23話 無表情のレイチェル
レベッカは歪みが消えるのをジッと見ていた。勿論、ただ茫然と見ていたわけではなく、戦っていたスロポスの気配を追跡しようとしたのだが、後から現れたロビソーミンにより気配を完全に消されたのか、追跡は出来なかった。
(チッ……。
あのスロポスというオオカミであれば追跡が可能だったろうけど、ロビソーミンと呼ばれていたオオカミがそれを妨害したのか……)
レベッカは、これ以上の追跡を止める事にした。そして、今後の事を考えると、苦虫を噛み潰したような顔になる。
(今日だけで様々な新事実が分かった事になったね……。
これを上に報告するのは、気が重いな……)
レベッカの懸念しているのは、九星の存在。オオカミ同士の子供が存在する事。オオカミの王。かつて倒した魔王が、九星の一人で、再び復活する可能性がある。
……これが本当であれば、ハンター頭巾達はきっと混乱するだろうと……。
レベッカはレイチェルを抱きかかえたティルの傍に歩いて行く。そしてレイチェルの頬を軽く撫でた。
「ティル、レイチェルを任せていいかい?
私は死んだ者達を埋葬してあげようと思う……。
シャンティにも手伝ってもらいたいが……ジャンの具合はどうだい?」
ジャンはロビソーミンに腕を斬り落とされていたが、止血の紋章魔法が込められた魔道具を使い、今は血も止まって眠っていた。
「止血は済んでいるから、命に別状はないわ……何を手伝えばいい?」
「そうだね。
ソフィやハンゾウ、それにティルの両親達を一か所に集めてくれるかい?」
「……えぇ」
シャンティは四人の遺体を並べた。レベッカは四人を見て目頭を押さえて、地面を殴る。すると、地面が大きく抉れた。
レベッカは四人をその穴に丁寧に寝かせ土を被せる。
「シャンティ、村に生き残っている村人を集めて来てくれないかい?」
「……え?
村人達は全滅したんじゃ……」
この村の守護者でもあったソフィが殺された事により、村人は全滅していたと思っていたシャンティはレベッカの言葉に驚く。
「いや、犠牲者もいるだろうけど全滅はしていないと思う。
この村には、もしもの時の為にオオカミからの襲撃から逃れる為の地下壕が秘密裏に設置されている事をこの村に住むティルなら聞いているだろう?」
この言葉を聞いてティルは思い出した様に、立ち上がった。しかし、シャンティがレベッカを睨む。
「なんだい?」
レベッカはその目に気付いてそう問うがシャンティは何も答えなかった。
秘密裏という事は、この村に来ていたハンター頭巾にも話していないという事だ。つまりは、大規模な襲撃が起きた場合、ハンター頭巾を囮にして村人達だけが助かるという事でもある。
「シャンティ、何を怒っているんだい?」
シャンティにとってレベッカは雲の上の存在だ。そんな人物を睨みつけていたのだから、咎められるかと思っていたのだが、レベッカは優しく微笑んだ。
そんなレベッカを見て、シャンティは呆気に取られてしまう。
そこで、口を滑らせるように疑問に思っている事を口に出してしまった。
「い、いや、それってハンター頭巾は死んでもいいと言っているようなモノじゃ……」
「そう言っているんだよ」
シャンティはハンター頭巾である事に誇りを持っている。だからこそ、ハンター頭巾が捨て駒の様な扱いを受けるのは納得がいかなかった。
だが、レベッカは冷たくそう言い放つ。
「じゃあ、逆に聞くけど、ハンター頭巾の仕事は何だい?
ハンター頭巾が受けている特権は?
ハンター頭巾協会が領主に匹敵する権力を持っているのはなぜだと思う?」
レベッカの返答にシャンティは何も言えなくなった。だが、レベッカの言葉に納得のいっていない者がもう一人いた。
「……お婆ちゃん。
その言葉通りなら、お母さんが死んだのは、ハンター頭巾だったから仕方がなかったの?」
そう言ったのは、気を失っていたレイチェルだった。
「レイチェル、目を覚ましたのかい!?
……っ!?」
振り返ったレベッカは、レイチェルを見て言葉を失う……。いや、レベッカだけでなくシャンティやティルも驚愕していた。
三人が驚いているのを無視する様にレイチェルはもう一度レベッカに問うた。
「そんな事よりも、お母さんは元赤ずきんだから死んだの?
仕方なかったの?」
レイチェルの言葉には、間違いなく怒りが込められていた。それをレベッカだけでなく、シャンティやティルも気付いていた。
だが、そんな言葉を放つレイチェルには……表情はなかった。
まるで人形の様に感情を無くしたような顔をしたレイチェル。だが、光の無い目には間違いなく憎悪が込められているように見えた。
「れ、レイチェル?」
ティルがレイチェルに抱きつく。レイチェルは無表情のままティルの頭を撫でる。
「答えてお婆ちゃん。
ハンター頭巾は戦えない人達の盾になる為に存在しているの?
引退してもそれは変わらないの?」
両親をオオカミに殺されているレイチェルやティルが、レベッカの言葉を納得できるわけがなかった。
しかし、レベッカは冷たくこう言うしかなかった。
「盾じゃないよ……。
剣であり盾になるんだ。それが力を持った者の義務だからね……。
レイチェル……」
レベッカは静かにレイチェルに近づきティルと共に二人を抱きしめる。
そして、真剣な顔になり……。
「二人供……ここで決めるんだ。
両親を殺したオオカミ達と戦うか、全てを忘れ、オオカミやハンター頭巾と関わらないかを……。
私は孫であるレイチェルにハンター頭巾にはなって欲しくない。これは孫の様なティルだって同じだよ。
しかし、これは私が決めていい事じゃない」
シャンティは両親を失ったばかりの少女に酷い選択をさせると感じた。
だが、シャンティも腕を失ったジャンも覚悟を持って戦っている。だからこそ、何も言えなかった。
「私はソフィにもティルの両親にも同じ言葉を投げかけたよ。そして、ソフィは自分から二代目赤ずきんになる事を決めたんだ。
だからと言って、ソフィの死を仕方ないというつもりはない。だけど、仕方がないんだ……」
レイチェルはレベッカが何を言っているのか理解が出来なかった。だが、ティルは歪みの中に消えるロビソーミンの言葉を思い出していた。
『貴女達が殺し尽くしているオオカミには、家族がいなかったとでも?
人間だけが特別だとでも言うのであれば、それは傲慢ではありませんか?』
ティルは気付いてしまった。
悔しいが……ロビソーミンが言う事は間違っていない。
人間はオオカミを脅威に感じ、オオカミを殺し尽くそうとしている。
それはオオカミに家族を殺される人間をこれ以上に増やさない為の大義名分だ。
だが、オオカミにだって家族がいたのなら……。
人間と同じように考えたのならば……人間であるソフィや自身の両親が殺されたのは仕方がないのかもしれない。
納得はしたくない……。
だけど、納得したくなくても納得するしかないのか?
「私は……」
ティルがレベッカに問いに対する答えを迷っていた。そんなティルを優しく撫でるレイチェルが「オオカミの事情など興味はない。オオカミを殺し尽くす……」と呟いた。しかし、その目には光は入っていない。
「レイチェル、その言葉の意味をちゃん理解しているのかい?
あんたはあんたが望まなかろうが、赤ずきんの孫なんだ……。
赤ずきんを嫌っていたあんたが、否応なしに三代目と呼ばれるようになるんだよ?」
「……」
レイチェルは何も答えず、母の形見である赤ずきんを放り投げる。
そして、父の形見である剣を構える。
「私は赤ずきんにならない。
だけど、オオカミは殺し尽くす……。
それだけ……」
レイチェルはそう言って、赤いずきんを斬り払った。




