第七話
「リリヤちゃん! 防御!」
「はいですぅ~」
若干十三歳の三級土魔導師のサンドウォールが、城船の守るべく展開される。だが、魔岩の数は十、サンドウォールの数は二枚。八個の魔岩は直撃か!?
天才魔導師リリヤ・パルヴィア。二枚のサンドウォールを器用に動かし五発の魔岩の直撃を防いだ。残りの五発は何処に落ちたんだ!? 僕の宿屋でなければ一応オッケーだ。
「ダメコンに錬金術師を向かわせて! ──標準弾、撃て!」
貫通弾さえ当てれれば、何とかなる。と、思う。まだ試射で地面に向かって撃った事しかないからなぁ。それなりの威力がある事は分かっているけど、実戦は初めてだ。
「船長より戦闘指揮所。打つ手が無いなら回頭して戦線を離れます」
船長からの無能と呼ばれるのに等しいお言葉。確かに今なら回頭してジャイアント・タートルから逃げられるが、やられっぱなしは性に合わない。
「大丈夫です、船長! 次で決めます! 砲術長、主砲は撃てるな!?」
「撃てます!」
「撃て!」
四つの砲門から放たれた貫通弾は二発は魔岩に迎撃され二発は甲羅に当たった。甲羅自体に防御魔力を流していたのか、傷付ける事さえ出来なかった。
「次弾装填! 今度は差位射撃、狙って撃て!」
魔岩の三度目の攻撃が降り注ぐ。向こうの方が連射スピードは速いみたいだ。やっぱり逃げた方が良かったのか? でも、あの時から回頭しても間に合わなかったか?
「了解! 第一主砲、第一門撃て! 続けて第二門撃て!」
ジャイアント・タートルの顔面目掛けて飛んで行く貫通弾は、顔前に出来た魔岩を破壊するにとどまった。まったく器用な事をしやがる。一発くらい受けてもいいじゃないか。高いんだぞ、貫通弾。
「シン錬金術師! 効かないではないですか! どうするんですか!?」
女性の金切り声は鼓膜を破りそうだよ、ミリアム女史。 いつか、それが癖になるのだろうか。凜とした女性に怒られる快感…… それよりも感謝の口付けご欲しい。
「通信長、全艦放送」
「えっ、あ、はい。放送どうぞ」
「ラウラ親方! どっかで聞いてますか!? 零主砲撃ちます! 撃っちゃいますからね! 以上」
「なんですかそれは!? 聞いてませんよ!」
言ってませんから。仕様書を読んで下さい、生きて帰れたらですけどね。もうジャイアント・タートルを振り切って回頭する時間はないし、「使うな」と親方に止められてた物を使うしかない。
「砲術長、零主砲発射準備。航法長、上から舵を乗っ取れ。城船の艦首をジャイアント・タートルに」
この世界の錬金術と魔力、僕のミリオタとしての知識が作り出した史上最大の無駄遣い、艦首に備えたレールガン。暴発したら城船の前半分は無くなるくらい、狂暴な鉄槌。
本当なら荷電粒子砲を作りたかったが、あれはミリオタの知識を越える。レールガンなら簡単な仕組みと錬金術師としての想像力が形作った。
と、言ってもこちらの世界では無理が有ったのか想像力不足か本体に電源になる雷系の魔力を蓄える事が出来ず弾頭に魔力を詰め込んだ。
それが悪いのか試作品の小型の物を作った時の反動の大きい事。初めての試射で砲塔事、回転しながら吹き飛んで行ったあの夏の思い出……
だが、これは大丈夫だ。試作品では何回も成功してるし、これだけ大きいレールガンの弾頭を作るのに、魔力を大量に必要として二発しか作れなかったから、実戦は初めてだ。これは大丈夫だと、自分に言い聞かせよう。
「船首、ジャイアント・タートルの方を向きました。脚部はどうしますか?」
今は長脚を使って木の上を移動している城船だが、長脚だけで反動を抑えられるだろうか。出来れば短脚も使った全脚で地面に抑えたい。下手をすれば城船が真ん中から割れる。
「長脚を縮めて短脚も展開。両脚で固定しよう。森には悪いけど後で植林でもするかな。 ──零主砲はどうか?」
「臨界点まで後二十!」
「よし! 臨界来たら撃て!」
「臨界って何ですか!? 何をしようと……」
「船長から戦闘指揮所。舵を返して下さい……」
「ミカエル! てめぇ、使うなって言っただろ!」
ドアを蹴破り怒鳴りながら入って来たラウラ親方。一応、このドアは簡単に破られない様に魔法とかかかっているんですけどね。
「お、親方。これには海より深い訳が……」
「海なんて見た事がねぇ! あれほど使うなって言ってたのに何を……」
「臨界点、来ました! ……撃ちますか?」
「親方、モニター見て、モニター……」
ジャイアント・タートルが画面に映り切らないほど大きく存在感をアピールし、魔岩も近過ぎてサンドウォール事、城船に傷を与えていた。
「撃て! 早く撃て!」
ラウラ親方の叫びにも聞こえる声は、城船の船首から金色の光と共に飛び出す槍状の砲弾となって、重量十キロながらマッハ七で打ち出されジャイアント・タートルに大穴を開けた。
「ちょ~楽勝」
満面の笑顔と勝利の言葉と共に振り返る僕は、コントロールパネルに額を強打する。目にも見えないラウラ親方の右フックが僕のテンプルを打ち抜き、頭蓋骨が割れて「お脳」が飛び出そうだよ。
「な、なにをひゅるんでふか~」
まともに話せない。脳が揺らされ頭がグラグラ、親方が二人に見える。バストがさらに巨大に見える……
「撃つなって言ったろバカタレ!」
撃てって言ったのは親方じゃないですか! 僕は言ってないもんね。責任を取るのは上司の親方で、よろしく。僕は三級錬金術師に戻り、帰って部屋で寝ますから。
「ひかた、なかったんへす」
「仕方ねぇで、零主砲を撃つのか!? しかも最悪のタイミングで撃ちやがって! どうなるか分かってるのか!?」
タイミングなら良かっただ…… あっ、そうか! タイミングは最悪だったかな。ジャイアント・タートルをレールガンが貫通したから使える所が少なくなったのを怒ってるんだ。
ジャイアント・タートルの甲羅や爪は加工して武器や防具に使えるし、肉は美味しく高値で買われる。それを近距離でレールガンで壊してなら怒るよね。
これは良かったかもしれないが魔岩の確保が出来た事だ。クリスタル号では使わないけど魔岩の強度は城船の砲弾として人気が高い。これが、甲板や周りに七十は落ちている。
……甲板にもか。脚部に負担がかかって、整備が大変だ。でも、これらを全部、運び出せれば城船が魔石の回収で稼ぐ半年分くらいの利益を出すんじゃないか?
「ばんじ、おっけ~」
僕はマットに沈んだ。正確には戦闘指揮所の硬い床に。冷たい床が火照った顔を冷やしてくれた。
「バカヤローは、大人しくしてるか?」
バカヤローじゃないけど、怪我人だから大人しくしている僕は自宅に使わせてもらってる三度の飯亭でバス・トイレ付きで絶賛軟禁中。ドアは外から鍵をかけられて……
僕はラウラ親方の右ストレートで一日ほど眠っていたらしい。気が付けば自室で、見上げた天井はいつもの模様だった。
歩けるくらいには元気が戻ったし、外に出ようとドアノブを回してもガチャガチャ音がするだけで、鍵か魔法か相撲取りでもいる様にドアは開かなかった。
こんな時にはエス・エヌ・エスで助けを求めようにもスマホはこの世界にないし、魔法で会話が出来る念話なんて、僕には出来ない。よって、ドアが開けられるまで自室待機と相成った。
「怪我人ですからね。フィリスは怪我が無くて何よりだよ。リリヤちゃんも初めての防壁展開で大変だったでしょ。お疲れさまが言えなくて、ごめんね」
お見舞い? 監視? 夜這い? 僕の部屋に来たのは火系魔導師の暴れん坊、フィリスと土系魔導師の可愛い、リリヤちゃん。ソフィアさんは来なかったのか残念…… おっ!? 謎の魔導師、黒のナターシャ。いつから居た? ずっと居た? 声をかけてね。
「てめぇはレッドチームを「ダシ」に使いやがって! 今度、あんな事をしたら許さねぇぞ!」
最後はスタッフが美味しく頂きましたってやつかな。あまり活躍は出来なかったみたいだけど、あのジャイアント・タートルは規格外だよ。ギネスがあれば載れるくらいだ。
「いや~、大きかったですね。リリヤちゃんも魔岩が大きくて大変だったでしょ」
「はい。でもあの防壁は面白いですね。今まではウィザードで砲撃を防いでいたけど、これからは一人…… 出来れば三人くらいで城船を守れそうです」
防御システム、攻撃システム、全てが上手く行ったからこそ、僕達は勝利が出来たのだろう。そして、それを作り上げたのは三級錬金術師、ミカエル・シン。これはボーナスを期待してもいいのではないだろうか。
「これからも改良する所があったら教えてね。 ……で、僕が軟禁されてるのは何故でしょう?」
「それはな……」
話も大切だけど、とりあえずは何か食べさせて欲しいな。昨日から何も食べてない。右ストレートを喰らったなんてオチはいらない。