19話 レイチェルの覚醒
レイチェルの斬撃により、オオカミは細斬れになった。
特殊個体ならバラバラになったとしても再生する事は出来る、しかし、普通のオオカミなら再生は出来ない。
しかし、レイチェルが斬った二匹のオオカミは特殊個体だったので、灰色の男はすぐに再生すると思っていたのだが、オオカミ達はバラバラのまま動こうとしなかった。
(ん? どうして奴等は動かないんだ?)
灰色の男はレイチェルが何かをしたとは思えず、何が起きたのかを理解できなかった。
(俺の部下達には再生能力を特化させていたはずだ。
それにも関わらず、なぜ再生しない?)
灰色の男はそう考えているが、たとえ再生能力に特化している特殊個体であっても、脳がある額に紋章魔法が刻まれた銀の弾丸を撃ち込まれれば、殺す事は可能なのだ。
勿論、灰色の男もそれは知っている。
だが、自分の部下はバラバラになった程度で、本来であれば数秒で再生するはずだった。
(まさかと思うが、あのガキの持っている剣が銀で、紋章魔法が刻まれているのか?)
灰色の男はレイチェルの持つ剣に注目する。
一般的には、剣に紋章魔法を刻む事は不可能と言われている。その理由として、剣は鉄や軽量鉄で作られている事が多く、普通の鉄では紋章魔法の魔力に耐えられないからだ。
灰色の男の見る限り、銀には見えなかった。
事実、レイチェルの持つ剣は軽量鉄を使った剣であり、紋章魔法を刻めるような銀では作られていなかった。
(ふん……。
どうやら運よく核を斬ったみたいだな)
オオカミは動物が突然変異した生物だと言われている。
当然、動物が元になっている以上、脳も心臓も存在している。
だが、オオカミにはその生物の根源とも呼ばれる臓器の他に、核というモノが存在する。
この事はオオカミ研究家すら知らない事実だった。
勿論、灰色の男は運よくとしか思っていないし、核の場所はオオカミによって違う場所に精製されてしまう為、同族であっても、いや、自分自身であっても核の場所を正確には分かっていなかった。
研究家ですら知らない核の存在を、レイチェルが知るはずがない。
だが、レイチェルは無意識でオオカミの効率のいい殺し方を思いつく。それはすなわち、レイチェルが無意識に核の場所を見極めているという事になる。
その事に灰色の男が気付くのは、もう少し後の事だった。
レイチェルは静かに灰色の男に近づく。
この場所に現れた時のレイチェルとは明らかに違う気配に、灰色の男は少しだけ焦りが出てしまった。
「おい!! そのガキを止めろ!!
今度は殺して構わん!!」
灰色の男の合図とともに、十数匹のオオカミが一斉にレイチェルに向かい駆け寄っていく。
レイチェルが二匹のオオカミをアッサリと倒したのを呆然と見ていたシャンティは、いくら何でも多勢に無勢だと思い、鞭を手に取る。
しかし、助けに入ろうとするシャンティを、レイチェルは片手をあげてシャンティを制止する。そして……。
「オオカミなんて全て滅びればいい……」
レイチェルは最小限に頭を動かし、オオカミ達を一瞥する。
そして……シャンティの視界からレイチェルが消えた。
消えていたのは十秒ほどで、何もなかったかのようにレイチェルが姿を現す。
レイチェルの剣には、血が滴っていた。
(え?
も、もしかして……)
シャンティがオオカミに視線を移すと、全てのオオカミではないが、数日のオオカミの頭が無くなっていた。
シャンティは、今の十秒でオオカミを一気に倒したのかと、驚愕していたのだが、灰色の男は別の意味で驚いていた。
(ば、馬鹿な……。
殺されたオオカミは普通のオオカミだった……。
俺の部下には数体の特殊個体と、普通のオオカミを混在させていた。
ま、まさか、狙って普通のオオカミだけを斬ったというのか!?)
特殊個体のオオカミ達と普通のオオカミ達とでは、見た目にはほとんど差異はない。
だが、オオカミ達には特殊個体か普通のオオカミかを判別する事が出来る。
そんな中、突然普通のオオカミだけが殺されてしまったのだ。
しかも、剣という自分達には大勢がある武器でだ。
レイチェルはそれぞれの特殊個体達をジッと見ていた。
あるオオカミには足の付け根。あるオオカミには首付近。
まるで核がある場所を見極める様にジッと……。
そんなレイチェルの姿にオオカミ達は恐怖を覚え、襲い掛かるのを躊躇っていた。
「誰が襲うのを止めろと言った!!
貴様等、俺に殺されたいのか!?」
灰色の男の言葉に特殊個体のオオカミ達は戸惑っていた。しかし、オオカミ達の足は動かない。
根本的な恐怖を覚えてしまったからだ。
オオカミ達の行動は仕方のない部分はある。
オオカミは本能で強い者から逃げようとする性質がある。特殊個体だからといってそこは何も普通のオオカミと変わらないのだ。
(どういう事だ……?
確かにオオカミは強者を襲うのを好まない。
しかし、あのガキはハンター頭巾じゃない。
それどころか、オオカミにとっては優位性のある、ただの剣士だぞ?
いや、明らかに異質の剣士……。特殊個体を怯えさせるほどの強さを持っているというのか?)
灰色の男は困惑する。
目の前にいる少女の母親は『二代目赤ずきん』というオオカミにとっては天敵だ。
しかし、その娘はただの無能、そう思っていたのに……。
そんな灰色の男に、レイチェルは無表情で切っ先を向け「さっきから指示してばかりだけど、あんたが襲ってきたら?」と冷めた声で話す。
灰色の男はこれに激昂した。
「貴様!!
この九星スロポス様に挑発かぁあああ!!
人間風情が思いあがるなぁあああ!!」
スロポスが名乗った『九星』という言葉に少し思うところはあったレイチェルだったが、すぐに興味を無くしスロポスの両掌に注目する。
スロポスが大きく広げた指に長い爪が生えていた。
(さっきまでは普通の指だったのに、伸びたのかな?)
レイチェルは、スロポスに恐怖する事なく、爪を見てのんきに(斬り落とせるかな?)と考えていた。
「クソガキ!!
貴様の望み通り俺自ら殺してやる!!」
スロポスはそう叫び、他のオオカミとは違い、圧倒的な速度でレイチェルに迫った。
レイチェルはスロポスの攻撃を剣で綺麗に捌いていく。
(お父さんの斬撃に比べれば、はるかに遅い……)
余裕をもって捌きながら、レイチェルはスロポスを観察する。
その事にスロポスは驚き、ある可能性に行きついてしまった。
(こいつは、俺のどこを見ている?
首か?
いや、心臓の部分か!?)
オオカミは心臓を斬られたり取り出されたりしても死ぬ事はない。もちろんレイチェルだってその事は知っている。
それにもかかわらずレイチェルは心臓のある部分をジッと見ていた。
(奴が核を見極める事が出来るのであれば、いくら九星であっても殺されちまう。
しかし、俺も百年以上生きているオオカミだ。そう簡単に死んでたまるか!!)
スポロスはレイチェルの剣を注視した。
そして、ある可能性に気付き、剣を狙う事に決めた。
勿論、レイチェルもスポロスの狙いに気付いていた。しかし、なぜかは分からないが、問題ないと判断していた。
レイチェルの剣とスポロスの特別な爪が交わる。
今まではレイチェルが流れるように捌いていたが、今度は刃と爪が完全にぶつかっていた。
スポロスは(勝った……)と思った。
レイチェルの剣と爪がぶつかった瞬間、この剣が軽量鉄の剣だと確信したからだ。
オオカミの爪は普通のオオカミでさえ、鉄と同等の強度を持っている。
それが、特殊個体のオオカミの爪は銀や聖銀でないと防げない。
さらに、スポロスの様な特別なオオカミだった場合、聖銀ですら砕く事は不可能だ。
……普通であれば……。
スポロスはレイチェルの剣を砕けたと思い込んだ。だが、レイチェルの剣は砕けるどころか、スポロスの爪に食い込んでいた。
「な、なんだとぉおおお!!」
スポロスは焦った。
(どう見ても普通の鉄でしかないのに、自分の爪が斬られようとしている?
ま、まさか……!?)
スポロスはレイチェルの剣を凝視した。
すると、剣から魔力が溢れ出している様に見え、その剣は自分を滅ぼすモノだと告げていた。




