表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/18

奴隷96番

「気が付いたか、馬鹿者」


 何処かで聞いたことのある声が耳に入ると同時に、驚くほどはっきりと目が覚めた。


いっっって


「うるさいぞ!」


 条件反射というのは後天的に得られる反射行動である。

 半年に及ぶ調教によって、体は傷があることを御構い無しに、起き上がることを強要した。


 勿論傷は無理をした分の痛みを僕に返した。


「ハヤト」


 僕の悲鳴に反応したミハエルはいち早く反応して、僕を優しく抱きしめた。


「アンセイ シロ」

「わかったよ」

「ちっ」


 いくらクソとはいえ、上官も怪我人を介抱するミハエルを叱咤する気はないのか、口を開いたものの、ため息をつくだけで言葉は発しなかった。


「ハヤト キズ フカイ」

「痛い痛い」

「ワカッテルノ?」

「わかってるわかってる」

「ワカッテナイ!!」


 徐々に締め付けはきつくなる。


「シンダ オモッタ」

「あああイタタタタタタ」


 二度目の叫び声をあげたところで、慌ててミハエルは僕を解放した。しゅんとして、やり過ぎたことにかなり反省している様子だった。


 もし彼に犬耳と尻尾でも生えていたら、さぞしゅんと垂れ下がっていただろう。




 少し落ち着いたので、改めて周りを見渡すと妙な場所であることに気が付いた。数本の柱と、それを支えにする形で覆いかぶさっている布の中のその内側って感じだ。端的に言えばテントの中だった。


「ここはど、、、」

「キャンプ地だ」

「サーイエッサー」


 ミハエルに向かって話しかけたにも関わらず、食い気味に答えたのは上官だった。恐る恐る上官の方へ視線を移動させるといつもの通り、イラついているのか腕を組んでこちらを見下ろしている。


「気が付いたのなら、問題ないだろう」


 どうやら不機嫌の原因はミハイルにあるらしい。この上官はこんなにいい人であるミハイルに対しても、やはり最低な態度を取っていた。


「ワカリマシタ。アリガトウゴザイマス」

「次の任務に移れ」


 上官はそういうと、ミハエルに端末を手渡した。

 腑に落ちない表情をしつつも、素直にそれを受けとるミハイルの姿は少し気になった。その顔は嫌そうと言うよりはある程度納得しているような表情だった。


 しかし任務の内容自体には全く興味がないのか、端末を一瞬たりとも目を通さずに、服のポケットに入れた。服には慣れていないのか、左右のポケットや尻のポケットを弄り、入れるのには苦戦していた。


 ポケットにしまって落ち着いたのか、僕の方を見て少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうにも見える表情を浮かべた。


「マタナ」

「おう」


 なぜそのような表情を浮かべたのか分からないほど、あっさりとした挨拶をし、ミハイルは振り返った。軽く上官に会釈すると、テントの切れ目へと歩いて行った。


 出入り口となっている幕をたくし上げて、もう一度こちらを向いて笑いかけたミハエルは満足そうに外へ消えて行った。



 外はもう真昼らしい。





 そういえば、ポケットを探している時に気が付いたが、ミハイルはいつもの囚人服ではなく、どこか見覚えのある、灰色に橙色のラインの入った隊服っぽいのを着ていた。


次の作戦に関係するのだろうか。



「おほん」


 考え事をしていた僕に対して、立ち上がった上官は大きな咳払いをして注意を向けさせた。


「奴隷96番」


 僕の()()だ 。


「作戦の成功の褒賞として、この時を持って貴様を特別隊員として我が軍に入隊することを認める」


 上官は一際堅苦しい声を作ると、敬礼を行なった。


「サーイエッサー」


 僕はつられて見よう見まねの敬礼を行なった。何を言われているのか全く分からず、目はパチパチと何度も瞬きを繰り返している。


 理解が追いついていない僕を、さらに置いていくつもりなのか、上官はテーブルの上から数枚の紙束と布袋を取り出した。


「これはそれに関わる書類と、これから貴様が着るべき隊服だ。書類には必ず目を通してサインしておくように」


えっと、どう言うことなのだろうか。 


「返事は?」

「サーイエッサー」


 上官は満足そうに頷いた。


 そんな表情の上官とは対照に僕は怪訝な顔をしていたと思う。一番最初の言葉の意味すら、まだ理解できていないのだから。





「事の顛末から説明してやろう」


 今日の上官はとても機嫌がいいらしい。いつも虐待をする人間が、こうも()()()をされると逆に怖い。今更そんなことをしたって本性はよく知っているのだ。


「先の先頭において貴様らが捉えた捕虜の情報によって我々は敵の新型ガロン使いとの戦闘で勝利した。残念ながら殺害こそ防がれてしまったものの、第一目標の水源だけ出なく、ここの井戸まで確保できたのは非常に大きい」


 気を失った後のことは全くわからないが、僕が生きてる以上、勝ったということだろう。


「重要な捕虜の捕獲、山頂での狙撃手の撃退、おまけに敵第五世代の足止めをした」


 そこまでいって、言葉を区切った。

 僕の理解を待っているわけではなく、言うかどうかを考えているようだった。



 僅かな葛藤の後、言葉を続けた。


「というのは建前だ」

「それは、どのような意味でしょうか」


 上官は目元を抑え、まるで目でも疲れているかのような仕草をした。


「ミハイーラを欲しがった尻の青い坊主がおってな、貴様はそのついでという訳だ」

「彼はとても強いですからね」

「奴はサンダリア隊に臨時入隊する条件として、貴様も特別隊員として扱うことを条件にした」


 ああ、ミハイルはサンダリア隊に入ったのか。


「なるほど、サンダリア隊長のところに、、、短い付き合いではありますが、とても尊敬できる方と存じ上げています」

「、、、青いんだよ」


 上官は呆れたような表情を浮かべた。


 サンダリア隊長と面と向かって話したのは、1日にも満たない時間ではあるものの、優しい印象を受けており、そんな人ならきっとミハイルをしっかり面倒見てくれるだろう。



 僕は自分のことのように嬉しくなった。



「とにかくだ、貴様も奴隷は卒業だ。これからは一人の隊員として扱うことを約束しよう」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


「黙れ!!」


「サーイエッサー」





 さっきまでの長々とした説明の時には実感できなかったが、こうして端的に何を言われたか理解すると、喜びが巻き起こってきた。


 奴隷としての生活とはおさらばできる!!


 あとはどんな隊に配備されるかというところだ。これでまた上官のような人間がいるところや()()()()()()|のいる所は勘弁して欲しい所だ。


 期待を込めた目を上官に向けた。



「残念だが、貴様を欲しがる隊はないから、所属はこれまで通り私の直属ということになるがな」



 うわっっっっっっっっ



「返事は?」


「、、、、サー、、、、イエッサー」


 暴力と暴言の日々から逃れられると思ったが、どうやらそんなに世界は甘くないらしい。

 これからも奴隷と変わらない生活が続くと思うと、嫌な気持ちが込み上げてきた。


 何が特別隊員だ。


 上げて落とすとは、何とも性格の悪い上官だ。





 ミハイルだけでもそんな世界(地獄)から脱せたのなら、頑張った甲斐があったのかもしれない。遅かれ早かれ彼は才能もあるし、努力家だった。いつかはそんな日が来るとは思っていたが、そのいつかが今日なだけだ。

 でも、自分だけじゃなくて、僕を助けようとしてくれたのは。



 曲がりなりにも、僕を友人と認めてくれたのかな。



「もっと嫌な顔をしても良いのだぞ。私が貴様らにしたことは自覚しているつもりだ」

「いえ、これかもよろしくお願いします」

「そうか」


 本当はもっっと嫌な顔をしたいところだが、ミハイルの気持ちを踏みにじる訳にはいかない。絶対にこのクソ上官から離れてやる。


「今はこのテントが、基地では調整をした部屋が我々の作戦室ということになっている。貴様に私から最初に与える任務は休息だ。そこまで深い傷でもない為、2日程度ではあるがしっかり休むことだ」

「サーイエッサー」


 今まで休暇なんて概念がなかった。こんなに待遇が変わって本当に大丈夫か。


「それでは暇だろうから、貴様が連れてきた捕虜の監視もしておけ。あとで連れてくるから、そこで何か新しいことがわかればすぐに私に連絡しろ」


 その程度の任務なら休暇と変わらないな。むしろ話し相手ができて、ありがたいくらいだ。

 言いたいことはそれだけなのか、上官は言い切るとともに椅子から立ち上がった。

 

 小さな机に置かれている書類と端末をいくらか拾い上げ、そのままテントの出口らしき布をたくし上げた。


「これは独り言だが、今回私はサンダリア隊の作戦は失敗していると考えている。確かにサンダリア隊は強い。ミハイーラの戦いのセンスも光るものがある」

「はい」

「だが、世代差はそれ程甘くない」


 そう言ってテントを後にした。








 僕は今日奴隷じゃなくなった。


 傷を気にせずに新しい隊服を抱きしめたことも、誰かに責められることはない。









「そういえば、貴様の銃は短機関銃(サブマシンガン)だ。突撃銃(アサルトライフル)ではないぞ」


 テントの外から、水を刺すようなクソ上官の声が聞こえてきた。


評価・感想・ご意見等募集しています!!


続きやこれからの活躍が気になる方は是非ブックマークをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ