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11話―恋敵


「あけましておめでとうございます」


 早いもので1年という暦はあっという間に通り過ぎ、新たな年になった。

 長期の正月休みが終わってしまい、動かしていなかった体はどうも凝り固まっていて、年初めの初出社はとても億劫であった。


 年始の会社の朝礼では、全社員が会議室に集められた。

 私たちの顔など覚えてもいないであろう上層部の役員が長い演説に飽き飽きし、その向かない気分の先を塩浦くんへと変えた。


 彼は背筋を伸ばし、上層部の話を聞いていた。

 後ろ姿しか見えないのが、少し残念と私は小さくため息をついた。


「どうしたんですか?」

 こそこそとした小声で隣に座っていた加藤さんが声をかけてきた。


「少しだけ退屈だなって」

「わかります。眠くなっちゃいますよ。なんかこう目の覚めるようなニュースとかあれば嬉しいんですけどね」


「どんなニュースなのよそれ」

「超絶イケメンが入社してくるとか」

「そんな都合がいいことあるわけないよ」


 私は呆れながらも、加藤さんとの雑談に和まされた。

 朝礼も1時間弱で終わり、私たちは営業フロアへと戻ってきた。

 だが、次は営業フロアでの朝礼が始まった。


 私は営業事務であるものの、この朝礼にも強制参加させられるためたまったものではなかった。

 それは加藤さんも同様であった。


 三城部長が年始の挨拶をし、今年の営業部の目標を掲げた。

 決算まで残り3ヶ月ということもあり、営業は予算を達成するために一人一人の仕事量は必然的に多くなる。


 それらの伝票処理や見積作成の量も必然的に増えるため、私たち営業事務も残業を余儀なくされてしまう。

 それを考えるだけでも、年初めから憂鬱であった。


「それと、最後に。今月から社員が一人入社する」


 三城部長は後ろの扉に向かって「入っていいぞ」と呼びかけると、ガチャリと扉が開き、さっそうと灰色のスリーピースを着た人物がコツコツと足音を立てて入室してきた。

 パーマのかかったこげ茶色に、よく磨かれた革靴が蛍光灯の光を滑らかに反射している。


「自己紹介してくれ」

 三城部長が彼を前に出す。


「中途採用で本日付で入社いたしました、東条 (まさし)と申します。前職では証券会社で働いておりました。医療業界という新しい環境で、成果を出していけるよう頑張りますので宜しくお願いします」


 そうして彼は深く頭を下げた。

 拍手で彼は迎えられ、それと同時に長い朝礼も終わりを迎えた。


 業務に戻るために社員が散開し、私もそれにならって自席に戻ろうとすると、後ろからポンポンと肩を叩かれた。

 振り向くと、加藤さんがニコニコとした顔で立っている。


「目が覚めるニュース、入ってきましたね」

「あぁ……、たしかに目が覚めたよ」


 目が覚めたのは事実であった。

 東条さんは高身長でシワヨレのないスーツを着こなし、ホストと見間違ってしまうくらいに爽やかで童顔な顔をしていた。


 私は一目見て、「こういう男」って一番信頼できないなと直感的に感じてしまい、あまり興味を持つことが出来なかった。

 それでも加藤さんのほうが興味を持ったようで、「かっこいいですよね、かっこいいですよね」とまるで鸚鵡のように繰り返している。


 私も「そうだね、そうだね」と応戦した。

 確かに一般的に見ればかっこいいのだろう。


 私は芸能人やアイドルには疎いものの、彼のような目鼻立ちがくっきりとした爽やかな顔立ちがモテるということぐらいはわかる。

 それでもなお、私は彼の雰囲気を好きになることが出来なかった。


 それもこれも「過去のあいつ」のせいであった。

 

 それをもう憎もうとは思わないが、東条の姿を見ると脳裏にそれが過ってしまう。

 加藤さんが満足して様子で立ち去り、私は席の椅子に座ると、バッグから紅茶の入った水筒を取り出し、それを一口飲んで小さく「はぁ」とため息を漏らした。


「上井くん、ちょっといいかね」

 重々しい渋い声が私の席の後ろから聞こえた。


「み、三城部長。なんでしょうか?」

「東条のことなんだが、あいつには土門(つちかど)が受け持っているエリアを担当してもらう予定だ。確か上井さんは土門の担当事務だったよね?申し訳ないんだが、東条にいろいろと教えてあげてくれないか」


三城部長の後ろには東条が立っていた。


「わかりました。ある程度の流れとかでしたら教えられます」

「助かるよ。じゃ、宜しく頼むね」

 

 それだけ言い終わると、三城部長は自分のデスクへと戻っていった。


「上井さん。いろいろご迷惑おかけすると思いますが、宜しくお願いします」

 東条さんは私に頭を下げる。


「わからないことがあったら聞いてくださいね。宜しくお願いします」

 私も無下に断ることなどできずに、仕事のお世話を聞き入れた。


 彼は爽やかな笑顔を浮かべている。

 あぁ、やっぱりこういうタイプって苦手だな。


 彼からは少しばかり、柔らかなラベンダーの香りが漂っていた。

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