25話 決意
「お婆ちゃんは、結局剣士じゃオオカミは殺せないって言っているの?」
レイチェルは剣士であっても実際にオオカミを斬り殺しているので、納得がいっていなかった。しかし、レベッカはレイチェルの肩に手を置き、首を振る。
「違うよ。
現にレイチェルは間違いなくオオカミを倒しただろう。
前例がないけど、魔法を剣に籠める事により、オオカミを殺す事は出来たんだ。それどころか、レイチェルのあの才能があれば、ソロでもオオカミを狩れるだろう」
レベッカの言うレイチェルの才能とは、本能でオオカミの核を探し当てる事だ。その力があれば、九星であっても無事では済まないだろう。
だが、レベッカが心配しているのはそこではなかった。
「だけどね……。長くハンター頭巾をやっていると、いつどんな危険な状況に陥るかは分からないんだ。
それが油断であったり、些細なミスが命に関わる事だってあり得る。
そうなった時、助けてくれるのは仲間の存在なんだよ」
「仲間?」
「そう……。
わたしにとって、それがクロードであり、アリア達なんだ」
レイチェルは俯いた。
レイチェルは馬鹿じゃないので、レベッカの言う事は理解している。
だが、つい先日までハンター頭巾達は自分を蔑んでいた。それなのに、それを受け入れろというのは、十六歳の少女には少々酷な話ではある。
だが、幸いな事にレイチェルにはティルがいた。
ティルは俯いて何も言わなくなったレイチェルの手を優しく握る。
「大丈夫だよ。
レイチェルには私がいる……。
決して一人にはしないよ」
目を輝かせてティルはそう豪語するが、レベッカの顔は少し浮かない。その理由として、ティルがレイチェルに対し、友情以上の感情を持っている事に気付いているからだ。
(ティルは良い子だし、ソフィの愛弟子だからハンター頭巾の実力は申し分ない。
だけど、どうもティルのレイチェルを見る目からは邪な気配を感じるんだよねぇ……。
かわいい孫娘をティルに託していいのだろうか……)
しかし、ティルの邪な感情に気付かないレイチェルは、ティルの事を唯一無二の親友として信頼しているので傍目から見れば問題はない。
(うーむ。
レイチェルをティルと二人きりにするのは危険だね。
どうにか……。あ!)
「レイチェル。
シャンティからハンター頭巾達を利用すればいいと聞かなかったかい?」
「うん。
シャンティさんはハンター頭巾を利用しろと言っていた」
レベッカが思いついたのはシャンティを二人の間に入れる事だった。
実際にシャンティがそう言ったのは事実だし、レイチェルはシャンティを尊敬しているように見えた。だからこそ、シャンティなら任せられる思ったのだ。
基本、ハンター頭巾達は自分の仲間以外は信用しようとしないところがある。
オオカミ退治は死と隣り合わせの仕事である。自分が助かる為なら平気で他のハンター頭巾を騙す。そんな事は日常茶飯事なのだ。
「レイチェルは優しすぎるところがあるからね。
私が言うのもなんだけど、村では結構陰口を叩かれていたんだろう?
そんな連中の事なんて駒と同じだと考えればいいんだよ」
レベッカはこう言うが、レイチェルが割り切れない事を知っていた。
しかし、レイチェルがハンター頭巾を駒と考えれば、駒役に徹したハンター頭巾の生存率がグッと上がる。その上で、オオカミまで効率よく倒せるのだ。
駒になったハンター頭巾からすれば、メリットは大きく、デメリットはほぼない。
それなのに、ハンター頭巾達が剣技しか使えないレイチェルを下に見ているのは事実だ。
実は、レベッカもハンター頭巾になりたての時には陰口を叩かれ、ときにはオオカミ退治の邪魔までされた。
だからこそ、レイチェルの気持ちも分かる。そのうえレイチェルは優しい子だ。
レベッカはレイチェルほど優しくはなかった。
度重なる陰口に痺れを切らせたレベッカは、ハンター頭巾協会の本部に乗り込み、名のあるハンター頭巾を物理的に全員引退に追い込んだ。
そして、そのハンター頭巾が倒すはずだったオオカミをレイチェルとクロードの二人で倒し尽くしたのだ。
「さて、そろそろお喋るもやめておこうかね……。
アリアが来るまでに二人の悪い所をしっかりと確認しておく事にしよう。
そして、正式にハンター頭巾に登録してからしばらくは、見習いハンター頭巾として私と行動を共にしてもらうよ。
私が自ら鍛えてあげるよ!!」
「「はい」」
ティルはレイチェルを守る事に燃え、レイチェルの見た目は無表情でボーっとしているが、心の中はオオカミに対する憎悪の炎が燃え上がっていた。
一年後……。
久しぶりの休暇で町に戻ってきたレベッカは、旧友であるアリア、アールミヤと会っていた。
三人が顔を合わせるのは、一年前ぶりだった。
「レベッカ、調子はどうだ?
そろそろ引退を視野に入れた方がいいんじゃないのか?」
この中でも一番年上のアールミヤが今も現役をしているレベッカの体を心配していた。
「お前が強いのは分かっているが、もう歳だろう?
お前の孫であるレイチェルもハンター頭巾として名を馳せだした。
もういいんじゃないのか?」
レイチェルとティルはハンター頭巾の登録を終えた後、半年間レベッカの下でオオカミ退治を重ね、今では独立してオオカミを狩っている。
「いや、九星の脅威が残っている以上、引退は出来ないよ……」
レベッカはこう言うが、あれ以来九星は表には現れてはいない。
だが、一年前に比べて特殊個体のオオカミが増えているように感じていた。
「お前から九星の事を聞いて、あの二人にも警戒するよう言ってあるが、全く九星が現れたとの報告はない」
「疑っているのかい?」
レベッカはアールミヤにそう答える。しかし、アールミヤは苦笑しつつ「疑いはしていないさ」と答えた。
「一年前、ソフィの死に驚いたが、何より私が驚いたのはハンゾウの死だ。
ハンゾウであれば、並みのオオカミに殺されるなどというへまはしないはずだ」
アールミヤはハンター頭巾としての剣士を認めてはいなかったが、ハンゾウの剣技が美しく、そして強いという事だけは認めていた。
オオカミを殺せなくとも、特殊個体程度ならソフィと協力すれば退治できないとは思えなかった。
それなのに二人とも死んだ。
それ以外にもティルの両親もハンター頭巾としては有名だったのに、その四人が同時に殺されたというだけで普通とは思えなかった。
なおかつ……。
「お前が仕留めきれなかったんだ……。
例え嘘であっても警戒するのに越した事はない」
アールミヤは一枚の報告書を出した。
この報告書は灰頭巾のグローアが一年で九星に関して調べた報告書だ。
「これは……。
さすがグローアと言ったところか……」
五人の英雄の一人であるグローアは九星にこそ遭遇していなかったが、話ができる特殊個体を締め上げて九星の事を吐かせていた。
拷問の結果、オオカミが話したのは、九星は確実に存在していて、かつてレベッカ達が倒した魔王も、すでに復活しているとの事だった。
この報告を聞いてレベッカの目が鋭くなった。
だが、その日の夜。
アールミヤのもとに驚くべき報告が上がってきた。
【ずきんなしのレイチェルと魔弾のティルの二人によって魔王が再び討たれた】




