13話 支部長アリア
「し、支部長だ……」
「眉間狙いの黒頭巾……アリアだ……」
アリアの登場で港は騒然としていた。
それもそのはず、この町で決して逆らってはいけない者が三人いる。
一人は言わずもがな、この町の領主。そしてレベッカ。最後の一人がハンター頭巾協会支部長アリアだ。
しかし、ハンター頭巾協会はこの国独自の組織だ。本来であれば他国の人間が、ましてや、ここは港。町の中ではない。
「この町で好き勝手やるとは随分いい度胸だね。
君達にはいつも言っているだろう?
この町の港で他国の人間同士が何をしていようと興味もないし、仲裁すらしない。
しかし、その相手がうちの国、町の人間なら話は別だ」
アリアは男を一瞥した後、男の太ももを撃ち抜く。
「ぎゃああああ!!」
男は太ももを抑えその場にしゃがみこんだ。
「あぁ、今お前を脅していた女の子はあくまで脅しのつもりしかなかっただろうけど、私は違う。
君のような軽薄な男は死ぬほど嫌いでね。殺しても構わないとすら思っているんだよ」
そう言って冷たい目で男を見下し、銃を突きつける。しかし、撃ち抜いたはずの太ももから血は流れていない。
「アレはゴム弾だわ……。あくまで殺すつもりはないみたい……」
レイチェルにそっと近づいてきたティルがそう呟く。
ティルが言う通りアリアは男を殺すつもりはなかった。
犯罪を起こしたわけでもないのに、殺してしまうと後々事が大きくなってしまう。その程度の事はアリアも分かっているので手加減しているのだ。
アリアは、男の顎を掴み顔を上げる。
「君達がこの港を使う条件は、町の人間には軽率に手を出さない事だったはずだ。
まぁ、君達が被害者だと言うのであれば、私も目を瞑るが、君は自分からこの子達に声をかけただろう?
君は知らないようだが、私には、君が所属している国、及び商団の入港を制限するくらいの権力なら持っているのだよ?」
「あ……あ……」
アリアは無表情でそう言い放つと、男は顔を真っ青を通り越し真っ白にさせ、涙を流して土下座を始める。
はじめはアリアに怯えているのかと思っていたアリアだが、どうやら男が恐れているのは別の事の様だ……。
その証拠に……。
「うちのモノがすいませんねぇ……」
まるでアリアが脅すまで待っていたかのようなタイミングで、小太りのいかにも金持ちと言った風貌の男がやってきた。
男の名はリュゼといい、世界的に有名な商団の御頭だ。
勿論、黒い噂も多々ある男だ。
アリアは男から目を離しリュゼに微笑みかけた。
「とこで、彼等は何をしたのですかな?」
「これはこれはリュゼ殿。
貴方の部下が私達の町で軽率な行動をとっていたみたいですので、少しお仕置きをしておきましたよ」
アリアは少し挑発する様にそう答えたのだが、リュゼは下卑た顔でニンマリと笑う。
「そうですか……。
ここはワシの顔を立てて……」
「分かりました……と言いたいところですが、貴方ほどの商団が若い者の教育をしていないと言うのですか?
もし、そうだと言うのであれば、今すぐに教育して欲しいモノですね」
アリアは腕を組みリュゼにそう言い放つ。
リュゼは一瞬だけ、舌打ちをし歪んだ表情を見せたが、すぐに平静を保ち「分かりました。こ奴等の教育はしっかりさせてもらいます」と海に落ちた男と蹲る男を連れて自分の船に戻った。
リュゼは自身の船に戻りながら、アリアを軽く睨む。
そして……
「でかい面をしていられるのも、あと数日だ……」
誰にも聞こえない程の声でそう呟いた……。
アリアはリュゼが潔く退いた事に少し引ったものの、今はこの港からレイチェル達を連れ出す事を最優先にしたので、気にしない事にした……。
「二人供……ついてきなさい」
アリアが連れてきたのは、ハンター頭巾協会支部の支部長室。アリアは二人をソファーに座らせた後、溜息を吐いた。
「二人供、レベッカから港町には不用意に近づくな、と聞かなかったのかい?」
「「え?」」
レイチェル達はそんな事は聞いていなかったので、首を傾げる。
二人の様子から、レベッカが話をしていない事を察したアリアは、額に手を当てて「あの馬鹿……」と大きく溜息を吐いた。
「どちらにせよ、女の子二人で港には近づかない方がいい。実際に、町の女達は港には近づかないからね」
レイチェル達は港の光景を思い出すと、女性だけではなく、男性も港には近づこうとしていなかった事に気付いた。
「でも、あんな連中が町にまで入ってきたら、意味がないんじゃないの?」
ティルのいう事は尤もだった。
しかし、アリアが男に言っていた通り、港に来た商団の人間は、手続きをしない限り町には入れない。
手続きも面倒な事もあるのだが、アリアが目を光らせている為、不用意に町に入ろうとする者はいなかった。
「この町の港は別の国のような扱いなんだ。そう簡単にアイツ等は入ってこれないよ」
アリアはそう言って三人分の紅茶を入れる。支部長だけあっていい茶葉を使っているらしく、レイチェル達は嗅いだ事の無い香りを楽しんだ。
アリアはいい香りの紅茶に目を輝かせているのを微笑みながら眺めていたのだが、真面目に話を聞きたいと思ったらしく、飲んでいた紅茶をテーブルに置く。
「二人に話を聞きたいんだ……」
アリアは二人に特殊個体のオオカミを倒した時の話を聞く。
「まず、君達に言っておきたい事がある。
ジャン達はレイチェルの指示を受けてオオカミを倒したと言っていた。
その事を詳しく教えて欲しい……」
アリアとしては、二人の話を話半分に聞いていても良かったのだが、レイチェルの噂を思い出した様で、話を聞きたいと思ったようだ。
「当たり前な話だが、ジャンとシャンティを知っているね」
「はぁ?
さっきジャンさんがレイチェルの指示に従ったと言ったんじゃないんですか?
それに、ここまで護衛をしてくれたのは彼等ですから知っていて当たり前でしょ」
ティルがふてぶてしい態度でソファーに座り、ムッとした表情でそう答えるので、アリアは苦笑しながら「別に取って喰おうとしているわけじゃないから、そこまで警戒しなくていいよ」と微笑む。
そんなアリアの顔を見てティルも少し大人げないと思ったのか、深呼吸をしてふてぶてしかった座り方を止め、座りなおす。
しかし、レイチェルの顔は無表情だった。
(今も警戒しているのかな?)
アリアはそんなレイチェルの顔を見て、そう判断した。
アリアはレイチェルが村でどんな扱いを受けているかを調べていた。
アリアは、あの村の支部長の事も許せないと思っていたが、あくまで支部長同士なので強く言えなかった。
しかし、警戒を今すぐ解くのは不可能と思ったアリアは話を強引に続ける事にした。
「実はね……。君達が倒したオオカミは、特殊個体……またはレア個体と言ってね、普通のオオカミよりも狂暴かつ強力なんだ。
ハッキリ言ってしまおう。レイチェル、君がいなければジャン達は死んでいただろう」
アリアはそう言い切る。
その言葉にレイチェルが反論しようとしたが、ティルも同じ事を思っていたのでレイチェルを止めた。
そしてアリアに対し、真剣な目をして「貴女はレイチェルを無能と陰で言わないんですか?」と聞いてきた。
レイチェルはティル達は自分がハンター頭巾達に陰口を叩かれている事は知らないと思い込んでいたので、これにはとても驚いていた。




