外界人戦闘員
真面目に訓練をしていた僕は、自分達の部屋へと戻ってきていた。
しばらくもしないうちに僕のガロンが切れたらしく、換装も解けた。比較的明るかった視界は、いきなり真っ暗になった。
この視界の変化にはまだ慣れない。目がチカチカする。
換装体の活動でも疲れは溜まる、、、というか換装体の方が疲れる。
もう今日は何もできない。寝よう。
そう思ったが、檻の端から中性的な声がした。
僕は目をつぶるのをやめて、ベッドに腰掛けた。
「ハヤト、オカエリ」
「戦闘訓練は、終わったようだな。相変わらずガロンが切れるのがめちゃくちゃ早いな」
「ハヤトモ スクナイ ガロン」
「僕も別に多いわけじゃないから、なんとも言えないんだけれど」
「ミハイール シッテル」
彼の名はミハイーラ。番号は88。
本名は発音が難しい上に、長く全く覚えられる気配がないため、僕はミハイルと呼んでいる。ロシアから日本に留学に来たものの、僕と同じく攫われてここに来た。ガロンの量は低いが、高い戦闘能力を持ってる。
何故だか知らんが、拉致されたのは日本人ばかりで現地人?らしいあの上官も日本語はペラペラで話せる。いいことのようにも聞こえるが、逆に言えば日本語以外は通じないとも言えるのだ。
能力の高いはずの彼が「タコ部屋」に残っているのはそれが理由だ。最初は部屋の仲間が必死に彼に言葉を教えていたのだが、今はもう教える人間はいない。
「ドウダ」
「戦闘訓練ね。三発しか当たらなかったよ。銃は苦手。今までのルーチンだと明日には近接訓練に当てられるから、多分一緒に訓練できるんじゃない?」
「ソウカ」
「近接訓練なら流石に的には当たる。銃なんかよりよっぽどマシ」
ゲームのfpsとかtpsとかバンバン人を倒してるし、もっと当たるものだと思っていた。
ちなみに、近接戦闘訓練もこれで3週目だ。どの部署もたらい回しにされすぎて、そろそろ殺処分が検討されていてもおかしくはない。
「ミハイルはどんな感じ?そろそろ配備されそう?」
「ブタイ キメル マダ」
「ミハイルならきっと良い、場所にいけるはずだよ」
この部屋は今、二人部屋になっている。元々は6人部屋のはずだったが、僕らを除く4人のうち2人は配属後に死んだ。ポジション決定後の実戦でへまをやらかしたらしい。
もう2人も配備はされているはずだが。興味はない。
「ハヤト ヌク チカラ」
「自分では力を抜いてるつもりなんだけど」
ミハイルは首を横に振った。どうやら全然ダメらしい。
「カンソー ツヨイ チカラ。ダカラ チカラ ヌク」
「なるほど。そうかもしれない」
そう言いながら、手足をひらひら動かした。彼なり力の抜き方だろうか。
「まあ、ミハイルが言うなら間違い無いな」
「アシタモ ガンバレ」
「アドバイスありがとう。明日こそは、なんとかものにして見せる」
感覚なんて全く掴める気がしない。
無理なものは無理だ。
そう思うのも理由はある。「換装体」と「現実の体」では、体感がかなり違うからだ。なんと言うか、チューニングがあってないピアノみたいな感じで、とにかく動きにくい。
「ダメ カナシイ」
「落ち込むって言いたいのか?無理しなきゃ次に殺されるのは僕だよ」
「オチコム カナシイ」
沈黙が場を支配した。
薄暗い部屋であることを考えると、不気味なことこの上ない。
気晴らしにしていた遊びの類はとっくの昔に飽きている。今は夢の中で帰った気分になるのが1番の娯楽と言えるのかもしれない
「寝るわ」
「アア_
この時間に帰ってくる人は他にはいない。煩くなる前に寝れば、少しはいい夢を見ることができるだろう。今日は学校に行っている夢を見たいものだ。
そう思っていたが、にわかに騒がしくなってきた。
慌ただしい様子で多くの奴隷仲間が部屋に戻ってきた。かと思うともう一度換装体を生成し直している。
「訓練用」ではなく「戦闘用」でだ。
訳が分からない僕は、自分たちの牢の中から、向こう側の牢へ声とをあげた。
「おい、どうしたんだ」
「落ちこぼれども、出撃だとよ」
「は?出撃?どこにだよ」
「知るかよ」
何かがおかしい。
「なんで戦闘体に換装するのかって聞いてんだよ」
「だから出撃。【換装体準備完了-外郭区1-3地区へ移動】あばよ」
そうこうしているうちに、他の塀の仲間も次々に「外郭区」と言う場所に「転移」していくのがわかった。
そして、慌ただしくクソ上官がやってくる。
「れれい、隷属部隊は「換装体」を準備しろぉ。88 96貴様らもだ。わかったな。わかったらすぐに「換装体」にしておけ、出撃だ」
「隊に配備されていないので、訓練用の換装体しかありません」
「ううううるさい。それで構わん!!!」
そう言うと鞭を投げてきた。痛い。
換装体と違って傷跡は残るし、下手したら骨折するってのに。
しかし、このクソ上官はトラブルで動揺しているらしい。
「「【換装体起動】」」
そもそも、僕もミハイルもガロンは回復していない。
その状況での換装体起動は非常に時間がかかる。それでも無理やり起動を行う。
自分の声に重なるように、オクターブ低い男の声が体の中からしたかと思うと、足の先から泥水に入るかのような感覚がせり上がってくる。
何度体験しても、この換装時の感覚には慣れる気がしない。
「ききき貴様らはまだ、訓練施設外の戦闘をしていないな。なら、武器を生成したらそのまま射撃エリアにいけ」
「「サーイエッサー」」
丁寧な説明ありがとう。だが、そんなのは拡張現実に表示されてる。
「貴様らときたら、ガロンは少ないわ、命令は聞けない。96、貴様にあたっては戦闘能力が皆無ときた。この無能め。貴様に出している残飯が勿体無い」
本当にこの上官は暇なのだろうか。
緊急事態ならするべきことがあるのではないのだろうか。
「全くこの非常事態に貴様らのせいで私の貴重な時間をどれだけ奪っていると言うのだ。早く出撃して片付けてこい。この腐れ野蛮人」
拡張現実に表示されているから、正直こいつが僕たちを待つ理由はないだろう。如何にこの上官がクソであるか自己紹介しているようなものである。
「だいたい、あのような近い的さえ碌に当てられないゴミに私のような高貴な人間が声をかけてあげていると言うことに関して神に感謝するのだな」
よく回る口だ。
「返事は」
「「サーイエッサー」」
構ってちゃんかよ。
かと思うといきなり鞭を握り出した。殴る気か。
「遅い方を今から指導してやろう。軍において素早く換装することは重要であるからな」
最悪だ。
さっきまで動揺してた癖に、冷静になっていたぶる事を考えつきやがった。
「【換装体準備完了】___ミハイルはまだか?」
「サキ ハヤト クル」
「そう言う時は行けって言うんだよ」
「ハヤト イケ」
先ほどまで使っていた当たりもしない突撃銃を手に持って牢の奥へと走っていった。
後ろから「遅い、さっさとしろ」と言う罵声、そして鞭が地面を叩く音が聞こえる。
奴隷になってから何処かに忘れていた、友達を思う気持ちとやらが久しぶりに僕の心臓を鷲掴みにしたようだ。
牢のドアを後ろ手で閉めると、罪悪感が込み上げてきた。
僕は牢から訓練室へと続く通路をゆっくりと走った。一挙手一投足こそ見張られているから、歩くことは流石にできないが、僕の足が遅くてミハイルが追いつくことは十分に考えられるだろう。
案の定、訓練室に着く前にはミハイルが牢の扉を開けてこちらへと走ってくる音が聞こえた。もしかしたら、戦闘の後にまたクソ上官から折檻があるだろうな。
ただの自己満足だ。
外ではもう戦いが始まっている。
僕は気持ちも切り替えられないまま外の世界へと飛び出した。
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