21話 レベッカ参戦
(お、俺の後ろに何がいるんだ?)
スロポスは背後から受けた冷たい魔力に身動きが取れなかった。
内心では焦っていたのだが、必死に表情を崩さなかった。
(こ、これは恐怖か?
いや、あのガキの剣技にも確かに恐怖を感じた。
しかし、今自分の背後にいる者はあのガキ等とは比べ物にならないくらいの恐怖を感じている。
チッ……。
顔には出さなくしてあるが、背中の汗が止まらない……)
スロポスはこの恐怖から、どうにか逃げられないかを考える。しかし、背後にいる者は簡単に逃がそうとはしてくれないだろう。
スロポスは意を決して話しかける事にした。
「何者だ……」
「オオカミ達の天敵だよ……」
背後から感じる恐怖とは裏腹に声は妙に優しかった。
しかし、スロポス自身は声の違和感よりも、言葉の方が気になった。
(オオカミの天敵……?
確かに俺達オオカミにとって、ハンター頭巾は天敵そのものだ……。
しかし、九星であるスロポスに恐怖を与える存在か……思い当たる人物は三人だな。
ハンター頭巾共の話では、三人のうちの二人はまだ若いと聞いている……しかし、背後にいる声の主はそれなりに歳を重ねているような声だ……。
つまり……)
スロポスはとある人物を思い浮かべる。
「伝説の赤ずきんの登場か?」
スロポスは焦っていないように振り返る。そこには予想通り伝説の赤ずきん、レベッカが怒りに満ちた顔で立っていた。
レイチェルもレベッカに気付き、無表情で声をかける。
「お、お婆ちゃん?」
「レイチェル。頑張ったね……」
怒りに染まっていたレベッカの顔がレイチェルを見る時には優しい顔に戻っていた。
レイチェル自身、レベッカの顔を見て安心したのか、そのまま気を失ってしまった。
その場に倒れこんだレイチェルにティルが駆け寄る。
(ティルが傍に居るのなら問題ないだろうね……
しかし……)
レベッカはもう動かなくなった娘を哀しい目で見つめていた。
(ソフィ……。
間に合わなくてごめんよ……)
この村に強力なオオカミが来ている事には、レベッカやクロード、アリアも気付いていた。
だが、この村にはありえない程の戦力が揃っていた。
ソフィは勿論の事、ティルの両親、それに腕利きのハンター頭巾が数名いる事で安心していたのも事実で、なおかつ、オオカミに特化していないとはいえ、ハンゾウがいたので安心しきっていた。
レベッカはハンゾウを高く評価していた。
それこそ、自分が戦ったとしてもハンゾウ相手であれば勝てるかどうかわからないと……。
そんな強いハンゾウがいる以上、被害は少なくできると思っていた。
しかし、現実は非常だった。
ハンゾウの気配が消えた時点で、レベッカはこの村に向かった。
レベッカの移動速度が異常とはいえ、村までは数時間かかる。
ようやく到着した時には、ソフィは死に、レイチェルもピンチだった。
レベッカはスロポスを睨みつける。
(このオオカミ……。
内から感じる魔力が桁が違う……)
レイチェルは気付く。
目の前にいる人型のオオカミは、四十年前に倒したオオカミよりも遥かに強い存在だと……。
「お前……あの魔王の手の者かい?」
魔王とはレベッカ達が倒した六本腕のオオカミの事だ。
当時のレベッカ達からすれば、あの六本腕のオオカミは魔王と呼んでも差し支えなかった。
しかし、スロポスはレベッカの言葉を聞いて、大声で笑い始めた。
「ぎゃははは!!
何を言い出すかと思ったら、ブラッソローボのボケが魔王だと!?」
「ブラッソローボ?」
「あぁ、お前等が魔王と呼び、間抜けにもお前等に殺された、あの六本腕のボケだよ!!
そうだ、良い事を教えてやるよ。
ブラッソローボのボケは脳筋でなぁ、九星の中でも弱い部類なんだよ!!
そもそも、アイツは復活したてで自信の力をまともに使いこなせねぇかったんだよぉ!!」
レベッカはスロポスの言葉に衝撃を覚えた。
(九星だと?
馬鹿馬鹿しいと考えるのは簡単だが、この男が言う事が本当なのであれば、あの魔王クラスのオオカミ……いや、間違いなくアレ以上のオオカミがあと七匹存在する事になる)
動揺するレベッカを見て、少し余裕が出来たスロポスはレベッカを簡単に倒せると勘違いしてしまった。
スロポスがそう思うのは別におかしくはない。
普通の人間のハンター頭巾であれば、年齢を重ねれば、衰えていく。
現に、ブラッソローボを倒した四人のうち三人は当時よりも確実に衰えていた。
しかし、レベッカは違う。
レベッカはあの当時よりも強くなっていた。
それも当時のブラッソローボであれば、単騎で倒せるくらいの強さを得ていたのだ。
レベッカは、目の前のスロポスに負ける事はないと確信しているうえに、愛おしい大事な娘を殺され、その伴侶であり、自身が認めたハンゾウも殺された。
二人の無念を力に変えレベッカは通常以上の力を引き出していた。
「あんたには聞きたい事がある。
素直に情報をくれるのならば、苦しまずに殺してあげるよ?」
レベッカは拳を握り締める。
そんなレベッカの姿を見て、スロポスはいつまでも高笑いを上げていた。
しかし、唐突に笑い声が止まった。
「ぐぼぉおおおお!!」
一瞬のうちにスロポスの目の前に移動したレベッカの拳は、スロポスの腹部を貫いていた。




