15話 少し早い帰村
アリアがあの村の支部に通信を入れた次の日、あの村に一番かかわりのあるジャンとシャンティが支部長室に呼び出されていた。
二人は呼び出された理由が分からず、少し戸惑いボソボソと心当たりがないかを話し合っていた。
思い当たるとすれば、レベッカとオオカミ退治をして帰ってきたその日の夜、レイチェル達からオオカミ退治に関して支部長と話をしたと聞いたくらいだ。
「レイチェルちゃん達が支部長と話をしたって言ってたし、レイチェルちゃん達が私達の事を悪く言ったのかなぁ……いや、ティルちゃんはともかく、レイチェルちゃんがそんな事を言うとは思えないわね」
「あぁ、昨日の二人の話を信じるのであれば、オオカミ退治の事を聞かれただけらしいし、俺達の報告と同じ事を答えたと言っていただろ? それなのに、一体なんで呼び出されたんだよ……」
アリアはハンター頭巾現役の時、狙撃を得意としていた。
狙撃をするのに、ターゲットのわずかな動きに注意しなくてはいけないので、音に敏感だった。
音に敏感という事は、目の前でコソコソと話し合っている二人の言葉もそこそこに聞こえているという事だ。
アリアは溜息を吐きつつ、一枚の依頼書を取り出す。
「君達をここに呼んだのは、この依頼を受けて欲しいからだ」
シャンティはアリアから依頼書を受け取る。そして、その依頼所を読んだ。
「緊急依頼?
なぜ、これを私達に?」
「あぁ、それは追々説明するとして、まずは依頼の詳細からだ。
昨日から、レイチェルの住む村の支部との連絡が取れない。
まぁ、元々あの村の支部と連絡を取る事もほぼなかったから、職員が不真面目で通信をすぐに取ろうとしないのも想定済みだ。だが、丸一日音沙汰がないのもおかしな話だ」
例え職員が不真面目な態度であったとしても、一日の終わりには通信記録を本部に報告するという義務がある。
これは義務なので、もし報告がなかった場合支部長及び支部の職員への連帯責任になってしまう。だからこそ、この義務だけはどの支部も確実に守っている。
アリアは通信記録の事をハンター頭巾協会総本部長であるアールミヤにも確認を取ってみた。
答えは通信記録は報告されていなかった。
しかし、アールミヤからは『ボールドのボケは、通信記録の報告をしてこない時もあった。偶々だという可能性の方が高い』とも聞いた。
そこで詳しくアールミヤに話を聞いてみると、報告義務違反で罰則を与えても、部下に責任を押し付けて自分は責任逃れしているが、証拠がないのでボールドに罰則を与える事が出来ないそうだ。
アリアは心配するのも馬鹿馬鹿しくなったが、それと同時にハンター頭巾としての勘が何かあると言っている気がしていた。
アリアとしては今すぐにでも出立して欲しいのだが、シャンティは依頼書をアリアに返してきた。
「申し訳ありません。この依頼は受ける事が出来ません。
私達にはレイチェルちゃん達の往復護衛の依頼を受けているので、この依頼を受けてしまうと違約違反になってしまいます」
シャンティ達の言い分は尤もだ。
とはいえ、シャンティ達もこの町にいる間に簡単な依頼を受けようとは思っていた。
しかし、アリアが出してきた依頼は村に帰る事。
村から町までの往復で、最低でも二日以上はかかる。これは明確な違約行為になってしまう。
「そうだな。レイチェル達を連れずにあの村に帰ったからと違約違反にならぬよう、私からソフィに手紙を書いておこう。
それに、レイチェル達にも私から話しておこう。
もし、彼女達が一緒に帰ると言えば、帰路も護衛をそのまま続けてもらい、逆にあの子達がこの町に残りたいと言うのであれば、あの町から戻ってきた後に護衛依頼に戻ってもらっていい」
「戻ってきた後?」
「あぁ、私からの依頼はあくまで支部がどうなっているかを確認を取ってきて欲しいだけだ。
不測の事態が起こっていて、君達が戻ってきたとしても誰も咎めやしない。
君達の依頼はあくまでレイチェル達の護衛だからね」
この言葉を聞いてシャンティは少し不満に思う。
ハンター頭巾には、ハンター頭巾なりのプライドがある。
不測の事態が起こっている時に、自分達が逃げ出してくると言われて、言う通りに動くわけにはいかなかった。
「護衛対象であるレイチェルちゃん達と話をしてもいいでしょうか?」
レイチェルには悪いが、シャンティは護衛依頼を途中キャンセルしようと思った。もちろん、レイチェルの同意があってこそだ。
しかし、支部長であるアリアに逃げ出して構わないと言われ、ハンター頭巾のプライドが勝ったのだ。
これも全てアリアの思い通りとも知らずに……。
アリアと共にレベッカの家に戻ってきたシャンティ達はレイチェルに村に戻る事を伝える。するとレイチェルも「私達も一度戻るよ」と村に戻る事を決めた。
レイチェルがわずか三日で帰る事にレベッカとクロードは不満そうにしていたが、別に今生の別れというわけではない。そう思い、かわいい孫娘を帰らせる事にする。
出発は昼という事になり、馬車はアリアが用意してくれた。
そしてアリアが用意した馬車がレベッカの家の前に停まる。
「アリア、これは高速馬車じゃないか」
「あぁ」
アリアが用意したのは、普通の馬車の二倍以上の速度で運行できる高速馬車だった。
高速馬車は王族や貴族が急ぎの時に利用する馬車で、普通の馬車よりもかなり高額だ。
長いハンター頭巾生活を送っているジャンとシャンティも高速馬車に乗るのは初めてで、少し戸惑いつつも興奮していた。
「高速馬車まで用意するなんて、アリア、何を考えているんだ?」
レベッカは怪訝そうにアリアにそう聞いた。しかしアリアは何も答えない。
レベッカとアリアは親友同士だ。アリアの表情から状況を読み取ったレベッカは「私も出向いた方がいいか?」と提案したが、「レベッカにこの町を離れてもらうわけにはいかない」と強く拒否した。
アリアがレベッカに町に留まっていて欲しいというのには理由があった。
昨日、レベッカとジャン達がオオカミを狩りに行った場所を依頼達成の報告書で確認したアリアは、驚愕した表情で報告書を何度も読んだ。
アリアがそこまで驚いたのは、その場所ではある事件の後オオカミが一度も現れた場所ではなかったからだ。
ある事件。
それは四十年前、レベッカとアリアがハンター頭巾現役で全盛期だった時にクロード、アールミヤの四人であるオオカミと戦った場所だった。
そのオオカミは特殊個体で知能を持ち、六本腕を持ち、三つの頭を持つ漆黒の毛でおおわれていたオオカミだった。
しかも、六本の腕にはすべて武器が握りしめられていた。
そのオオカミは、何十名ものハンター頭巾を幾度となく撃退し喰らい、いくつもの町がそのオオカミに喰い散らかされた。
その異形のオオカミを見て、生き残った人々は魔王と呼んだ。
その魔王を戦い倒したのが、報告書に書いてあった場所だった。
当時、魔王を倒しこそしたが、その魔王が絶命する時に燃え上がった炎でこの血は呪われた。
呪われた地は、草木が一本生えなくなり、絶えず流れ出す瘴気により、人間はおろかオオカミでさえそこに近づかなかった。
そんな場所にオオカミが現れた。アリアは何かの前兆だと感じた……。
アリアとしても、レベッカにレイチェル達に同行してもらった方が安心できるのだが、コラシオンの町にオオカミの不穏な影がある以上、無視はできなかった。
『もしもの時はオオカミの討伐よりも生存者を優先してくれ……』
アリアは小声でシャンティにそう伝えておく。
シャンティならば冷静に何が一番大事か選択できるだろう。それとは逆に、ジャンは頭に血が上れば無駄に死に急ぎかねない。
ジャンとシャンティが馬車に乗り込み、それに続いてヒサメが馬車に乗る。
そして、ティルが馬車に乗ろうとした時、クロードがティルに銃を渡した。
「ティル、もしもの時はこれを使いなさい」
クロードがティルに渡した銃はクロードが現役の時に使っていた魔銃だ。
普通の銃は弾丸に紋章魔法が込められているのだが、この魔銃には、魔銃そのものに紋章魔法が刻み込まれている。
とはいえ、魔力を使わない限りは普通の銃なのだが、魔力を使うと弾丸が必要なくなり、連射もチャージショットも可能となった。
クロードは、引退してからはこの銃は使えなくなり、将来が有望なティルに託したのだ。
そしてレベッカはレイチェルを抱きしめる。
普段はさっぱりと送り出すのだが、今日は抱きしめたくなったのだ。
レイチェルも祖母に抱きしめられるのが嬉しかったが、少し照れ臭かった。
レイチェルが最後に高速馬車に乗り込み、予定よりも早い帰路に就く事になった。
そして……。
惨劇が幕を上げる事となる。




