丘の下のレールガン
一般に"台地"というのは、他の平地よりも一段高くなっている場所を指す。さて、陽動作戦の主戦場となっている台地は、本来平等に侵食によって削られるはずの平地に硬い地層があり、高さが残ってしまったことによって誕生した"台地"である。正しい日本語を使うとしたら”卓状台地”というのが正解なのだろう。
その台地は、南アフリカのテーブルマウンテンやギアナ高地のような巨大なものではなく、精々高低差は30mといったところだ。30分もあれば山頂にたどり着くことができるだろう。
大きな特徴といえば、三方はかなり急な斜面に囲まれていること。残りの一方・・・一箇所だけ完全に切り立った崖になっている場所があること。その崖下には井戸があり、陣を張るにはもってこいの場所であることが挙げられる。
そして現在、その陣では敵の第5世代型ガロン-銅剣MrⅢが猛威を振るっていた。
ミハイルと合流した僕は崖下にどう向かうかを相談していた。どうやら戦況は芳しくないらしい。陽動なので適当なタイミングで撤退するべきなのだが、同時進行中の作戦である水源奪還作戦が上手くいっておらず、もうしばらく引きつけろという命令が下りている。
「ソゲキ デキルカ?」
「僕の命中率じゃ無理だね。牽制にもならない。そもそも射程的にも怪しいから当たったところでどうってことはないと思うよ」
「ジャア オリルシカ ナイ」
「本気で言ってる?」
「メイレイ ダカラ」
「命令に何もツッコミを入れなかった僕を殴り飛ばしたいね」
当初の作戦でもここからすぐに降りるという指示が出ていた。しかし、そんな簡単なものでもない。高低差30mである。
想像して欲しい、10階建てのマンションの上から飛び降りるのに勇気がいらないだろうか?
普通なら足がすくんで真っ青になってもおかしくない。現に今僕らは躊躇っている。無論回り込んで合流という方法も考えられるだろうが、行きと同じだけの時間は覚悟しなければならないだろう。
【連絡 崖上の戦闘終了。狙撃手2名無事撃破】
【連絡 消耗は?】
【連絡 ハヤト:脇下に大きくダメージ ミハイーラ:全体的に軽傷/7割程度消耗】
【命令 作戦通り崖下に移動後、加勢せよ】
もちろん、サンダリア隊長の指示は作戦を進めていけとのことだった。
同じ命令を見たミハイルは決心を固めたようだった。その上で比較的安全そうなルートを探してくれるらしい。
切り立った崖といっても、引っかかりや足場くらいはある。そこを上手く使って降りるつもりだろう。
「ツイテコイ」
「頑張るよ」
「マズハ
【警告 敵接近】
僕とミハイルは、武器を構えた。それまでとは違う、張り詰めた緊張感が僕らを包んだ。
「【ブースト】」
「【シールド】」
身体を強化して、すぐに両手の突撃銃から発砲できるように準備をする僕。腰を落とし刃を水平に構え、同時に周りに初撃を防げるように準備するミハイル。
しんと静まり返った
崖下の戦闘音が嫌という程耳に入る。五感はいかなる変化も捉えんと、集中されていた。
10秒だろうか20秒だろか、もっと短い時間だったのかもしれないし、1分以上そうしていたのかもしれない、一向に変化は起きない。痺れを切らせて僕は構えをといた。
「来ないね」
「アア」
「でも警戒はしておこうか」
「ガケ チカヅイタ。シタ ハンノウ」
ミハイルは崖下の敵に近づいたから反応したのではないかと推測した。僕もそれには同感だった。崖下を覗き込むと敵性マーカーが沢山出ていたからだ。
この距離でもマーカーが出るのか。
そう思っていた矢先だった。
BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!
すぐ近くを極光が通り過ぎたのだ。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!
ふわっと浮いたかと思うと、僕らを今まで支えていた大地は消えていた。
いや、下に落ちていたという方が正しいのだろう。否応無しに見せられた足元の遥か下には名残惜しい地面があったのだ。
認識のすぐ後には、臓器が持ち上がるような不快感が混みげてくる。声をあげていなければ、吐きそうなくらいだ。生ぬるい風は激しく僕の体を叩き、鼓膜には"ごおお”という雑音が入ってくる。
どこか掴まれる場所は、
と思った瞬間、背中を何かが強打した。どうやら突き出ていた岩が僕さらに外側に押し出したらしい。どうやら神様は僕に意地悪をしたいらしい。
僕は助からない。・・・ならミハイルだけでも。
見るとミハイルはブレードを崖に突き立てようとしていた。なんとか勢いを削ぐつもりか。しかし、それはわずかに届いていなかった。
ならばと、僕は突撃銃を数発射撃した。
反動で崖から遠ざかった僕は、当たった衝撃で崖に近づき、なんとか減速ができたミハイルを見届けて、大地に体を強く打ち付けた。
当たりどころはそんなによくなさそうだ。まあ、換装体だし死ぬことはないだろう。ノイズが入ったARを見ながらそんなことを考えた。
【ブースト解除】
【ガロン残量低下:間も無く換装体解除】
数秒気を失っていたのだろうか。いや、足の膝から下が切れているミハイルがブレードを杖にこっちにくるのは見えていたから、起きてはいたのだろう。
「ダイジョウブカ」
声をかけられてやっと現実に戻ったというのが正しいところだ。
「なんとかね。でも換装体はボロボロだ。たまたまブーストつけてたから助かったってところだよ」
「ブジデ ヨカッタ。ムチャ スルナ」
いつになく真剣な表情でミハイルは僕を見ていた。
「足はどうしたんだ?」
「アタッタ」
「攻撃が掠ったのか、、、動けそうか?」
「モンダイ ナイ」
「それはよかった。換装体をダメにしただけの価値はあったみたいだな」
「アア」
寝そべっていた僕を立たせるべく、ミハイルは手を差し出した。僕は頭をゆっくり起こし、その手をぐっとつかんだ。
「タテ」
「よいしょっと。ありがとう」
片足で立つミハイルと僕は、互いに少しよろめいたものの、問題なく立つことができた。あれだけのダメージを食らっても、腕や足の欠損がないのは非常にラッキーだ。
「タタカエルカ?」
「ガロンはもう殆ど残って無いけどな」
「ムダグチ デルナラ モンダイ ナイ」
「それはそうだな」
僕らは示し合わせたわけでは無いが、武器をゆっくりと構えた。
「んじゃ、申し訳ないけどもう少し頼むぜ」
「ハヤト コソナ」
そう言ってゆっくりと敵性マーカーへと視線を向けた。
僕たち二人の前には、短剣を持つ二人組と巨大な二本の鉄の棒を腕に装着した人間が立ちはだかっていた。
目を引くような黒光りする鉄の棒はそれだけでも十分な武器になるだろう。目を引くのはそれだけでない。周囲には青いクリスタルのようなものが2つあり、ゆったりとした動きで浮遊していた。
どうやら敵の銅剣と遭遇したらしい。
【連絡 第15奴隷小隊は、これよりコローネと交戦します】
ノイズ混じりのARを操作してメッセージを送信した。
サンダリア隊長ら本隊が来るのか来ないのかは分からないが、これを引き止める必要だけはあるだろう。
敵性を表す赤いマーカーを恐ろしく感じた。
「【ブースト】」
先手を切った僕は、両手に持った突撃銃の引き金を強く引いた。向こうに射手がいないのは知っている。この距離なら十分にこっちが有利だ。
ズダダダダダダダダダダダダダダダダ!!
ズダダダダダダダダダダダダダダダダ!!
「”シールド”」
「”シールド”」
反動が凄まじいが、強化された両腕なら問題はない!!左右の手から放たれるガロン弾はどんどん相手のシールドを削っていく。
敵性を表す赤いマーカーが、増えたり減ったりして鬱陶しい。
敵はちょこまか動いているのか?逃がすつもりはないけどな!
2人の近接手は銅剣の使い手を守るかのように寄り添い、シールドを重ねることによって僕の攻撃を防いでいた。
「シッッッッッ」
足が止められている近接手にミハイルが喰らえついた。攻撃を受けた方の近接手は防ぎ切ったものの、大きく弾かれ態勢を崩した。
チャンスをものにしたいところだったが、入れ替わりでもう一人はミハイルを蹴り飛ばした。
「ハヤト」
「はいよ!!!!」
阿吽の呼吸で、僕は二人の近接手に距離を詰めた。ミハイルに気を取られたことでシールドに対する意識が削がれたのか、押し切ることに成功した。
しまったという表情をする二人のフロントの顔がよく見える。
だが、目に入ったのはそれだけではなかった。
「ノイズが激しい!?」
何か嫌な予感がして僕はその場を飛び退いた。ブーストによって強化された脚力は僕の位置を大きく動かした。
BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNN!!!
光が、音が、衝撃が、僕の体を揺さぶった。
【ガロン残量枯渇 換装体解除】
直後に巻き起こった突風は僕をボールのように弾き飛ばした。換装体は最初の衝撃こそ防いだものの、限界を迎え、解けてしまった。
次に攻撃を受けたら死ぬ。
生身で地面を転がった僕は身体中に痛みを感じながらも、立ち上がりその場から逃げるべく、足を動かした。身体中の擦り傷が激しく痛むが、クソ上官の暴力に比べれば全然マシだ。動けないほどじゃない。
「まあ、簡単には逃してくれないよね」
目の前には、敵の近接手がニヤリと笑って立ちはだかっていた。生身じゃ換装体には逆立ちしても叶わない。
勝敗は決したようだった。
敵も銅剣の砲撃の余波は食らったものの、やはり崖上を狙った時よりも威力はかなり抑えていたのか、無傷ではあるようだ。
ちらりと奥を見ると、ミハイルも追い詰められており、肩に深い傷を負っていた。ガロンが切れるのも時間の問題だ。救援なんてもっての他だろう。
「勝負あったようだな」
ジリジリと敵は近づいてきた。
僕は1歩また1歩と後ずさりしていた。
「シッ」
短い呼吸とともに敵は踏み込み、僕をめがけて跳んできた。体を大きく仰け反らしてなんとか回避するものの、脇から背中にかけて大きく切りつけられた。
「があああああああああああああああああ」
ナイフは服を切り裂き、その下の皮膚を傷つけた。換装体と異なり、赤い液体がナイフの軌道上に撒き散らされるのを感じた。
地面に倒れてどんっという衝撃を受け、受け身をまともに取ることができずに無様に転がった。
ここまでか。
心臓が血液を身体中に送る音がやけに大きく聞こえる。
くそ
意識も遠のいてきた。
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