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安い挑発

「ハヤトさんのセットはわかりました。あと一つの補助兵装(パッシブ)を決めかねてるって感じですね」

「そうそう、今と違う武器を使ってもいいんだけど」

「他の武器の運用は無理でしょうね」

「ですよね」

「まあ、そのままでいいのではないでしょうか」

「このままじゃダメなんだよ」




 僕が生き残ったのは、偶然が重なったからである。マリンと戦った時も崖の上の戦いもミハイルが強かったからこそなのだ。


 銅剣(コローネ)との戦いに関しては、ミハイルのついでとは言え、サンダリア隊長の部隊が決死で助けてくれたからこそだ。


 都合のいい偶然が、何回も続くとは思えない。



 それこそ『のうのうと帰ってきている』だけなのだ。




 もっと強くならなければ、これから生き残ることはできない。





 少しだけ熱くなってしまったが、僕はマリンに強くなりたい理由を話した。


「つまりは、ミハイーラさんへの依存を辞めたいってことですね」

「そこまでは言ってないけどさ」

「隊も違うところになったし、甘えることができないってところですね」

「・・・。」


 そう言うとマリンは深くため息をついた。



「強くなりたいのに、私に頼るなんて他力本願な上にみっともないですね」

「うるさい」

「しかも、上官のトレリオスさんに頼るのでもなく、敵の捕虜たる私になんて」


 僕は黙ってマリンの胸ぐらを掴んだ。

 別に激怒した訳じゃないけれど、図星を突かれた僕は思わず手が出てしまった。

 

 振り上げた拳は、そう簡単には下ろせない。


 普通に流せばよかったにも関わらず、僕はそのまま詰め寄った。


「黙って従えばいいんだよ」

「つまりは、その程度の人間だったんですね。ただの雑談程度かと思っていましたけど、そう言うわけでもなさそうですし」

「だったらなんなの?」

「こんなにアホだと思わなかったってだけですよ。私が反抗できないことをいいことにこんな事するなんて、本当に見下げた根性ですね」


 マリンは換装体だ。こんなことをしたところで苦しくはないのだろう。だけど、僕はその苛立ちを抑えることができなかった。


「だいたい、偶然で生き残ったことの何が悪いんですか?弱いのに生き残れたから、めでたしめでたしでよかったじゃないですか」

「そんな弱いやつに負けたのは誰だと思ってる?」

「私ですよ。ですがそれは、ミハイーラさんが近接手(フロント)をあの短時間で倒せたからですよね。あなたはただ単に私に向かって走っただけ。おまけに最後には撃たれてますし」

「ああ、そうだよ。それが何か悪いかよ」


 これは、マリンの安い挑発だったのだろう。

 あの時負けたことの仕返しだったのかもしれない。


 乗った時点で僕の負けは確定している。

 ほんの少しだけ頭が冷えた僕は、彼女を掴む手を離してしまった。





「こんなプライドも信念もない奴隷に負けたと考えると、心底自分のことが嫌になりますね」


 今度は僕が胸ぐらを掴まれ、真正面から叱咤されたが、言い返すことはできなかった。

 これでは、どちらが上でどちらが下なのか全くわからない。


「どうせ、トレリオスさんが怖いとか、上官に相談するのが恥ずかしい。とかそんな理由でしょう。ムカつきますね」

「だって、、、」

「だって?」


 マリンは僕の「言い訳」の前に言葉を重ねてきた。


「それ以外に理由が何かありますか?ハヤトさん」

「、、、、ないです」


 激しい怒りではなかった。静かな苛立ちだった。


 彼女は僕たちに破れたものの、生き残ることを決して諦めず、捕虜としてだけでなく2~3日で今のように自由に歩ける身分を手に入れた。


 生き残ること、立場をよくすることに全力を注いだ彼女からすれば、ミハイルのお荷物な上に偶然で生き残り続けている僕は目の上のたんこぶなのかもしれない。

 おまけに彼女の努力と言う甘い汁をすすっているし。





 だけど、




 

 それは、





「これ以上すると、私の命が危ないですね。すみませんでした」

「いや、僕の方が悪かった。ごめん」

「捕虜に謝るなんて殊勝な心がけですね。まあ、貰えるものは受け取っておきます」

 

 僕らは怒りの矛先をひとまず収めることにした。

 これ以上言い争っても互いに利益はない。


「話を進めましょう。あなたのセットのことでしたよね」

「その話はもういいよ」

「私はもうこちら側に寝返ったので、あなたが強くなることは、私の安全を保証することでもあります。だから、ハヤトさんのことを考えるのは当たり前です」

「・・・屁理屈じゃないか」


 僕は手のひらを返したマリンに対して疲れたように言葉を放った。


「いいじゃないですか屁理屈。私は好きですよ」


 僕を言い負かせたことで、どうやらマリンの機嫌はかなり良くなったようだ。

 本当に、どちらが上でどちらが下なのか分からない。





 「前置きをしますが、私は狙撃手なので中距離の射手については詳しくありません。なので私が入ったことのある隊の人の話を参考にって感じですよ」

「それでも十分助かる」


 人を言い負かせてご機嫌なんて、本当にこの少女は性格が悪い。


「あなたは命中率が悪いので、基本的には牽制と索敵が重要であると思います。トレリオスさんが提案した"ソナー”と”メディック”は最適解だと私は思います」

「”シールド"とか”ブースト"の重ねがけとかは論外ってことか。"弾道予測(ラプラス)"ってのはどうなんだ。あれなら打ち合いで結構有利な気がするんだけど」


 マリンはその考えに対して、いい質問であるかの様に頷いた。


「一つずつ整理しましょう。そもそも”シールド"や”ブースト"の重ねがけが微妙なのは、あなたの命中精度が低いからです。"シールド"を使えば片手が塞がりますのでジリ貧になって不利ですし、"ブースト"を両手両足にかけるのであれば、移動しながら撃たなければなりません」

「どっちも無理だね」

「"弾道予測(ラプラス)"も要は同じことなのです。相手の弾丸の軌跡がわかっても、射線が通らない様に避けた上で反撃しなければなりません」

「あー確かに」


 全ての原因は、僕の命中率の低さにあるということだ。防御しようが避けようが予測しようが、反撃しなければいつかは負けるのだ。

 マリンとの戦いの敗因は、そこにあるのだ。相手の攻撃を避けたところで自分の弾を相手に当てなければ決して勝てない。


トレリオス(くそ上官)さんが防御を捨てて両手持ちにさせたのは、弾幕の厚みを増やすことで、相手に当らなくても圧力をかけることができると踏んでのことだと思います」

「前に出ることが前提だから、"ソナー"で自分の場所がバレるのは特に不利益じゃないし、ミハエルが負傷した時のバックアップができる"メディック"も利にかなっているということか」


 なるほど。


 この様によく整理して考えると、上官が言っていたことは適当なのではなく、とても合理的であり僕以上に僕のことを考えてくれているからなのかもしれない。

 いや、ただ単に駒が減るのを嫌がっただけだろう。


 悔しいが、やはりあの上官は有能だ。


「確かにトレリオスさんの言動とか行動は眼に余るものがありますけどね」

「最近鞭を振るわれなくなったけど、言葉はやっぱりね」

「そうなのですか?私には躊躇なく鞭を振るってきましたけど」

「うわぁ。もしかして今怪我してるからってこと」

「だと思います」


 どうやら、怪我が治ればまた再開らしい。


「しばらくあの人の隊ってことになるんだけど」

「御愁傷様です」


 最悪だ。

 わかってはいたけど、まだまだ虐待される日々は続く様だ。


「さて、話が逸れましたけど、私的には"ソナー”をお勧めします」

「ミハイルと違う隊だからだよね」

「そうですね。ミハイーラさんの様にガロンが少ない人がエースという訳でないのなら、そもそも”メディック"自体が燃費のいいものではないので、それほどガロンが多い訳でもないハヤトさんが持つメリットはないかと思います」


 "メディック"は僕のガロンを他人に渡す訳ではない、あくまでも流出を防ぐ程度のものだ。ガロンが多い人が多少流出したところで、そこまで痛くはない。わざわざ僕が、少なくない量のガロンを消費して"メディック”をする必要はない。


「そういえばマリンさんの隊の人はどの補助兵装(パッシブ)を使っていたの?確かにミハイルは強いけど"ブースト”とか使ったら余裕で勝てたと思うし、”ソナー”を使えば僕の場所もわかったじゃん」

「別々の人が持っていたと思いますけど、そういえば確かにそうですね」


 まだ他にも気になる点がある。


「僕さ、その次の作戦で崖の上で戦ったんだけど、その時の近接手(フロント)も多分だけど、補助兵装(パッシブ)を使ってなかった気がするんだよ」


 考えてみればおかしな話だ。


 崖の上で僕は射手とレイピア使いと戦った。


 射手については、メインの射撃武器・"シールド"・”ソナー”を使っていた。


3 基本装備

2 射撃武器

1 弾丸

1 シールド

1 ソナー

-----------------


「射撃武器は第4世代のもので、スロット消費は3ですね。なので合計9になると思います。どちらにせよそんな感じだと思います」

「うん。でも近接手(フロント)のレイピア使いに関しては、最初の突撃こそ"ブースト"を使ってたかもしれないけど、"シールド”は使って来なかった」


 レイピアの基本戦術なのかもしれない、と思わなくはないが違和感は拭えない。


「ログとかって見れませんか?」

「ログ?」


 ログというのは換装体中に録画されている僕の視界だ。揺れとかも普通に入ってるし、視点がかなり変わるから見ていると酔うのだが。


「今使ってるのには入ってないから、前使ってた換装機の中だね」

「取りに行けませんか?」

「上官が持ってるかも」

「見ましょう!!」


 もしかしたら、レールガン攻略の手がかりがあるかもしれないという、一縷の望みをかけて僕は、上官に頭を下げに行った。

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