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捕虜取引

「オワリハ オマエ」


目の前にいた女は、すでに真っ二つになっている。


「ミハイルうううううううううううう!!!!」


「マニアッタ」


ガロンが急速に抜けていく音とともに、敵の女の「本体」が現れた。


「ナイスタイミングすぎるわ」

「ダロ?」

「正直死んだと思った」


 腰を抜かした僕の股からは汗ではない、温かい液体が溢れていた。落ち着いたからこそ、それを認識することができた。


気持ち悪い。


 心臓はまだ早鐘を撃っていて、腰は抜けたままだ。きっと客観的に見たらさぞ無様な格好をしているのだろう。まるでホラー映画を見た後のようだ。


 そんな地獄みたいな僕に対して、救世主ミハイルはというと、「本体」の女の子を峰打ちで気を失わせていた。余裕そうで何よりだ。


 そんな状況を察し、動揺している僕を落ち着かせるためか、ミハイルはボソボソと話しかけてきた。


「・・・タスカッタ」

「えっ」

「マガル タマ。アブナイ」

「ああ、ね。僕もびっくりした」

「オレ ケイカイ シテタ。デモ ヨケル デキナイ」

「確かに、あれは初見殺しだよね」


 ミハイルは上手い拘束具がないのを悟ると、躊躇なく自分の囚人服のベルトを外した。


「ハヤト ケイカイ トクナ」

「ご、ごめん」


 言われた僕は周囲を見渡した。だが、もう既に最後の女を倒してからしばらくしている。もし伏兵がいるならば撤退していると見てもいいだろう。

 

 女の腕にきつく巻きつけ外れないように結んだミハイルも、緊張の糸を解いてはいないものの、そこまで張り詰めている訳でもなかった。


「ミハイルはすごいね。3対1でもあの大立回り!途中で少しだけ見たけど本当に余裕で勝ってたね。少しでも劣勢を疑った僕が間違ってたよ」

「アリガトウ。オレ モンダイ ナイ」


 ダメージを受けるのを嫌ってか時間をかけていたものの、無視するならば、もっと早くケリをつけることもできただろうに。


 伏兵を警戒していたからこそ、時間をかけて戦っていたのだ。


 結果的には、僕もミハイルも助かったけれど、僕の行動は本当に愚かだった。


 呆れられても仕方がない。わざわざ出なくても、向こうが撃ってから動くのがベストだったんだ。


「ハヤト タタカイ ハジメテ。シカタナイ」


 慰めるような言葉ではあったが、罪悪感は消えなかった。優しさが心を抉るというのはこんな感じなのか。本当にしんどい。


「改めていうけど本当にありがとう。ミハイルは命の恩人だよ」

「ハラショー」


 ミハイルは照れ臭そうに笑った。

 知ってはいたが、本当にいいロシア人である。


 いたたまれなくなって、僕は言葉を切り出した。


「敵はもういなさそうだね」

「ソダナ。ソロソロ スルカ?」


 何を?


 キョトンとする僕に、ガロンで出来ていない-女から取り上げた金属製の-ナイフを取り出した。

 そして、刃先を女の首に向けてこう言った。


「トドメ サセ」


 疲れからか、ショックからか、意識が飛んだ。







「はっ」

「キガツイタカ?」


 あれからどれくらい眠っていたのだろう。あたりは暗くなっていた。この世界も星が回っているんだなと、どうでもいいような事を考えた。


 どうやらミハイルは換装体を解いているらしく、見慣れた囚人服をつけていた。


「コロセ ムズカシイ カッタ」

「やらないとやられるって、そらそうだよね」

「ジカン オイテカラ スル」


 僕がトドメを刺すことはミハイルの中で確定事項らしく、女はまだ生きているようだった。


「随分、、、余裕なんですね。こんな戦争中に」


 皮肉をかけてきたのは女だった。暗めの茶髪でどこか日本人みたいな感じはする。しかし、その顔に付いている黒く長い耳は僕とのDNAの違いを決定づけていた。

 そうして、よく見てみると、歳はかなり若めで、女というより少女と言った方が良さそうだ。こんな子にトドメを刺すのは幾ら何でも心にキツい。


「お守りは大変でしょうね」

「ダマレ」


 僕が起きる前に散々罵り合いでもしたのだろうか、二人の間は険悪だった。ミハイルがこんなに機嫌が悪そうなのは初めて見た。


「オキタ オレ ネル カワレ」

「はいはい」

「ヘンナコト スルナ」


 ・・・起きたなら見張りを変われということか。そう思うや否やミハイルは夢の世界へと旅立った。ミハイルのことだ、寝て起きたら機嫌はよくなっているだろう。


 そう思って視線を外した。


「そこのノッポが貴方と私を連れて、この窪地まで運びました」


 どうやら代わりにこの少女が状況を教えてくれるようだ。気を失う前と場所が違う。洞窟まではいかないものの大きな岩のくぼみにいると言ったところか。


 見回すと、換装装置が目に入った。



「起動するのは待ってください!!」



 少女は腰をあげた僕に、慌てて声をかけた。


「・・・どうして?」

「換装体では記録が残ります。ですが、貴方たちは戦闘用の換装体ではありませんよね」


 何か都合が悪いことでもあるのだろうか。


「状況を説明させてください。まず、貴方たち二人は、けほっけほっ」


 畳み掛けるように話し始めたかと思うと、少女は咳き込んだ。敵の捕虜ではある。


 だが、それを見捨てていられる程、人間性を捨てている訳ではない。かわいそうになって、サバイバル用の水筒を出した。


 どうやって飲ませよう。


「あ、ありがとうございます」


 もう貰う気になっていて申し訳ないが、縛られている人間に飲ませるのって、どうするの?上から傾けたらいいのかな?

 そう考えて、少女の唇に水筒が付いたのを確認してから、、、傾けた。


ドボドボドボ


「ゲホッゲホ、、、」


ああ、失敗した。


 慌てて僕は水筒を上むきに直した。滴った水が少女の服を濡らした。服を濡らさずに肌の奥に吸い込まれた水滴もある。


 びしょびしょである。


「んくんく、はぁ。助かりました」

「大丈夫?」

「お気遣いありがとうございます」


 ぱっと見はあんまり大丈夫じゃなさそう。だが、口の中に結構水を貯めれたようで、それを少しずつ嚥下していく様子がはっきりわかった。


「そっちで寝転がってる人は、水の少しも分けてくれませんでした。本当にありがとうございます」


 そう言いつつミハイルのことを睨みつける。


 どうやら普通に捕虜として扱ったらしい。


 当然といえば当然なのだが、そういう所に違和感を感じるところは、僕の日本人としての感覚が抜けきっていないからだろう。


「気にしないで。それに、ここの荒野の土埃すごいからね、、、換装体の時には、食事排泄が必要なかったし、そこまで気が回らなかっただけじゃないかな?」


「そうですね。それでも一応休眠状態だから最低限の飲食は必要ですよ」


 そうなの?


 確かに換装体の時はお腹が空かないし排泄の必要もなかった。それでも一日一食配給のクソまずい固形食が出てたのが謎だったんだよな。看守からしつこく排泄聞かれるし。


「詳しんだね。換装体のこと」

「まあ、長いですからね。そろそろ3年くらいだと思います」

「なるほど」


 3年・・・まだ僕が高校生もなってない頃だ。年下そうなのにそんな小さい頃から軍人として活躍しているのは本当にすごいな。年齢の割に、礼儀正しく、大人びて見えるのはそのお陰なのかもしれない。


 そこまで会話したところで、なんとなく言葉が止まってしまった。というか耳が気になって仕方がない。


 時々ピクピク動くのが動物っぽい。


 肌の色自体は黄色人種っぽいのに、耳だけが異様に”黒く"、違和感がある。


 しかも、今まで日本で想像していたケモミミとは全然違って妙なリアル感というか、生々しさがある。気持ち悪いまではいかないものの、変な感じがする。そもそもケモミミというかエルフ耳だし。


 それまで見たことがなかったからそう感じる、と言ったらそこまでなんだけど、取ってつけたような違和感は拭えない。




「あの、話の続きいいですか?」


考え事をしていたら黙り込んでいたらしい。気まずそうに少女は話しかけてきた。


「ごめんごめん。なんだったっけ?」

「お願いがあるのですが聞いてもらってもいいですか?」

「叶えられるかどうかは、ミハイルと相談してからだけど、とりあえず話してもらえる?」


 少女は頷くとおもむろに話し始めた。


「まずですね、貴方たち二人は通信不能になっています」

「そうだね」

「換装状態にならない限りは、私との会話は録音されません。というか接触したことさえ分からないと思います」


 内通しろということだろうか?


「だから私と取引をして欲しいのです」

「どんな?」

「端的に言えば、貴方たち二人の待遇を改善するお手伝いをする代わりに、貴方たちに保護して欲しいのです」


 意味がわからない。僕はぽかんとした。


「私は貴方の所属する軍が欲しがってい情報を持っています。だからこそ、亡命するのであれば待遇が保証されるはずです」

「ふむ」

「貴方たちによくしてもらった。貴方達の保証をして欲しい。と向こうに言えば、待遇はきっと上がると思います。私は亡命できて嬉しい、貴方達は待遇が上がって嬉しいのwin-winになると思いませんか?」


 なるほど一考に値するかもしれない。帰るのはまだまだ難しいかもしれないが、奴隷から格上げしてもらうことができるのは大きい。


 もしかしたら、帰る方法もそれによって知ることができるようになるかもしれない。少なくても奴隷のままであるよりもずっと可能性に近づくだろう。



 だが楽観的に捉えるのはやめておこう。世の中そんなに甘くない。



「2つ程、疑問があるんだけどいいかな?」

「どうぞ」

「まずそもそも、そんなに上手くいくと思う?」


 簡単な話、今通信不能状態なら、このまま脱走した方がいいのじゃないだろうか。食料は3日分もないとは言え、歩いていけばそのうち何処か別の国とか地域があるのではないだろうか。


 わざわざ戻ったりなどしたら、奴隷に逆戻りになるのではないか。その場合、僕らの待遇はよくなるどころか、脱走しようとしたとして処理されるだろう。


「・・・情報が少なすぎたのかもしれません。貴方達は換装しなければ__居場所を軍に知らせなければ遠くないうちに死にます」


 換装しなければ、、、死ぬ?


「端的に言えば、毒を盛られています」

「毒!?」

「はい。換装中は代謝がほぼないので死にませんが、それが終われば徐々に毒が回って死ぬことでしょう」


なるほど。


「私の見立てでは3日程度が限界ではないでしょうか。例えば、うちの軍の毒であれば、48時間後に下痢の症状が出て、その後発疹という感じに初期症状が出ます。私の話が本当かどうか待ってみます?きっと1日もすれば出ると思いますよ」


 はったりにしては現実味を帯びている。しかも、奴隷である僕らを躊躇なく出撃させた理由にもなっている。


「もちろん同じ毒ではないと思うので症状は違うとは思いますけど、古典的でとても有効な手段ですよ。そして換装体になった後に軍に戻らなければどうなるか__それは貴方の方がよく知っているのではないでしょうか?」


 態度が少しムカつくが、まあいいだろう。つまり逃げれば毒か電気か酸欠かで死ぬってところか。


「本当に上手くできた仕組みだ」

「当たり前のことですよ」

「その部分はわかった。次の質問だ」


 完全に論破されてしまったが、疑問はまだある。


「なぜ亡命をする?」

「あっちの軍はもうダメです」


 そもそも軍人が亡命と言うのは、なかなか想像しがたい。特に3年もいたのであれば、スパイとして潜り込むためと考える方が適切だろう。


「それに、こっちの軍が欲しがってる情報ってなんだ?」


 こんな様子では、亡命に当たって渡す予定の情報とやらも、欲しがっているかどうかなんて解るはずがないだろう。


「貴方は今日見ましたよね?我が国の新兵装コローネですよ」


 知らない名前が出てきた。


「えっと、レーザーみたいなやつ?」

「正しくはレールガンですね。知ってますかレールガン?」


 電磁砲と言うやつか。詳しくは知らないが火薬ではなく電気の力で弾丸を飛ばすくらいは知っている。電流がどうのこうのって高校の教科書には書いてあった気がする。


「聞いたことはある」

「正式名称を第5世代型ガロン-銅剣(コローネ)MrⅢ-言います」

「だいごせだい・・・?」


 いきなり世代とか言われても、よくわからんぞ。


「えっと、そうですよね。いきなり言われても困りますよね。そもそもガロン兵装と言うか換装体の武器についてどのくらい知っていますか?」

「なんか起動する換装体によって使える武器が違うくらい」


 そう言うと、あちゃーといった感じで少女はうなだれた。


「えっと、ガロン兵装と言うのは、体の中にあるガロンを用いて武器や換装体を作るって言うのはわかりますよね?」

「知ってる」


うんうんと頷く。


「貴方が使っているのはおそらく第2世代の兵装です。私が使っていたのと異なり、一つの武器しか使えないのはそのせいです。ですが、無改造という訳ではなく、奴隷の首輪をつけるためだけに第3世代のAR(拡張現実)を付け加えていますね。同様の理由でレーダー等も着けられているのではないでしょうか?だから強いていうなら2.5世代とでも言えばいいと思います。」


「ちょっと早い、ゆっくり説明して」


「つまり貴方が使っている換装体と言うかガロン兵装は、第2世代の奴に第3世代のAR(拡張現実)が加わっただけの時代遅れの武器ということです」

「まあ、奴隷に渡す奴だしな。そらそうだろ」


少女はため息をついた。


「続けますね。第5世代は、生身のガロン能力の底上げをして今まで使えなかった強力な武器を使おうっていうコンセプトで作られた。新兵器です。つまり第4世代とは威力が桁外れに違います」

「桁違いに・・・」


早口に語る彼女の目はどこか虚ろだ。


「もうお察しかと思いますが、私はその失敗作です」


彼女は黒く長い耳をこちらに向けた。

ガロンが照らす光は、改めてその異質さを見せつけた。


夜の荒野にまた沈黙が訪れた。





「ご納得いただけましたか?その上でそこの人に是非取引を相談してください」


少女は__彼女は本当に強い人なのだろうと思った。




「自己紹介が遅れました。私の名前はアクアマリン。マリンと呼んでください」

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