第六話
亀に追われた、ジェラード・ジェイク・ハミルトン公爵。亀ぐらいで救援信号なんて送るなと言いたいが、山影から出てきたハミルトン公爵の城船の動きが変だ。
きっとカメに体当たりでもされたのだろう。脚部の動きが何か引きずる様な感じで、何脚か壊れているに違いない。きっとこれも修理をさせられるのかと思うとゾッとする。
公爵の言う亀と言っても普通の亀とは大きさが違う。ジャイアント・タートルと言って大きくなったら十五メートルくらいにはなる。
それに体当たりもされたら、城船の脚部も壊れるだろうけどジャイアント・タートルは足が遅い。公爵の城船で余裕に逃げられるはずだ。不意討ちでも喰らったか?
「レッド・ウィザード、全機展開しました。セベクール・ベレウェン号まで進行中」
全機出したのは失敗だったかな? 公爵の乗るベレウェン号にもウィザードはいるだろうし、亀一匹に大袈裟だったか。僕はこの作戦で指揮を取る事になったのは幸運だと思ってる。楽勝な上に公爵にデカい恩を売れる。
「発砲!」
ベレウェン号の後方から大砲が撃たれた。ジャイアント・タートルに向かってだろうが、誤射を考えれば亀の側にウィザードは居ない事になる。全滅した? まさかね。動きの遅い亀を相手にウィザードが遅れを取る事はない。
「レッド・ウィザードを急がせて。公爵の船は主砲を撃ったんだよね?」
「はい! 後方に付いてる一門から撃ちました!」
この世界の主砲は帆船時代の大砲と同じだ。鉄の弾を魔力で打ち出すくらいで、威力は城壁を破壊するくらいあるが、戦闘射程は良くて三百メートルくらい。ジャイアント・タートルの甲羅はともかく、頭に当たれば即死級の威力はある。
「続いて発砲!」
下手くそか!? それとも脚部のブレで当たらないのか? 大きな亀を相手に無駄弾を使って、公爵はお金持ちだからね。
「ジャイアント・タートルは見えない?」
「まだ見えません!」
山影から出たベレウェン号。いくら森林地帯を長脚で移動しているとは言え、軽い船体は動きも速いはずだ。ジャイアント・タートルの頭くらいは、そろそろ見えると思うけど……
「あっ…… 見えました! あ、あれは本当にジャイアント・タートル……」
中央にある巨大モニターに映し出されるジャイアント・タートルの頭を見て、驚愕の表情を浮かべる観測長。その頭だけで、今までの亀の大きさと同じくらいだ! 全長を考えると僕達の城船と同じくらいになるじゃないか!?
そんなのに鉄の弾を飛ばす大砲を撃っても効きやしない。もっと破壊力があるのが必要だよ。出来るのなら第二次世界大戦中の戦艦大和の主砲くらい大きいのが…… 持ってるけどね、僕達の城船には。
ミリオタの僕が作り上げた四十五口径十八インチ、戦艦大和と同じのをシルバー・クリスタル号には載せている。残念なのは予算の都合で三連装から二連装になってるのと戦闘射程が一キロしかない事くらいだ。
「砲術長、第一砲塔に炸裂弾装填。標準砲発射用意!」
「シン錬金術師! 炸裂弾とは何ですか!? 標準砲は!?」
しまった! まだ、副頭のミリアムさんには手順書を見せて無かったのか。一週間も前に出来上がっているのにラウラ親方が見せるのを忘れたかな?
「ビーン副頭、新しいシステムの戦術手順書は渡ってますか? 各長は個々のシステムの手順は教えているのですが……」
「来てませんよ! まったく…… グラセフには言っておかないと……」
「と、とりあえずですね……」
副頭を蚊帳の外に置いてしまうのは問題があるけど、あまり説明している時間が無い。これからの戦いは帆船時代の砲撃戦に第二次世界大戦中の戦艦大和が参加するようなものだ。ミリアムさんには実戦で覚えてもらおう。
「新しいシステムは頭に入ってますので、任せておいて下さい。
「でも……」
「なんだこりゃ! デカいぞ!」
通信から入る声は火系魔導師のフィリスか!? 思ったより早い、さすがと言いたいが主砲の誤射範囲内に入られても困る。一回、範囲から出てもらうか……
「通信長、レッドチームに連絡。ジャイアント・タートルの足に集中攻撃。少しでも足を遅くさせて」
「了解!」
この勢いだと公爵のベレウェン号に追い付きそうだ。何とか引き離して主砲を撃ちたい。いや、今、撃っちまうか!? 少しくらい被弾しても公爵なら笑って許してくれるだろう。その後で死刑かな?
ウィザードの戦術班がレッドチームを振り分け現場への連絡を取る。今のレッドチームは見た事の無いくらいの巨大な亀の足に魔法を放ったり斬り付けているだろう。モニターには亀の足元は見えないが小さな煙は上がってる。
「標準弾、撃て!」
「えっ!? ジャイアント・タートルの足元にはレッドチームが展開してますが……」
仕様書をよく読め、砲術長! あんなの当たった所でウィザードの中で耳が痛くなるくらいだ。
「大丈夫、大丈夫。 標準弾、発射!」
「あっ、はい! 標準弾、撃ちます!」
射角を変え、五発の標準弾が亀の側に落ちて行く。これでジャイアント・タートルの頭の位置が分かった。このデータを元に主砲を撃てば確実に当てられる。
「データ解析…… 主砲、いつでも撃てます!」
当てられるはずなんだけど、色々な要因で外れる事もある。今ならベレウェン号は誤射の範囲外だ。だが、足元にはウィザードがいる。炸裂弾は対ウィザード用で地面に当たれば弾が炸裂して破片で周りを傷付ける。
撃っちゃいたいなぁ。いつも錬金術師を下に見ている魔導師様が慌てふためく姿を見たい。でも、止めておいてやろう。壊れたウィザードの整備は僕達の仕事だから……
「ウィザードを退避させて。十五秒で撃つぞ」
「各ウィザード退避! ジャイアント・タートルから離れるんだ!」
通信長の声が一際大きく響いた。これでウィザードは足元から離れる。フィリスくらいは残って戦ってもいいぞ。たまには痛い目に合わせてやりたい。
「撃て」
「主砲、斉射!」
あっ!? 斉射はダメだよ。同時に撃ったらお互いの砲弾が干渉して射撃地点がズレるでしょ。仕様書を読んでないのか!? やっぱり手取り足取り教えるんだった。
緩やかな弧を描き、唸りを上げて吐き出される炸裂弾。射程内にも入っている。標準弾からのデータもある。少しくらいの干渉なら大丈夫か!?
斉射から放たれた炸裂弾の一発はジャイアント・タートルの手前で落ち、もう一発は越えて行った…… ダメじゃんか! だから仕様書を読めと今から言っても後の祭り。
「何か降って来たぞ! 今のはなんだ!?」
ウィザードのフィリスからの無線が戦闘指揮所に響く。五月蝿いから無線は繋がなくていいよ。少なくとも戦術班で対応してくれ。
「標準弾、撃て。それと第一主砲に炸裂弾装填」
「はい! 標準弾、撃ちます」
この城船もジャイアント・タートルに向かって移動をしているし、初の実戦でここまで狙えればいい所か。今度は一発ずつ撃ってもらおう。高いんだから!
「着弾。データ解析…… 撃てます」
「今度は一発ずつ撃ってね。主砲、発射」
「主砲、発射!」
今度は少しばかりの間を空けて飛ぶ炸裂弾。当たればジャイアント・タートルだって倒せる。普通のジャイアント・タートルなら。
着弾は亀の頭…… 亀頭に直撃、爆炎が上がった。少しばかり股間が締め付けられる気がするのは何故だろう。僕は自分のモノの無事を確認して、ジャイアントのジャイアントが酷い事になってるのを期待した。
モニターを見ても、煙からして止まってる感じはしない。既に山影から全身が見えるくらいになっているデカい亀は、この城船と同じくらい大きいみたいだった。
亀頭が…… ジャイアント・タートルの頭が、こちらに向かって動いた。煙から覗く頭からは、ダメージが無い様にも見える。
「こ、こっちに向かって来てませんか!?」
観測長からの悲鳴にも似た声が、何故か心地良い。何故なら最初からジャイアント・タートルには公爵のベレウェン号から離れてもらう必要があったからだ。これで遠慮無く主砲を撃てるってもんだ。
「どうするんですか!? シン錬金術師!」
慌てるなよ、ベイビー。いえ、ミリアム・ビーン副頭。こちらの隠し玉はまだあるんですよ。いつも張りつめた顔をしているミリアムさんの困ってる表情もギャップがあって可愛い。
「砲術長、第一、第二主砲に貫通弾装填」
こちらが本命、対城船用貫通弾。魔法で作られたサンドウォールも城船の甲板も貫きゴールを決める。いくら大きいとは言え、亀は亀だ。甲羅は無理でも頭なら貫けるだろ。
「ジャイアント・タートルの側で魔力を感知!」
なんですと!? やっぱり撃てるのか。足の遅いジャイアント・タートルが獲物を仕留める時に使う魔法。空飛ぶ大岩、その名は魔岩。
ウィザードも直撃すれば大破する威力だが、防御魔法を繰り出せば致命傷には至らないし、この城船にはリリヤちゃんのサンドウォールがある。
「リリヤちゃん、防御よろしく」
こちらのサンドウォールは魔力増強で大砲の五発や十発くらい問題は無い。飛んで来る所さえ近距離なら分かるんだ。亀と人間様の違いを見せ付けてやる。
「魔岩来ます! 数、十。推定一トン!」
予想外の大岩がシルバー・クリスタル号に降り注ぐ。