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第九話


 自宅軟禁は一日で終わった。魔岩の解体、搬送、城船の修理、脚部の整備で錬金術師の数が足りないのが理由だった。

 

 僕は両手を一つになるように石にされ、不自由な生活を強いられそうになったが、助けてくれる優しい人は何処にでもいるものだ。

 

 僕は全力で石にされなった両手でドアを叩き助けを求めた。それな気が付いてくれたのは宿屋の女将、セラフィーナさんだった。

 

 僕は外側からドアを開けるのを待つと直ぐにセラフィーナさんに「白魔導師を呼んで下さい」と両手を見せた。事態を察したセラフィーナさんは、僕の下半身の事態も察してくれたらしく「男の子のパンツを下ろすなんて久しぶり」と優しくベルトを外してくれた。

 

 「ここまでで結構です!」と僕はトイレに駆け込み事なきを得た。その後で呼ばれた白系魔導師に、食堂で両手の石化を解いてもらい、部屋に戻るとナターシャが椅子に座って待っていた。お前が何とかしてくれてもイインダヨ。

 

 その日は、それ以上の事も無く、僕はベッドに寝転びながら「こっちにおいでよ」とナターシャを誘っても完璧に無視され、心砕ける思いで寝ていた。

 

 朝になり、人の部屋に勝手に上がり込む狂暴な目覚まし時計が僕をお越し、食堂に連れて行ってくれた。いつかお前を火ダルマにしてやりたい。

 

 「親方は? ラウラ親方は一緒じゃないんですか?」

 

 暖かい食卓にはフィリスとリリヤちゃん、ソフィアさんとナターシャが座り、いつも僕の横で酒臭い息を吐くラウラ親方が居なかった。

 

 「お前、昨日はナターシャと楽しんだのか?」

 

 暖かい食事が冷める一言は、場の空気さえ冷やしてエアコンがいらないくらいになる。リリヤちゃんとソフィアさんの眼差しは「興味」と言うより「疑心」を帯びている感じなのは気のせいか……

 

 「いやだなぁ、そんな事をする訳がないでしょ。ラウラ親方は居ないんですか?」

 

 「ナターシャ! どうだった!?」

 

 話を変えようよ。暖かい食事と楽しい会話をしようよ。言っておくけど、僕はずっとベッドで寝てたんだ。一人でね!

 

 「……誘われた」

 

 凄いねぇ。一畳くらいあるテーブル事、炎を上げ燃え盛った。生野菜のサラダが温野菜サラダへと一手間加わり、パンは炭に変わり、エールは沸騰して爆発した。

 

 「くそ! てめぇぇぇ……」

 

 楽しい朝食のテーブルで火柱を見る。ここはいつからキッチンになった? 火力だ! 中華は火力だ! 誰か中華鍋を持ってきてくれ。チャーハンを作るから……

 

 そんな火遊びもリリヤちゃんの石化の力で机から火柱まで石に変わって消防車を呼ぶ事は無かった。助かったと思うより、リリヤちゃんの瞳の中の炎を僕は見逃さなかった。

 

 「リリヤさん……」

 

 ずいっと、僕の方へにじり寄るリリヤちゃん。これは死にますかね。たぶん死にますね。誰でも「止め」は他人に任せたくないものだ。

 

 「ナターシャ! 何もしてないって言ってくれ!」

 

 僕はリリヤちゃんから後退り、背中に柔らかい物が当たった。振り返るとソフィアさんが右手を上げ、その上にはバランスボール並みに大きな水の塊が濁流の様に渦巻いていた。

 

 「水死しますか……」

 

 水系魔導師ソフィア。その美貌と反比例するくらい水系魔法はえげつない。今、高々と右手を上げている上にあるのは魔法のウォーターボールの一種だろう。

 

 この水の玉には色々な種類があって、酸の様に溶かす物や毒の様に苦しめるのもある。ソフィアさんは「水死」と言ったこの水の玉は、張り付いた対象から離れないんだ。

 

 僕の頭を中心に離れない水の玉。水死させるウォーターボールの魔法はえげつない。それを笑顔で言ってのけるソフィアさんに逆らえる人がいるのだろか?

 

 「……何もなかった……」

 

 助け船はナターシャの一言。途端に消え行くウォーターボール。今の笑顔なら許してくれたと思ってもいいのだろうか。ソフィアさんはいつも笑顔の人だから判断しにくい。

 

 「それならぁ、今日はわたしねぇ」

 

 腕を首に回して甘い声を出す。それは嬉しい申し出だが、そうなると結社の協定を破る事になる。この城船の暗部、秘密結社男性地位向上委員会。僕は、と言うより城船の男はこの結社に入る事になっていて、その中の条項に「ソフィアさんに手を出したら吊るす」とある。

 

 少ない男子が集まって作った結社に綻びを持ち込んではいけない。吊るされるくらいなら構わないが、村八分になるのは嫌だ。

 

 「あらあら、若いっていいわね」

 

 助け船、第二便。宿屋の女将、セラフィーナさんだ。ここは一つ、大人の常識と見識で勘違いしている人達を説得して欲しい。

 

 「ソフィア! 燃やすぞ、てめぇ」

 

 黙れ! 火の玉フィリス! 今は僕からは手を出して無いから条項に抵触しない。もう少しこのままでいたいんだ。もう少しソフィアさんの優しい香りに包まれていたい。

 

 「あらあら、食事は燃えちゃったし、テーブルも石にもなっちゃったわね。誰が弁償してくれるのかしら。ね、フィリス……」

 

 「あ、あたいか!? もともとはミカエルが悪いんだろ! お前が払え!」

 

 僕の非がどこに有ったのか教えてくれ。むしろ、勘違いを招く様な言い方をしたナターシャが悪い。 ……もし、あの時の言葉に誘われてナターシャと関係を持ったのなら、皆はカップル誕生と喜んでくれたのか? そらとも、リア充爆発させられたのか?

 

 「あらあら、困っちゃうわ……」

 

 笑顔ながらも突き刺さる目線に、四人は僕を置いて逃げやがった。僕も一緒に逃げれば良かったものの、蛇に睨まれたカエルの気持ちが痛いほど良く分かったよ。

 

 「あらあら、ミカエルも早く仕事に行かないと。後でお昼ご飯を持って行くわね。請求書と一緒にね」

 

 僕の今月の予定は懐具合で変更を否めない。

 

 

 

 「遅かったな。重役出勤かよ」

 

 見た目はチャラ男だが、手先の器用な男。何故か気が合うジョシュア・ランバート三級錬金術師。僕と同じ整備七班だったが、タマゴ事件の後の編成で今は六班の副班長だ。

 

 「ヒーローは遅れてやってくるんだよ」

 

 「ラウラ親方に同じ事を言ってみろ」

 

 「そんな度胸は無い!」

 

 いつものアホ話から始まって、仕事に向かう。普通の日常に帰って来た気分だ。朝の事は、少しだけ日常的なコトだ。

 

 「班分け出てるぜ。早く見ておかないと困っちゃう~」

 

 何故か体をくねらせ、何をアピールしているか迷う所だが、男に興味は無いんだよ。興味があるのは僕が居なかった時の事だ。

 

 「ジャイアント・タートルを倒してから何があった? ラウラ親方は宿屋に戻って無いみたいだし……」

 

 「知らねえのか? ラウラ親方は昨日から陣頭指揮を取ってるぜ。あのデカ亀の魔岩を取り除いたり、脚部の補修で整備班は出ずっぱりだぜ」

 

 やる気になれば、やる女ラウラ・グラセス。一回やろうと思って襲ったら腕を折られた男、ミカエル・シン。偉い違いだが、僕だってやる時はやる。……仕事を!

 

 「ジョシュは、どこの担当なの?」

 

 「昨日から左前脚部だな。見た目は平気なんだが、中身にガタが来てるぜ。何をすればああなるんだか…… たぶんミカエルも脚部担当になるから解析を怠るなよ」

 

 「たぶんって? 整備班全員で脚部を診るんじゃなあの?」

 

 「いや、一、二班はウィザードの整備に回ってるよ。公爵の見付けた魔石を確認にブルー・チームが行くってよ。他はレッド・チームの整備だろうぜ」

 

 「魔岩は?」

 

 「ほとんど終わってる。後はイエロー・チームが片付けてくれるよ。 ……それよりもだ。今日、終わったら空けておけよ」

 

 「何かあるの?」


 軽く誤魔化された返事をもらったが、お酒なら言うだろうし、ポーカーか女かな。どちらにしてもお金がかかりそうだ。燃やして石化させたテーブルは分割払いに出来ないか交渉してみないと。

 

 僕はジョシュアと別れて班分け表を見に行った。そこには双子の可愛い姉妹が待っていた。

 

 


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