったが、どうも駅から直結となっている施設になっているようで、駅からエスカレーターを下った先がガーデンプレイスの屋内に入っていた。


 そこから彼と私はエレベーターへと向かった。

 高層ビルなどあまり立ち入ることない私は、変に気構えてしまい、緊張してしまっている。


 エレベーターに乗り込むと、彼は39のボタンを押すとエレベーターは垂直に目的の階へと昇って行った。

 エレベーター内ではお互い無言だったものの、最新のエレベーターというのはそんな沈黙を緩和してくれるぐらいに早いもので、あっという間に39階へと到着した。


 チンという音とともに扉が開く。

 飲食店が立ち並ぶ中を歩いて行き、彼はいい匂いを漂わせるイタリアンのお店の前で止まった。


「ここですよ」

 彼は店内の中へと足を踏み入れ、私もそれに続く。

 ウエイターに2名の予約ですと彼が伝えると、こちらへどうぞと窓際の席へと案内された。


 私は椅子に座るのを忘れ、窓から見えるイルミネーションのような都会の夜景に見惚れてしまった。


「夜景、お好きでしたか?」

「はい。こういうところに来たの初めてで。お恥ずかしいです」


「それはよかったです。喜んでもらえると思って予約したかいがありました」

「本当にありがとうございます」


 私はちらちらと夜景を見ながら、ゆっくりと席に着いた。

 煌々と都会を照らす小さな光たちが、まるでクリスマスツリーのイルミネーションのように、眩しすぎるほどに白や黄色を照らし出している。


 都会の夜景は、星の輝きに似ている。

 美しき光は、その者の時間を食べて輝いているのだ。


 私の日々の繁忙が、誰かの繁忙によって輝く光に癒されていく。

 そう思ってしまうと少し複雑な気分にもなるが、それでも夜景にはなぜか心惹かれてしまうのは、女性としての性なのかもしれない。

 

私がぼうっと窓の外を眺めていると、彼が私の前にメニュー表を差し出した。


「ピザが有名なお店みたいですよ。好きですか?」

「もちろん!大好きです」

「好きに頼んでください。今日は上井さんにお世話になっているお礼なので」


 私と彼はメニュー表をお互いに見合いながら、料理を選んでいく。

 料理がテーブルに並ぶ瞬間も嬉しいものだけれども、こうやってお互いにメニューの想像を膨らましていく時間も楽しくて仕方がない。


 厨房にふと目をやると、そこではシェフが真剣な眼差しでで身を屈めながら、レンガ造りのピザ窯を覗きこんでいる。

 そして、美味しさが出来上がる数コンマを見極めるようにして、大きなシャベルのようなヘラを突っ込み、スッとピザを取り出した。

 

 立ち上る湯気からトマトとチーズの焼けた香りが一斉に花開き、私の鼻をくすぐる。

 そんな光景を目にしてしまったものだから、急に口の中に唾液がたまり、たまらなくピザが食べたい気分になった。


 私はメニュー表を指さし、「マルゲリータ」が食べたいですと東条さんに言った。

 彼は、私もですとにこやかに笑った。


 東条さんはウエイターを呼びつけると、ピザとサラダ、タリアータと次々に注文をし、お酒はスパークリングの白ワインを注文した。


 周りのテーブルを見ると、美味しそうな料理が並んでおり、ワイン片手にお客が談笑している姿が見える。

 あぁ、ここの料理はきっと美味しいんだろうなと、注文したものが到着するまでの間その妄想に掻き立てられていた。


 そんなことを考えていると、スパークリングワインが2人分テーブルに置かれ、私と彼の前に差し出された。


「それじゃ、乾杯」


 彼がグラスの口を傾け、私もそれに当てるようにグラスを傾ける。

 グラスの口と口が重なり、チンという軽やかな音を鳴らした。


 シュワシュワと細かな気泡が弾けては、白葡萄の品高い香りが私を誘う。

 豊潤な甘味が私の指先まで行きわたり、体を少しばかり火照らせた。


 私の目には、少しだけ東条さんが優しく映った気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ