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戦闘員のすゝめ

 見渡す限りの荒野には、草木の一つも生えていない。


 赤茶色の大地と、今にも雨が降りそうな分厚い雲に挟まれた、小さな世界には顔すら見たこともない自軍と殺すべき敵の姿。


 「ミハイルと合流したいところだがそうも言ってられないよな」


 AR(仮想現実)はここからじゃ見えない戦場の様子と、僕が加わるべき場所を指し示してくれる。さながら戦略ゲームの中の駒といったところか。


 将棋の歩の代表としては、お願いだから使い潰さないでくれと祈らないではいられない。


 しかも有難いことに、他の牢の奴隷(おともだち)と一緒に行動らしいな。これは捨て駒確定だ。



ズダダダダダダダダダダダダダダダダ!!


 荒野に転がる大きな岩の陰から、少しだけ顔を覗かせて引き金を引く。薬莢も何も出ないのにマズルフラッシュだけは一人前。何と戦っているかは知らんが、無理に前に出る必要はない。


 そもそも敵との距離は全然開いてるし、牽制すれば十分な仕事と言えるだろう。拉致した国に義理などないし、殺されない程度に戦ってるフリだ。


「殺す覚悟もねえし」


 銃の反動は殺傷能力を訴えかけてくるが、そんな物に答える必要はない。


【命令 前進】


 この安全地帯から命令だけがAR(拡張現実)を通して送られてくるのが、腹立たしい。どうせなら前線で一緒に戦うくらいの気概を見せて欲しいところだ。


 あのクソ上官に限ってそんな奇跡は起こらないだろうが。


「突撃!!」

「「うおおおおおおおおおおおおお」」」


 奴隷部隊で番号がキリ番だから隊長として抜擢されたクソ野郎(おともだち)は元気よく尻尾振ってやがる。あのバカに付いていくのは非常に不安なのだが。


「了解」


 奴隷に上下はないが、ここで良いところを見せれば、飼い主(クソ上官)から良い思いができるかもしれない。そんな一縷の期待が僕たちを最前線へと進めさせていた。


 日頃の虐待で、もう頭はおかしくなっているからに違いない。





「シッッ」


 どうやら最初に突撃したキリ番隊長が敵と遭遇したらしい。互いに「ブレード」を用いて、鍔迫り合いをしている。

 敵はどうやら4人隊で人数だけ見ればこっちと同数であるようだ。本当であればミハイルがいて、数的に有利であるはずなのだが、、、いないものは仕方がない。

 外に出る前に足音が廊下から聞こえていたから、それほど離れていないと思ったのだが、そうでもないらしい。


「援護します」


 互いに組み合わせは近接手(フロント)2と射手2であり、有利不利はない。とにかく定石に従って、近接手(フロント)の取っ組み合いを邪魔する形で引き金に手をかける。


ズダダダダダダダ


 手短にある岩の陰に隠れつつ、相手の近接手(フロント)を崩せるように補助を行う。

 当たることは無いものの、こっちに注意を向かわせれば十分な仕事と言えるだろう。


「これ勝てんのか?」

「さあな」


 岩の陰には僕ともう日一人の射手が潜んでいた。何度か訓練室で一緒になったが、互いに上官が呼ぶ番号しか知らない。


「とりあえず、目の前の敵を倒さない限りは、僕たちに明日はないってことだ」

「それはそうだな」

「いくぞ」


 こんなところで時間を潰して近接手(肉壁)が無くなっても困るから、再び岩から身を乗り出して、弾丸をばらまいた。


 ガロンで出来た武器は「生身」を容易く破壊するものの、同じくガロンで出来た「換装体」に対してはそこそこの強度を持っている。特に、近接手フロントの武器に関してはかなりの量のガロンが込められており、比較的「換装体」を切断・破壊しやすい。

 一方射手は一発一発の攻撃力こそ弱いものの、集中して撃てば足くらいは破壊できるし、足を削れば近接手(フロント)はただの的である。


 戦闘においてはこれらの組み合わせが何よりも大事だ。だからこそ、こっちの近接手(肉壁)がやられると非常にまずいことになるのだが、


「”ブーストッッッッッッッ”」

「うおっ」 


 間抜けなことに、足を切断されてやがる。どうやらキリ番隊長(ラッキーボーイ)じゃない方の近接手(肉壁)はそれほど強くないらしい。


 誠に残念なお知らせだ。


 今までのように、両足で踏ん張ることも出来ず、瞬く間に換装体の腕と足が派手に吹き飛んだ。かわいそうにも片手両足が切断されたため、ガロンが尽きたらしい。


「助けてくれ!!!」


 彼の「本体」が現れた。

 この状態で攻撃を受けると間違いなく死ぬ。


 名前も顔も知らないが、同じ故郷の仲間を助けない訳にはいかない。


 僕ともう一人の射手(なかま)は同時に岩から飛び出し、無防備になった仲間の援護を行う。


 ズダダダダダダダダダダダダダダダダダ

 ズダダダダダダダダダダダダダダダダダ



 そう思っていたのは僕だけだったようだ。


「あ、やべ」


 仲間のはずの射手は、残念ながらまだ換装体だと勘違いし、さっきまで近接手(フロント)が切り結んでいたあたりに派手にガロン弾を放った。


「やめっ」

あーあ、やっちゃった


 戦闘の音に混じって、柔らかい物が壊れる音、液体が周囲に撒き散らかされる音がした。鉄の匂いがそこら中に充満する。


 思わず、吐き気がこみ上げてくる。

 訓練でガロン体は何度も殺したが、生身の死体を見るのは初めてだ。


「ああああああああああああああああああああああ」


 隣で射手(なかま)が青い顔で叫び声をあげているが、その間も敵は待ってくれない。


「ずらかるぞ」

「了解」


 一人死んで2体1になったにも関わらず、近接手(フロント)の斬り合いを何とか生き残ったらしいキリ番隊長は一目散にこっちへ来た。


 しかし、それを逃すまいと、二人の近接手(フロント)もこちらへと向かってくる。僕のヘナチョコ弾なんて雨程度と言わんばかりだ。

 これだけばら撒けば数発くらい当たってそうなものなのだけど。


 死にたくないし、撤退したい。


 その前には、キリ番隊長を追ってこっちに来た近接手(フロント)は追い返さないといけない。僕は射手(なかま)を蹴り飛ばし、さっさと我に帰らせた。


「さっさと撃て」

「あああ」


 正直、同情はしないでもない。僕も多分、本当に人を殺したなら同じ様になる自信がある。だが、今は相手を殺さなければ自分が死ぬ。


 まだ心ここにあらずと言った風で、銃を持つては何処か震えている。頼りないが僕よりもガロンの量も射撃の腕前も遥かに上だからこそ、撃ってもらわないと困るんだ。


 まるでクソ上官の様だな、と思いつつ僕は岩の陰でもう一度彼の尻を思いっきり蹴った。僕に尻を蹴られてやっと持ち直したのか、射手(なかま)岩の陰から飛び出して敵を削り始めた。


 案の定、僕の射撃では全く退く様子のなかった敵の近接手(フロント)は命中率が格段に上がった弾幕を恐れて、岩の陰へと隠れた。


 腹立たしいことこの上ないが、それが世の中の摂理というものだろう。





 敵の近接手(フロント)は深追いしてこないようで、入れ替わりでやってきた射手達が牽制程度に銃を撃つだけで特に脅威にはならない。所謂硬直状態というやつだろうか。

 互いに射程は同程度であり、敵の二人よりも射手(なかま)の方が若干上手いらしく、こちら側に被害は特にない。


 このまま、安全な戦いが続いてくれると助かるところだ。


 敵の銃声が鳴り止んだタイミングで岩から少し顔を覗かせて敵に向かって弾を放つ。こっちがある程度撃ち尽くすと、向こうが今度は撃ち尽くすまで撃つ。


 ガロンで生成した銃は、弾もガロンによって作り出されるため、特にリロード等の必要はない。しかし、一度に込められる銃弾の数だけは決まっているらしく、ずっとフルオートで撃ち続けることはできない。


 僕の場合、ガロンの量も多いわけではないから、かなり節約しながら戦わないといけないというのに、敵や射手(なかま)はガンガン撃ちまくっている。


 どうせ撃っても撃たなくても変わらないし、撃たなくて良いのではないだろうか。


「当たらないならもっと近づいて撃て下手くそ」

「うるさいな」


 残念ながらチキンプレイは許されないらしい。さっきまで「生身」の味方を誤射して泣きべそかいていた射手(なかま)が僕を煽ってきた。

 これ以上近づいたら敵に撃たれるだろうが。


 寧ろ、このまま時間を稼いでミハイルと合流するのが賢い選択というものではないか。そんなことを考えなら必死で戦っていると、無情にもAR(拡張現実)から新たな命令が下った。


【命令 側面攻撃部隊と合流せよ】


 残念ながら軍は訓練中の奴隷を出撃させる程、切羽詰まっており、こっちが小康状態だとわかっているらしい。このまま下がっても敵は追ってこないだろうし、妥当な判断ではある。


「移動するぞ」

「了解」


 このキリ番隊長(ラッキーボーイ)の指示に従うのは癪だが、仕方もあるまい。少なくてもクソ上官に直接命令されることの10倍ましであることに間違いはないのだから。

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