捕虜の女
僕が寝ていた天幕には、マリン一人でやってきた。いくら捕虜としての態度がいいからといって、上官が付き添わなかったのは意外だった。
「うまくやったんですね、ハヤトさん」
「おかげさまでね」
マリンは両手もすでに解放されており、この状態で暴れたら誰も止められないのではないか思う。実際戦場では、距離的に圧倒的に不利な状況でも僕を余裕で抑えていた。
「それにしても、何も拘束されてないって、いささか不用心すぎない?」
「ーー毒ですよ。ハヤトさんと同じように、毒を飲むことである程度の自由を確保してもらっているんです。しかも今は換装体で、あなた方が上官と呼ぶトレリオスさんの監視下にありますよ」
「なるほど」
何もかも監視下と言うところか、、、待って、毒!?。
「僕しばらく換装体にならずに休息の命令出てるんだけど、毒やばいんじゃ・・・?」
「アホなんですか?解毒してるに決まっているでしょう。恐らく体が早く回復するような薬も一緒に投薬されていますよ」
「それもそうか」
マリンは心底飽きれた眼差しを僕へ向けてきた。居心地が悪くなって、目を逸らしてしまった。しょうがないだろう、聞かされてないんだから。
「そんなに心配なら確認して置いたらどうですか?トレリオス上官に」
「うぐぅ」
クソ上官こと、トレリオス上官に確認するのは、と言うかメッセージを送ること自体、とてつもなく抵抗がある。
「しょうもないことで連絡するなって、返ってくるだろうね」
「そうだと思います」
このチクチク刺すような言動はなんとかならないだろうか。
「それよりさ、ガロン兵装のこと教えてよ」
「はぁ。露骨に話逸らしましたね。まあいいですけど」
時間があるのだから、色々聞いておくのはいいことだろう。兵装についてはよくわからないことが多い。勿論奴隷兵に情報を与えたくない事情もあるのだろう。
あの短い30分ほどの装備変更時間で全てを把握するなど無茶だ。今のうちに装備について理解しておくのは、生き残るためにも重要なのは疑いようもない。
「何について知りたいんですか?銅剣についてはお話しした通りなので、それ以上と言われると結構難しいのですけど」
「弱点とかないの?」
「あなたがいた時には話せませんでしたけど、試作段階での課題点についてはよく知っていますよ」
今は改善されている可能性があるってことか。
「レールガンは二本のレールと弾丸に電流が通ることで、ローレンツ力っていう力が働き、弾丸が前に射出されるものです」
「ローレンツ力って」
「話している途中なんですけど」
じろりと睨まれると、結構心にくる。
「私も詳しく知っているわけではないのですが、実験しているうちにレールだけではダメだと言うことがわかってきたそうです」
「なるほど」
「それでレールの上下、いえレールごと絶縁性のあるガロンで覆うことになったのです」
「絶縁性って言うのはわからないけど、金属のレール以外の部分を破壊すれば」
「そう言う事です。金属部以外は普通の強度なので、簡単に破壊できる可能性が高いです」
あの威力で暴発したら、兵装を持っている人だけでなく、味方ごと粉砕されかねないだろう。護衛をしているのは近接手なので、それほど離れることもできない。
「ただ、気になることもあります」
「気になること?」
「はい__
「私の戦闘スタイルは、ご存知の通りスナイパーです。超遠距離から相手の動きを制限させることが、主な仕事です。中距離ですら、先の戦いのように遮蔽物が多いと射線が通りませんので、かなり不利です」
「もし改良が加わっていないなら、遠いところから一方的に攻撃した方が安全ってことだよね」
「その通りです」
それもそうだ、砲身が傷ついたらもう一度再構成しなければならないと考えると、寄らせないことが一番重要になるはずだ。
「だから謎なんですよね。私を普通の前線の隊に配備したのが」
「言われてみればそうだね」
「あの時はもう用済みだから捨てられたのだと思ったのですが、今思えばおかしいことも結構多いんですよ。機密情報の塊の私を処理するなら、敵の手に渡らないようにするのが筋ではないですか?」
「と言うことは別の意図があってか、こちらを錯乱させるため?」
そう言うと、マリンは大きく頷いた。
「私が推測しているのは、射撃間隔を大きく開けることでの戦闘データの収集です」
「もっと間隔が短かったら僕らはきっと負けていただろうね」
「当たり前です」
僕はタライ回しにされていたので、一応狙撃用のガロン兵装も触れてはいるのだ。だが、あの兵装はマリンが使っていた兵装よりも次弾発射までの時間はもっと短かった。
無論威力はそこまで高くない。岩を砕くことはおろか、一撃では急所をぶち抜いても換装体を解除させるのは難しい。部位欠損させるのが精々といったところだ。
「私が二種類の狙撃銃を持っていたのは覚えていますか?」
「もちろん」
「レールガンはチャージする時間によって次弾の威力と速度が変わります。しかし、砲身の強度がありますので、チャージを開始してから、やっぱりもっと強い威力にしようとか弱くしようと言うのはできません」
つまり、狙撃手には相手がどのように動くのか予測して、強い代わりにタメが長いか、弱い代わりに連続で打てるものかを考えなければならないのか
「てことは、至近距離で交戦したのは、実戦投入の前の運用の試金石ってところかな」
「その通りです。以外と物分かりがいいのですね」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
失敗作が相手に渡るリスクを犯してでも実戦のデータが欲しかったのなら、リスクとリターンが見合っているようにも感じる。
地球にいた頃、原爆の開発競争がと言うニュースを見たことがある。その時も実際に爆発させたデータがないと開発はうまく進まないと言ってた。机上の空論ではない実際の生のデータがどれだけ重要かが伺える。
「あと、これは弱点というほどのことではないのかもしれませんが、あれは反動がすごいです」
「反動?直接対面した時はそんな感じなかったけどなあ。撃ったことあるの?」
「データ収集のための、実験でという感じですが」
これも生のデータ収集のためか。
「反動が凄まじいです。あの時は、支えきれずに後ろの壁にぶつかって換装体が解けました」
「そんなに?ガロンの銃も反動すごいけど」
「あれは運用ができなくなるレベルのことだったので、今は改善されていると思います」
「”ブースト”は使わないの?第五世代なら入れられるよね?」
僕が二丁で短機関銃を扱っていた時は、強化することでなんとか体を支えることができた。反動がすごいのなら同じようにするべきではないだろうか
「あのですね、兵装に補助兵装を入れるだけの空き容量がないのですよ。第五世代のコンセプトは今まで運用できなかった高出力ガロン兵装ですよ?」
「ごめん、それがわからない」
「本当に一から説明しないといけないんですね。えっとですね__」
要約するとこういうことらしい。
そもそもガロン兵装は、人間が持つガロンを用いて武器を作ったり補助兵装を運用するものなのだが、人間はそのスロットをおおよそ10程度しか持たない。
才能がある人間は13とか14とかスロットがあるものの、そこまでいくと専用兵装になるため、量産型は才能のない人間でもギリギリ展開できる10が基本となっているそうだ。
その中で、基本となる換装体に2とARに1を振り分けており、残りの7でメインの武器や補助兵装を振り分けている。
例えば、ハヤトの場合だと、基本の3以外は、メイン兵装の短機関銃が2ずつスロットを圧迫し弾丸として1のスロットを占めている。そして、補助兵装の"ブースター"が1を取っており、計9である。もう一つ補助兵装を積めなくはないが、今のところは開けている。
3 換装体+AR
2 短機関銃
2 短機関銃
1 短機関銃用弾丸
1 ブースター
------------------
9
ミハエルの場合であれば、メイン兵装にブレードの3と補助兵装として"シールド”の1のみある。もっとスロットに補助兵装を入れられるものの、元々のガロン量が少ないため、枠を取らないことで残量を残している。
3 換装体+AR
3 ブレード
1 シールド
------------------
7
このように、第三世代は自分の戦闘スタイルに合わせて調節するのがコンセプトである。
第四世代も似たようなものであり、スロットは10のままで局地戦特化というか、迷彩や曲がる弾丸など、一風変わったものを使うことで、有利を作り出すのがコンセプトだ。
そこで開発の頭打ちになったため、第五世代は人間を改造することでもっと強い武器を使えるようにしようというものらしい。
スロットが10より多いものは使用者をかなり選ぶはずなのだが、改造によって平均が14くらいには上がるそうだ。マリンが使用していたものも、スロット度外視の第5世代プロトタイプらしい。
とにかく、銅剣はそれだけでも10以上消費するものであり、基本の換装体+ARを含めると、例えスロットが1つしか消費しないにしろ"ブースト”を入れるのは現実的ではないそうだ。
「わかりましたか?」
「なんとか、ギリギリ」
「これは私の想像なのですが”ブースト”を入れたのではなく、銅剣本体を空間に固定するのではないでしょうか」
「空間固定ってすごいファンタジーだね」
「そもそも異世界の時点でファンタジーなのは避けられませんよ」
いつの間にかこの世界に馴染んでいたけど、そもそもガロンという力がよく分からないのに、ファンタジーなんか気にしている場合じゃなかったな。
「ですが、やはり銅剣本体のスロット圧迫数をあげるのは、現実的じゃないんですよね」
「なんか仕掛けがありそうってところか」
「はい」
小難しい話をずっとしていたせいか、頭が痛くなってきた。
マリンも行き詰まっているのか、そこまで話すと言葉が止まってしまった。
「マリンはガロン兵装に詳しいんだよね?」
「あなたに比べれば」
何を今更というような表情をされているが、僕はそこまで不快には思わなかった。話しているだけで非常に勉強になるし、クソ上官に比べれば、とても優しく教えてくれるのだ。
「こっちの国の兵装ってわかる?」
「元々一つの国ですから、ある程度はわかりますよ」
「第3世代は大丈夫なんだよね?」
「共通ですね」
「じゃあさ、僕のセットを考えてよ。せっかく暇なんだし」
「一応私敵側の人間なんですけど」
そう言いつつも、マリンも暇を持て余しているのか、相談に乗ってくれるようだった。
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