12話 港町での出来事
「な、なんだと?」
自分達が倒したオオカミが特殊個体と知ったジャンは顔を青褪めさせる。
ジャンとシャンティがそこそこ腕のあるハンター頭巾だとは言え、特殊個体が相手ならば、死を覚悟しなければいけなくなる。
「ちょ、ちょっと待て。じゃあ、俺達は特殊個体をあんなに簡単に倒しちまったのか?」
「そ、そうなるわね……」
あのオオカミに再生能力がない事にはジャンも気付いていた。しかし、特殊個体の知識がなかった為、珍しいとしか思っていなかった。
特殊個体というのは特殊能力を持つオオカミだと思い込んでいたジャンは自分を恥じる事になってしまった。
しかし、レイチェルのおかげで特殊個体を簡単に倒せたとなると話は別になってくる。
ジャンは自分が仕留めたオオカミが特殊個体だと知って、今頃手が震え始める。
(ちょ、ちょっと待てよ……。
レイチェルの嬢ちゃんが言う通りにしなきゃ、俺達は死んでだっていうのか?
しかし、あの嬢ちゃんはオオカミの特徴なんて知らないと言っていた……。
ま、まさか!?
無意識のうちに再生能力がないと気づいたのか!?
も、もしそうだとするのなら……)
ようやくジャンも、レイチェルの異常性に気付いた。
普通であれば、戦っている最中に再生能力がない事、突出した能力がある事に気付くはずだ。
それを見ただけで判断するレイチェル……。
(支部長が欲しがるわけだ……)
ジャンもレイチェルの村の支部長のボールドを良く思っていなかったのだが、なぜ無能と呼ばれたレイチェルを欲しがっているのか疑問でしかなかった。
その答えがこれか……とジャンは納得する。
ジャンが落ち着いたところで、シャンティとジャンが戻ってくる。そして、レイチェルに頭を下げる。
「え!?」
いきなりジャンに頭を下げられたレイチェルは困惑したが、シャンティが上手く話をまとめたので、レイチェルも納得した。
その後は伝説の赤ずきんのレベッカにジャン達が質問したりと、楽しい時間を過ごしたレイチェル達だった。
次の日。
レベッカがオオカミ退治に出かけると言うので、ジャン達も一緒に付いて行く事になったらしく、レイチェル達が起きた時にはもう三人はいなくなっていた。
置いて行かれる形になったレイチェルとティルは、クロードの勧めで町を観光する事にした。
一緒に来ていたヒサメは、クロードとゆっくりするらしく、お茶をすするクロードの隣で丸まって眠っていた。
「レイチェル、行こうか」
「う、うん」
ティルはレイチェルの手を握り、町へと繰り出す。
コラシオンの町はスフェラ王国の中でも海に面した大きな町で、他国との貿易の為の大きな港を持つ町だ。
王国としてはこの港を滅ぼすわけにはいかないと、伝説の赤ずきんにこの町を守ってもらう事を要請した。
そして総本部長のアールミヤが「レベッカももう歳が歳なので、一人では大変だろう」と英雄の一人アリアを支部長に任命した。
町は港もある為、とても賑わっている。しかし、その代償として、港付近は治安は結構悪かった。
伝説の赤ずきんであるレベッカがいるとはいえ、他国の荒くれ者には名は知られていない。その為、港付近ではトラブルが頻繁に起こっていた。
その反面、色々な国から食材も入ってくるため、料理は様々な物があるので、観光客は多い。
レイチェルとティルは手を繋ぎ港を歩く。
本来であれば女の子二人が他国の荒くれ者が多くいる港に近づくのは危険なのだが、ティルは二代目赤ずきんであるソフィの愛弟子であり、銃の腕は上級ハンター頭巾に匹敵する。
レイチェルに至っては、オオカミ戦でなければ上級ハンター頭巾をも超える程の強さを持っている。そんな二人に下手に声を掛ければ、痛い目を見るのは荒くれ者達の方だ。
特にレイチェルと二人きりでテンションがマックス状態のティルがいるのに二人に声をかけてしまえばどうなってしまうのか……と、今まさにどうなるかを体現した者が海に叩きつけられていた。
「あぁ!? レイチェルが子供ですって? あんた、そんなに死にたいの?」
「て、ティル、私は気にしていないから……!」
声をかけてきたのは二人、というよりも二人が声をかけたのはティルの方だったのだが……。
それもそのはず、ティルは十六歳と思えない程スタイルも良くて大人っぽい。逆にレイチェルは子供とまではいわないが、背も低く、痩せ気味なので年齢よりも若く見られる事が多かった。
声を掛けられたティルはレイチェルの手を引き、男達を無視して去ろうとした。
しかし、声をかけてきた二人はティルを諦めきれずに、ティルの腕を掴み、ティルにとっての禁句を言ってしまった。
「そんなガキ放っておいて俺達といい事しようぜ。まぁ、仲間外れも可愛そうだし、そっちのガキも遊んでやるよ」
ティルがキレるには充分すぎる言葉だった。
ティルは笑顔で男達に近づいた。そして、一人の男のつま先を銃で早撃ちして、痛みで苦痛に歪んだ男の股間を本気で蹴り上げたのだ。
それだけでも男ならば致命傷になりえるのだが、ティルは男の腹をそのまま蹴り、海に叩きこんだ。
もう一人の男は何が起こったのか理解できていないようだったが、ティルはその男の足下にも銃弾を撃ち込む。そして、驚いている男の喉元に銃が付きつきつけた。
そして、先ほどまでの愛らしい笑顔とは全く違い、睨みつけるだけで人を殺せそうな眼付きで「おい。ブチ殺すぞ? 私の大事なレイチェルと遊ぶですって? この銃には対オオカミ専用の銀の銃弾が入っているけど、人間くらい殺せるんだよ。死んでみるか!?」と怒鳴る。
あまりのティルの本気の殺意に、港の空気が凍り付いた。
男は何も言えなくなり顔が青褪め、少し股間が濡れている。そして、ティルが引き金を引こうとした時、ティルが銃を引いた。そして、レイチェルの方を睨みつける。
「え?」
レイチェルは自分が睨まれたと思ったのか、目を瞑る。しかしティルが視ていたのはいつの間にかレイチェルの隣にいた老婆だった。
「チッ……邪魔しやがって」
ティルは不機嫌な顔で銃を仕舞う。そしてレイチェルの隣にいる女性を睨みつける。
彼女の右手には銃口から硝煙が上がっている銃が握られていた。
ティルが銃を引いたのは、彼女がティルの銃を狙い撃ったのに気づいたからだ。
「普通であれば避けられないと思っていたのに、流石はソフィの弟子だけあるね」
「あんた誰よ……」
ティルが睨みつける中、女性は自己紹介をする。
「やぁ、君がレイチェル、それにソフィの愛弟子のティルだね。私がコラシオンのハンター頭巾支部長のアリアだ」




