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幕間

 今からおよそ4年前、我々は侵略者と戦っていた。


「ボーテス!!行くぞ!!」

「ういっす!」


 先祖が長い旅の末にたどり着いたこの世界は、荒野しかなく水も少ししかなかった。

 それでも、細々と生活する分には十分な世界だった。


 そこへやってきたのは、かつて先祖を追い出した覇権国家。こんな辺境を占領したところで何の得があると言うのかはわからない。

 しかし、襲われる以上は追い返さねければならない。


「【ブレード】」

「【ランス】」


 私のガロン兵装からは、青白く細長い刃が出現した。一方、相棒のボーテスからは先が二股に分かれている槍を生成した。


 侵略者は”人間を送り込んでこない”。


”バチバチバチバチ”

『UUUUUUUUUURRRRRRRRRRRRRRRRRR』


 大地に降り立った喜びか、怪物は発光しながら咆哮する。

 何回相対しても、その重圧になれる事は無い。


 いい加減慣れたとしてもバチは当たらないと思うのだが。


 4つの乳白色の歪な金属の塊、そこから飛び出す複数の鋼の槍。威圧するかの様にそれぞれの塊に描かれた赤い目は、動いていないはずなのにまるでこちらを見下しているかの様である。


 無数の敵の槍は絶えず蠢いており、尖った先はこちらを向いている。相変わらず気色悪い事この上ない。


 金属らしき物質と言うのが肝なのだが、これは結局のところガロンを物質化したものだ。だからこそ、破壊された時点でガロンに戻ってしまうのだ。


「相変わらず硬そうっすね」

「今日はハズレだな。だが、こいつが街に行くと厄介だ。ここで食い止めるぞ!!」

「ういっす」


 ボーテスの返事を聞いて、【ブースト】を起動した。


 足のリミッターを解除し、大地を力強く蹴り飛ばす。突如として足元より発生した爆風は、荒野の砂埃を巻き上げた。


 加速された世界の中でマントをたなびかせ、2秒で敵の目の前へと踊り出す。この距離で見ると改めてその巨大さがよくわかる。一つ一つの大きさは10mほどだろうか、だが街を破壊するには十分な大きさだろう。


 怪物は矮小な人間が行く手を阻むのをイラついたのか、鋼の槍を差し向けた。


『UUUUUUUUUURRRRRRRRRRRRRRRRRR』


 走る姿勢を静止し、大地を大きく削りながら、両足を地面につける。走り始めと同じく、派手に砂埃が撒き散らされる。


 (わたし)が止まろうが敵には関係ない。そのまま刺し抜けんと無数の鋼の槍が私をめがけて伸びてきた。


「はあああああああああああああああ!!!!」


 掛け声とともに剣を振り抜いた。芯に当たった感触を感じつつ、足を前へと踏み出す。破壊し損ねた槍がまだ私を狙っているのだ。


「シッッッッッッッ」


 残った槍を切り落とさんと二太刀目は大きく上から振り下ろす。視界に映るのはガロンに分解され煙となった残骸だけだ。


 全てのガロンを破壊したのを見届ける前に、私の背後にいたボーテスが前へと飛び出す。


 邪魔な槍は切り払った。次の槍を生成するまでは敵は無防備である。我々と敵との距離はわずかに4mほどである。避けられはしない。




『UUUUUUUUUURRRRRRRRRRRRRRRRRR』



 身じろぎをして弱点たる赤目をから狙いを外そうとするものの、ボーテスの槍はそのど真ん中に突き刺さった。


 途端に、全身にヒビが入る。生成されつつあった槍の動きは徐々に緩慢になり、次第に全て地面に落下する。発光していた筈の描かれたような赤い目は黒っぽくなり、ごろりとその巨体が動く。



 先ずは一体。


「油断するな!!」

「わかってますよ」


 私の返事を待たずにボーテスはその場を飛び退いた。直後には無数の槍がその場に出現していた。奴らに仲間意識というのはないのだろうか。


 怪物は一体沈んだことになんの関心もないのか、数が減っているのも関わらず、まだまだ我々を狙っている。そもそも思考というのがあるのかは知らん。


 敵のヘイトはボーテスが大きく持っており、鋼の槍の大半はボーテスへ次々と襲いかかる。ボーテスはそれを後退しながら避けているが、その内刺されてもおかしくはない。


「やばいっすね。助けてください」

「断る」


 敵の目は全てボーテスを向いている、残念ながら槍をまとめて薙ぎ払った私については興味がないらしい。

弱点さえ攻撃されなければ死ぬことはない。そんな自信でも持っているのだろうか。


 確かに敵の体は金属のような性質を持っており、生半可な攻撃では傷すらつかず、防衛軍の中でも脅威度は最高クラスに高い。ブレードで切りつけたところで弱点の目の部分以外では、攻撃したブレード側が割れてしまうことが報告されている。


 高い防御力を生かし一方的に攻撃するということがコンセプトらしい。




 腹が立つ。




 私は一向にこちらを見ようとしない。槍の一つも差し向けてこない「鉄屑」は、間合いに入った私には背を向けるばかりだ。


「【ブースト】」


 換装体の能力を飛躍させる補助兵装をもう一つ展開して、己の限界を突破する。私の換装体に徐々にヒビが入り始め、その限界を告げるアラームが鳴り始める。


【警告 重付与による換装体の強度限界。至急補助兵装を解除せよ】


知るか


「貴様らの相手は私だ」


 ゆっくりとした動きでタメを作り、深く腰を落とした。


 今頃になって、異様なガロンの反応に気づいたのか2〜3本の槍がこちらへと向けられてきた。ヒビが入った状態の換装体では削られるどころか、一発で換装体を破壊することができるだろう。



だがもう遅い。


「はあああああああああああああああ!!!!」


 振り抜いた刃は鋼の体だけでなく、空間ごと切り裂いた。


 鉄同士が擦れる音がしたかと思うと、()()()()()()()の3体の鉄の塊は同時に二つに分かれた。


 一瞬のうちに全ての槍は活動を停止し、地面に落下。最初にボーテスによって倒された個体と同じく、ガロンとなって霧のように消え失せた。


【換装体 強制解除】


 少し遅れて、私の換装体も解除されてしまい、「本体」が出てきた。もしもう一体でも残っていたなら私は今頃肉ミンチになっているのだろう。


 いきなり機能停止した鋼の槍に驚きつつも、敵のいなくなった荒野でポツンと立ち尽くしている私を見たボーテスは全てを把握したのか苦笑いを浮かべていた。


「またっすかー」

「全部倒したのだ、問題はない」

「いや、まじで半端ないっすね」


 自分もさらっと一体倒したくせに、ヨイショしてくるのはこいつの悪い癖だと思う。現にそれで敵のヘイトは全部向こうに行ったのだから。


「どの口が言うか」

「いやいや、おかしいでしょ。何をどう考えたら、斬ろうって思うんすか」


 確かに硬いの認めるが、ガロンで生成された金属である以上は、普通の物質では破壊ができないとしても、ガロンの武器で破壊することは理論的には可能であるはずだ。


「貴様が敵の気を引きすぎたのが悪い」

「あんたは構ってちゃんですか・・・」


 呆れたような表情のボーテスは私をかわいそうな目で見てきた。そんな目を私に向けるな。せっかく鉄の槍を二太刀で全て処理すると言う離れ業を見せたにも関わらず、無視する方が悪いだろう。


「それに、換装体溶けちゃいましたけど、どうやって帰るんですか?まさか生身でバイクに乗るとか言わないっすよね」

「う、うるさい!!黙っとけ」

「後先考えずにやっちまったんすね・・・」


 年下のくせにボーテスと言う男はこうやってチマチマと私のしたことを責めてくるのだ。上も上でそれがわかっているのか、必ずこいつをバディーないしはチームとして組ませてくる。


「こんな様子みたら後輩たちはなんて思うんすかねぇ。憧れのエースはポンコツで後先考えない残念さんであるとか」

「ううっ」

「尻拭いするの俺なんでほどほどにして欲しいっすね。とりあえず、新しい伝説が出来てよかったじゃないっすか。鋼の赤目を3体まとめて両断したっていう」


 改めてやったことをこう、チクチクと言われると本当に恥ずかしい。


「新たな偉業をこの目でみられて嬉しいっすね」

「ええい黙れ黙れ!!」

「はっはっは」


 本当にこのチャラチャラしたボーテスと言う男は気に食わん。敬語も十分に使えず、年上に対する礼儀が全くなっていない。お目付役というのが相応しいだけである。


 無論、弱いわけではない。軍で最初に槍を使い始めたというだけあって、我々の中でも指折りの強さである。特に対人戦に関しは、勝てる人間はほぼ居ないと聞いている。私も何度か手合わせを行なったが、確かに豪語するだけあって勝ち越すことは出来なかった。


 補助兵装なしで剣と槍だけの戦いだったら勝てる気がするのだが。


「【換装体解除】」


 考え事をしていたら、ボーテスは換装を解いていた。バイクに乗って帰らないのだろうか?敵はもう居ないとはいえ、それをする理由はないのだが。


「俺だけ換装体なのも馬鹿馬鹿しいですし、バイクは二人で押して帰りましょう」

「すまんな」

「置いて帰るほど冷たい人間じゃないっすよ。一刻も早くみんなに偉業を話したい気持ちは勿論あるんっすけどねぇ」


 一言余計だ。





 二人でバイクを押しながら荒野を歩くと、どれほどこの荒野が大きいかよくわかる。よく軍ではもっと広く、緑豊かな世界のことを教えられるが全く想像がつかない。


「そう言えば、異界の探索って進んでるんですか?」

「人がたくさん住んでいるらしい異世界を見つけたという報告は受けている」

「へぇ、じゃあそこと同盟を組んで軍を派遣してもらうって感じですかね」

「そんなわけないだろう」


 別世界から侵略を受けているというのに、それを防ぐためにもう一つ別の世界から軍を持ってきてもらったとしたら、我々の存在意義というのは何なのだ。

 そもそも、その緑豊かで人が沢山住んでいる世界は我々を助ける義理などないのだ。


「じゃあ、移住っすかね」

「できると思うか?」

「無理っすね。俺もこの世界で骨を埋めるつもりですし」

「私もだ」


 荒野しかない世界の何処がいいのだと言われると、難しいが故郷というのはそういうものだろう。勿論新天地を探すことを悪いと言うつもりはない。


 次元の辺境国たるエリミアは、そもそも隣接する異世界が少なくその異世界はすでに滅ぼされてしまっている。距離が開いていく周期に入ったからこそ、敵の攻撃は弱まっているが、最初期には人口の半分である5万人者犠牲者が出たという。


「同盟国スーディルも滅ぼされましたし、うちらが滅びるのも時間の問題っすね」

「それもそうだな」

「天下のエース様が現役でいる間はいいとしても、人が減ってますからジリ貧ですね」

「貴様のいうエース様とやらが誰を指していいっているのか知らんが、どうにかしてでもガロンをもつ人間を確保せねばならん」


 私はそう言って、果てしない赤茶けた荒野を見た。


 この光景を見て、他国の人間の中には美しいと表現する人がいた。資源が沢山眠っていると喜んだ科学者もいた。これから色々作ることができると意気込んだ人間もいた。

 だが、彼らは誰一人としてこの世界に留まらなかった。


 この荒野には、人を惹きつける魅力などないのだ。



 だが、



「私はこの世界が好きだ」


「知ってますよ」





我々が異世界からの人間を拉致するのなら、私が責任を持って一人前の兵士にする。


彼らはきっと憎しみを抱くだろう


その罪は全て私が引き受ける





だから、どうかこの世界を救ってほしい。






 時は流れた。


 いつの間にか異形の怪物ではなく人間送り込まれ、内戦という形で内部からじわじわとこちらを削る作戦に切り替えられた。


 戦える人間は分断され、今まで以上に奴隷の戦士の役割は重要となった。


 敵にトラウマを植えつけられ引退したエースは、優れた奴隷戦士を作り出すために厳しい指導を行い、憎しみを一人で受け止めていた。


 いつか世界が救われる日を夢見て。





「私の名前はトレリオス・サングリ・ブルガル。貴様らの上官となる人間だ。わかったなら返事をしろ、このクソ虫ども!!」

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